第1話 知らんけど、LINE追加した
平日。
俺は自営の整体サロンをひとりでやっているオーナーだ。
暇だ……客が来ない……
窓越しの空を虚ろに眺めながら、電子タバコをふかしていた。
──その時だった。
X(旧Twitter)に、ひとつのDMが届いた。
差出人は──
Payton Brock。
名前、強そう。読めないけど。
アイコン、たぶんアニメキャラ? いや、違う。
美人風の横顔+青バッジ=世界共通の詐欺師フォーマットである。
文面はこうだった。
『フォローしてくれてありがとう、よろしく!
はじめまして、一つ質問してもいいですか?
あなたにご迷惑がかからなければ…』
……もうすでに迷惑だが?
そう思いながらも、俺の指は勝手に動いていた。
「こちらこそありがとうございます!はい、質問大丈夫です。」
ヒマだったのだ。とてつもなく。
すぐに返ってきた。
『私は私の姉から聞いて、日本で、日本人はとても礼儀正しくて、日本は1つのとても美しい国で、正しいですか?』
すごい。
主語の渋滞が発生している。
もはやどこからツッコめばいいかわからず、検問所で全車両が一時停止してる状態だ。
でも俺は、礼儀正しいので、こう返した。
「はい。そのような認識でいてくれて嬉しく思います。
しかし、すべての人がそうではありません。
最近は、そういった外国の方が思う“日本”とは、かけ離れてきたように思います。」
(お前のような詐欺師がいるからな。)
すると、すぐに次のメッセージが届く。
『はい、だから私はとても日本が好きで、
今度、日本へ旅行に行くつもりです。
おすすめの観光スポットを教えてもらえますか?』
うん、詐欺師って旅行好きだよね。
行く前提で話を進めがち。
しかも「観光スポットを聞いてくる詐欺師」は、絶対に観光なんて興味ないのがセオリーだ。
なので俺は、真顔でこう聞き返した。
「あなたはどこの国の方なのですか?」
『私は台湾から来て、今年36歳ですよ! あなたは何歳ですか?』
……情報の開示が早い。
詐欺師のくせに心を開くのが早すぎる。
俺よりよっぽどフレンドリーだ。
「私はただのおじさんです。台湾も素敵な国ですね。」
そうやすやすと個人情報を渡すものか。戯け者。
『年齢はただの数字でしかありません。おじさんだということを気にしないでください。』
おじさんの胸に、少しだけ刺さるじゃねーか。
この時点では、もしかしてただの親切な台湾人女性なのかも、と少しだけ思った。
でも――その5分後には、こう聞いてくる。
『もしよければ、LINEを追加してもいいですか?
私、日本の文化をもっと知りたいです。』
きた。
完全にきた。
もはや詐欺師の教科書に載せたいレベルで“きた”。
俺は腹をくくった。
この先に待っているのは、未知の領域。
「もちろんです。どうやって追加したら良いのですか?」
……友達いないから、追加の仕方がわからない。
調べて、自分のLINE IDをDMで送った。
こうして俺は、林静(Payton Brock)という伝説の詐欺師と、LINEバトルを始めることになる。
このあと、壮大な戦いが待っていることなど――
このときの俺は、知る由もなかった。
……まぁ、“バトル”っていうより、
誠実さが空回る往復書簡だったし、
実質72時間の集中セッションである。
だが、それでも俺は――
この戦いに、なぜか全力で挑んでしまった。