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第8話 初めてですわ!

「シェルリン様、こんにちは」


ライがにこやかに挨拶をしてくる。

ライは今年からモンクレージュ学園に通っている。それ故に、この図書館はよく使用しているようだ。


「この後、屋敷に伺おうと思っていたところでした」


ここで会えてよかったと言うライの言葉に、少し目を開く。

なぜ!?

ずっと寮で暮らすのではなかったの!?

そんな言葉がもう少しで出そうになった。


「そうなのですか。何かお父様に御用が?」


シェルリンとしては、普通の会話をしたはずだった。

けれどライは少し首をかしげた。


「シェルリン様、この後お時間ありますか?」

「え、えぇ」


まだ日は高い。今日は図書館に行くということで、家庭教師たちの授業も調整してある。でも、なんだろう?


「では! 私に王都を案内してくれませんか? まだ来たばかりなので、どこもわからないところばかりで」


ライがほほ笑む。

確かに、ライは入学式の数日前に来たばかり。先週もフィッツベルグ家に来ていたし、あまりどこそこで歩いていないのだろう。

一方シェルリンは、王都育ち。

ずっとずっと王都で暮らしてきた。案内を頼むにはぴったりだ。

けれど……、ほとんど屋敷にいるから王都のことわからないのよね。

王宮なら、うんと昔ユリウスの遊び相手として行ったことがあるけど、他に案内するような場所に行ったことがない。


「私に案内できるかしら……」

「大丈夫です。そんな構えなくても、いつも行っているカフェとかでいいんです。せっかく親戚関係になったのですから、シェルリン様とお話ししたかっただけですから」


そう言われれば断れない。


「アンジー、悪いけれどカフェに連れて行ってくれるかしら」


シェルリンは今話題のカフェなど知らない。

だからアンジーには申し訳ないが、ライを案内するカフェの選定を丸投げした。

ライも一緒に馬車に乗り込む。

馬車から王宮が見えた。


「王宮は、説明不要ですね。王都の大体どこからでも見ることができるようですよ」

「シェルリン様は王宮へ行ったことがありますか?」

「えぇ、幼い頃にユリウス殿下の遊び相手として。と言ってもユリウス殿下はすぐに剣にのめり込んでいかれたので、女の私と遊んだ期間はわずかでしたね」


シェルリンは昔を思い出す。

この世界が乙女ゲームだからかもしれないが、ユリウスを含め、今攻略対象者となっている幼馴染は皆男の子だ。

今思えば幼馴染たちと会えなくなったのは、父と母の中が悪くなっただけではなく、活発な男の子たちと遊びが合わなくなり、自然と一緒に遊ぶことが無くなっていっただけかもしれない。


