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第7話 異空間に連れ出されましたわ!

降りてきてくれないかなと願ったのもむなしく、サビドゥリウスはシェルリンを無視することに決めたようだ。

ふいっとシェルリンから視線を外し、手元の本を再び読み始める。

サビドゥリウスに話を聞くためには、やはり声をかける必要があるらしい。


「ごきげんよう。サビドゥリウス様」


本に集中すると声が聞こえなくなる人がいる。

サビドゥリウスがどうなのかは知らないけれど、もしそうだったなら大声を出さなければならない。

それを避けるため、サビドゥリウスがシェルリンから視線を外した瞬間に、慌てて声をかけた。


サビドゥリウスがいたのは、図書館の奥。小難しそうな本が並ぶコーナーだからか幸い近くには誰もいなかった。

大声を出したら流石に人が集まるだろうが、これくらいの声なら何とも思わないはずだ。

大声を出したくない。ただそれだけを考えていたので、サビドゥリウスが不機嫌そうに眉をひそめたことに気が付かなかった。


「其方、何故私の名前を知っている?」


気づけばサビドゥリウスが眼前に降りてきていた。

間近に見る整ったサビドゥリウスの顔に息を呑む。


「怪しいな。確かめねばなるまい」


シェルリンが何かを答える前にサビドゥリウスはそう言うと、額にそっと触れた。

その瞬間、図書館から真っ白な空間へと周りの景色が変わった。


「え? ここはいったい……?」

「ふむ、これは珍妙な」


サビドゥリウスは混乱するシェルリンをよそに、真っ白な空間にただ一つある揺り椅子に腰をかけながら、顎に手を当て「ふむふむ」「馬鹿らしい」「だがしかし……」などとぶつぶつ唱えている。

困ったわ。でも、どうしようもないわね。

真っ白な空間に来た当初は混乱し、唯一事情を知っていそうなサビドゥリウスに助けを求めたい気分だったが、当のサビドゥリウスがシェルリンをまるっと無視して己の世界に入っているので、シェルリンも悩むのをあきらめた。


突然前世を思い出して、今生きるこの世界がゲームの世界だって知ることもあるのだもの。

突然真っ白な空間に連れ出されることもあるわよね。

ここがゲームの世界と理解するよりずっとずっとあり得そうなことだわ。


何もすることがないので、シェルリンはサビドゥリウスを観察する。

サビドゥリウスは本当にまったくシェルリンを無視して物思いにふけっている。

ぐるりとサビドゥリウスの周りを歩いてみる。サビドゥリウスは一向に気が付かない。

何もない真っ白な空間だ。

次第にシェルリンはとても飽きてきた。ずっと立っているので、足も痛くなってきた。

けれど、サビドゥリウスしかいないとはいえ公爵令嬢のシェルリンはこの真っ白な空間に直に座る気になれない。


こんな時、ソファとテレビでもあったら、少しは時間がつぶせるのに。

そう思ったらテレビの前でソファに座っていた。

前世の家にあった二人掛けのものだ。

懐かしい気持ちでテレビをつける。

こんな場所に電気など通っていないと思うが、このテレビはそんな現実的な理屈では動いていないらしい。リモコンのスイッチをを押したら、パッとテレビが付いた。


「あ、これ怖かったやつ」


テレビから流れたのは、前世で怖いと評判のホラー映画だった。

あまりに怖くて、その日は電気をつけて眠ったのよね。

せっかくなら楽しい映画が良かったなと思いつつも、他のチャンネルに変えることも思いつかず、映画を見た。


テレビの中、主人公が住む部屋の上から不気味な音がした。

主人公の友達が「面白い映像が撮れるかも」と言い、スマホのカメラで動画をりながら主人公についていく。

コンコン。

主人公が上階の部屋をノックをするも返事はない。

少し空いた扉から中を覗くと、髪の長い女が横たわっている。

「やばいんじゃない」「助けた方がよくない?」などと言葉を交わし、助けることにした彼女たち。

「大丈夫ですか?」と声をかけた瞬間に、倒れていた女がぐわしっと主人公の足を掴む。

揺れるビデオ、逃げていく友の足音、主人公の足に今まさにかぶりつこうと大きく開いた女の口。


「や、や、いやぁぁぁぁ」

「ひっ!」

「なっ!」


ん? 

