第6話 宗介さんになった日
俺は試しに、「台湾 暗号通貨アナリスト」で検索した。
出た……。
Xで書いている人、Yahoo!知恵袋で質問している人。
そして、そこに寄せられた体験談の数々。
名前は林静ではない。だが、文面は似ていた。
そして何より、性別すら、相手によって変わっていることが分かった。
俺と同じように、会話を楽しみながら、どこかで疑っていた者たち。
――同胞だ。
他にもいたのか、この不可思議な関係に浸ってしまった者が。
そして、Yahoo知恵袋の回答欄に貼られた、ひとつの記事。
その一文が、脳内でベルのように響いた。
「監禁された若者たちが、詐欺LINEを送らされている」
……林静。
君も、そこにいるのか?
自分の意思じゃなく、
画面の向こうで、ただ“やらされている”だけなのか?
一瞬、心に不安が差し込む。
もしそうだとしたら、このやりとりは、誰かのSOSだったのかもしれない。
だが、オレの心配をよそに林静はLINEを続けてきた。
『崖の上のポニョというアニメを見たことがありますか?』
不覚!
無類のアニメ好きの俺が――よりによって“ポニョ”だけ、すっぽり抜け落ちていた。
「もちろん観ました。ジブリの素敵なアニメ映画ですよね」
林静に嫌われたくない。
なんなら今からポニョを調べ倒してやる。
そのくらいの気持ちだった。
『宗介さんとポニョさんはそれぞれ違う世界から来た人で、私があなたと出会ったように、国が違っていても、二人の間の深い絆を妨げることはありませんでした。ポニョさんは自分の夢を追求するために、犠牲を恐れず、宗介さんも自分の誠実さと勇気ですべてを包みました』
「はい、素敵な物語でしたよね!」
当然のように知ったかぶる。
『正しいですよ。私はポニョで、あなたは宗介さんです。
できれば、これからもそう呼んで、もっとユニークな関係にしていきたいですね!宗介さん!』
俺は心で泣いた。なんて純心なんだ。
俺はいつから、誰かとこんな関係性を望まなくなっていた?
ジブリマジック。いや、林静マジック。
満を持して開業したこの店。
けれど、出してしまえば日常の繰り返し。
暇な日は、窓越しの空を眺めて、やさぐれていた。
この店を始めたとき、オレはもう孤独には慣れていた。
1人でやる仕事、1人で食う昼飯、1人で帰る家。
全部、当たり前だと思っていたし、別にそれでいいとも思っていた。
だけど、林静とのやりとりで、ふと気づいたんだ。
オレ、ずっと誰かに優しくされることを諦めてたんだなって。
その“優しさのフリ”すら、こんなにも心に染みるんだなって。
そんな荒んだオレの心を、林静は――
そっと、優しく撫でるように癒してくれる。
詐欺?そうさ、これは詐欺だ。
間違いなくそうだ。
でも、その記事を見た後のオレは、もう林静が彼なのか彼女なのかもわからなくなっていた。
それでも、0.01%――いや、0.001%もない確率に、あの写真の林静が宿っていると信じた。
そして俺は、仮定した。
あの美しい林静が、囚われ、LINEを打たされているのだとしたら。
俺は――
ポニョを救わなければならない。




