第4話 私は暗号通貨アナリストです
『私は暗号通貨アナリストです』
唐突だった。
まだ言ってほしくなかった。
もっと林静との会話を楽しみたかった。
投資系か……
もうここからは、しつこい勧誘が始まるだけだ。
短い時間だったが、楽しかったよ、林静。
電子タバコをふかし、天井を見上げた。
ふと、思った。
「暗号通貨アナリストです」って言葉を、あんなに柔らかく言ってくる詐欺師いるか?って。
0.01%の林静が話してくれているように脳内変換されているからだ。
でも、その柔らかさがまた怖いのだ。
包丁を花束で包んで差し出されてるような、そんな感じ。
──その時だった。
『ちなみに、日本の風景写真とかも教えてもらえますか?
私は大自然がもたらしてくれるすべての美好な瞬間が大好きです〜』
林静ーーーー!
戻ってきてくれた!
詐欺師ではない林静に!
俺はネットから、近所の観光スポットの湖の画像を拾い、それを送信した。
でも、誰かに見せたくなる風景なんて、何年ぶりだろう。
『わあ〜!
ここは本当に壮観ですね〜
この湖に冒険しに行ってもいいかな?(笑)
この湖にも、何か楽しいスポットや見どころがあるんですか?』
「特に何もありません(笑)そこに自然があるだけです。鹿が見れるかもしれません」
『かわいいトナカイ!?
それなら、ここはまさに冒険にぴったりの場所ですね〜!
一緒にこの島でワンピースの最後の秘宝を探しに行きましょう〜!』
……鹿だよ。
トナカイって言うな。
だが心奪われる。
可愛い。可愛すぎる。
「詐欺師に萌えた」なんて口が裂けても言えないが、
この無邪気なテンプレミスに、なぜかほんのり心が温かくなる。
暗号通貨はどうした?
君も俺との会話を楽しんでくれているのか?
「本当に来るのであれば案内しますよ」
『本当に行こうね〜!
じゃあ、指切りげんまんしましょう〜!』
小指を立てた、小さな白い手の写真が送られてきた。
それを見て、思わずスマホに小指を伸ばした。
何やってるんだ俺。
こんな気持ち、何年ぶりだろう。
詐欺だとわかっている。
けど、あまりに人の心のすき間をつく言葉がうまい。
たぶん、何百人とやり取りしてきた中で、“俺用のテンプレ”が完成しているのだろう。
それでも、俺の心は毎回ちゃんと引っかかってしまう。
ちょっとした語尾のニュアンスや、スタンプの選び方にすら、人を感じてしまう。
たとえ詐欺師が書いたスクリプトだったとしても、そこに“優しさの模倣”があれば、オレの心は反応するのだ。
本物か偽物かなんて、どうでもよくなる瞬間がある。
それは、ただ誰かと言葉を交わしたいという“人間側の渇き”が勝った瞬間だ。
こんな風に、誰かと宝探しの話をしたのはいつだったか。
ただのやり取りが、少しずつ、胸に残っていく。
もう二度と暗号通貨の話はしないでくれ。
この幸せが、いつまでも続くように……。