最初に悲鳴を上げたのは、テレビの中の主人公だ。

一度見たことがあるというのに、びっくりして声をうっかり上げてしまったのはシェルリン。

でも最後の「なっ!」は横から聞こえたような。

声が聞こえた方に視線を向けると、サビドゥリウスが目を真ん丸に見開き、「な、なんだこの化物は」と右手でテレビを指さし、左手でシェルリンの袖を握っていた。


ふ、ふふふふふ。


さっきまで、主人公はどうなることかとピンと張りつめていた空気が一気に雲散した。

サビドゥリウス様、怖いの苦手なんだ。

よほど微笑ましい顔で見つめていたらしい。


「ゴ、ゴホン。これはなんだ」


サビドゥリウスは一つ咳払いして、尋ねる。

でも、まだ袖を掴んでいることに、気が付いていない。

一層ニヤニヤしてしまう。


「ホラー映画といいますわ。そうですわね……怖いのを楽しむ物語ですのよ」

「怖いと楽しいのか?」


サビドゥリウスは全く納得がいかないという顔だ。


「ほら、サビドゥリウス様もドキッとしましたでしょ? なんでそんな危ないことに近づくんだとハラハラしたり、無事逃げられてほっとしたり……。そういう心の揺れが楽しいのです」

「だが、楽しむ対価にしては危なくないか? あれは、ほら噛まれると自分も化物になってしまうのだろ」


シェルリンと会話しながら、しっかり映画も見ていたサビドゥリウスは、ゾンビが実際にいると思っているらしい。


「あぁ、あれはゾンビというんですが、実際にはいません」

「いないのか!?」

「いるかもしれませんけれど」

「いるのか!?」


昔々は地球が球体なんて考えられなかったし、ゲームの世界に転生することだってあり得なかった。

でも前世でシェルリンが生きていた時代にはもう地球が丸いのは常識だし、現にシェルリンはゲームの世界に生きている。

知らないだけでゾンビみたいな生き物だっているかもしれない。


「この世には知らないだけで存在しているものがたくさんあるのですよ」

「そんなことはないはずだが……」


サビドゥリウスが言い淀む。

そうだった。

ゲームのサビドゥリウスはこう言っていたっけ。


――私の名前はサビドゥリウス。私にわからぬものはない。よろしい、其方の知りたい知識を授けよう


けれど、今サビドゥリウスは初めてテレビやゾンビに触れた。分からぬものがあったと知ったから、言い淀んだのだろう。


「まぁいい。それで其方、私に聞きたいことがあったのだろう? お助けキャラとかいう私に。この私をお助けキャラとは、ずいぶん便利に使ってくれる」

「魔法の使い方を教えていただきたかったの」


どうやらこの白の空間でぶつぶつ独り言を言っていたのは、シェルリンの記憶を読み取っていたかららしい。

つまり、サビドゥリウスもこの世界が、前世の乙女ゲームと同じ世界だと気が付いたというわけだ。

サビドゥリウスは嫌そうに顔を顰めた後、魔法について教えてくれた。

お助けキャラというのが気に喰わなかったようだが、シェルリンといればもっと知らないことを知れるのではと思ったらしい。

サビドゥリウスにとっては魔法も魔術も変わらないという。


「其方、魔術が使えるだろう。魔術は魔法を簡素化したものでどちらも本質的には変わらない。魔素や魔力を動かすことさえできれば、詳しく想像しなくても魔法陣や呪文によって定められた魔法が発動する。それが魔術だ。」

「ではなぜ治癒魔術がないのかしら? 怪我や病を治す魔術があってもいいと思うのだけど」

「其方は体の構造が分かっているのか? それらをしっかり思い浮かべながら、魔法による治療ができるのか? それに魔術は魔法の行使する範囲や効果を限定するものだ。だが、怪我の度合い、病の重さは人それぞれだ。人体は複雑だ。治療の不足も治療のし過ぎも体にはよくない。だから治癒魔術はないのだ」


それから魔素と魔力の違いも教えてもらったが、魔素というのは魔力が小さく分解された状態のもので、性質は同じだと言っていた。

つまり、魔術を使える貴族は基本的には魔法が使えることになる。

それでも魔法が浸透していないのは、サビドゥリウスによると魔法として発現させるには、かなり細かく想像しなければならないようで、それができていないと魔法は完成しないからなんだそうだ。

確かに魔術ならば、精度や発生スピードは訓練次第だが、魔法陣や呪文を唱えればとりあえず形はできるものね。


その後も魔法についてあれこれと話していたが、サビドゥリウスは何かに気が付いたように、あまり長くここにいるものでないと言って、真っ白な空間から図書館に戻された。

周りを見渡してもサビドゥリウスはいない。

最初にサビドゥリウスが腰かけていた丸窓へも目を向けたが、いない。

まだ聞きたいことがあったのに、残念だ。

諦めて、図書館の出口へ向かい、応接室で待っていたアンジーとフリッツと共に図書館を出る。


「あ」


フリッツが小さく言葉を漏らした。

その言葉につられて、フリッツがうかがう方向を見れば、ライがちょうどこちらに歩いてきているところだった。






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