「それよりもライ叔父様、やめませんか。せっかく親戚関係になったのですから」


にっこり笑って、シェルリンをシェルリン様と呼んでいることを指摘すると、ライはシェルリンと呼び方を改めてくれた。

シェルリンはゲームの知識でライが王子だと知っている。

ほとんど会わないならば、わざわざ距離を縮めなくてもいいかと思っていたが、こんなにも何度も会うのなら、呼び方は絶対に改めてほしいと思っていた。


そうこうしている間に、馬車がカフェの前に着いたようだ。

アンジーが扉を開けてくれる。

キィと扉が軋みながら開かれていく。

窓が小さいからか店内は昼だというのに、少し暗く、オレンジ色の光がテーブルの周囲だけをほんのり照らしている。

少しひんやりした店内、勧められて奥の席に座れば、他の客の視線が全く気にならなくなった。

完全な個室ではないが、途中に飾られた植物や本、オブジェ、そして何よりこの薄暗さが他の客の存在を消していた。


肌触りの良いベルベット地のソファに腰掛ける。

目の前のテーブル、そしてシェルリンの前に座るライだけをオレンジの光が照らす。

あぁ、なんだかとっても落ち着くところね。


「シェルリンはいつも何を頼んでいるんです?」


そう聞かれても困る。

シェルリンは初めて来たのだ。


「お恥ずかしながら、初めて来ました。ここは、名のある歌手や芸人、本当かはわかりませんが、王族も来たことがある由緒正しいカフェなんだそうですよ」


アンジーがこそっと教えてくれたカフェ情報を披露する。

ちょうどその時店員がやってきて、メニューを紹介した。


「では、私はコーヒーを」


迷いなくライがコーヒーを頼む。

乙女ゲームの中であるこの世界の食べ物は、どうやら前世と同じものも多いようだ。

シェルリンは、シェルリンになってからは一度も飲んだことがなかったカフェラテを頼むことにした。


しばらくして、コーヒーとカフェラテが運ばれてくる。

家で紅茶を飲むときに使っているカップとは違い、少し大きなカップが目の前に置かれた。


「まぁ」


自然と声が出ていた。

丸み帯びたカップの中、ミルクの泡の海の上にぴょこっと泡で作られた猫が顔を出していたのだ。


「可愛い」


シェルリンのつぶやきを拾って、店員が頷いて答える。


「ありがとうございます。実は、今でこそいろんなカフェで見られるラテアートですが、当店が始めたことなんですよ」

「そうなんですか。初めて見ました。とても可愛らしいですね。」


それからお勧めだというチーズケーキを二人で食べながら、モンクレージュ学園や王宮のことを話す。

ライが話しかけてきたときは、話す話題もないし、攻略対象者だし、初対面でやらかしているし……ということで億劫に思っていたけれど、ライは話し上手で意外にも楽しい時間を過ごしていた。


「ライ叔父様はフィッツベルク領でどう過ごされていたのですか?」

「そうですね。馬に乗って領内をよく駆け回っていました。ご存じでしょうがフィッツベルク領は、海があり、森があり、広いので、退屈することがありませんでした」

「まぁ、それはよかった」


シェルリンもフィッツベルグ領に森がある事は知っている。海があることだって知っている。特産物も、収穫高も知っている。

ただし、行ったことはない。

いいな。自由に森を駆け回るなんてシェルリンには全くできる気がしないが、爽快なんだろうなと思った。


ライの提案でカフェを出て、街をプラプラ歩く。

行きは、家からまっすぐ馬車に乗って図書館に行ったから気が付かなかったが、歩いて回ると馬車からは見えないいろんなものが見えて楽しかった。

平民たちが並んでいる屋台には、串に刺さった肉やコップにもりもり入ったフルーツがあった。

何故フルーツがお皿ではなくコップに入っているのだ、何故肉が串に刺さっているのだと不思議に思ったが、そういえば前世でも同じように串に刺した食べ物、紙コップに入れて売られている食べ物はあった。

テーブルの上で、いくつものカトラリーが置いてある食事でないならば、そういう形の方が食べやすいのだろう。

店で売られているものも見慣れないので楽しい。


道端に布を敷いて座り込んでいる男と目があった。

男の前には銀色の針金でできたものがいくつも並んでいる。

なんだろう?

シェルリンの目が男の前の針金に注がれていることに気が付くとライは足を止めた。


男はにっと笑い、男の傍らに置いてある針金を手に取り、グネグネと曲げたり、巻き付けたりした。

最初は何をしているのかわからなかったが、次第に彼が何を作っているかわかってきた。


「素敵なお嬢さんに」


そう言って男がシェルリンにバラの花を差し出す。

針金で作られているが、形だけなら本物と見まがうほど精巧なバラの花だ。


「ありがとう。とても繊細で素敵です」


アンジーにお金を払ってもらうようお願いして、シェルリンはバラを受け取った。

ふ。少し口元が緩む。

パン一つ、二つくらいの値段のバラを大事にぎゅっと握り込んだ。

道端で売られている安物の針金のバラなのに、宝物を手に入れたような気分になった。

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