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第6話 魔術よりも魔法ですわ!

翌日からシェルリンは、再び少しの時間も無駄にせぬよう動き始めた。

前世を思い出す前は、毎日がそうだったのだから慣れたものだ。

ただ、やっていることは今までと少し違う。


今までは、習ったことをノートに書き留めたり、習ったピアノの指使いを何度もやり直したりと授業の復習をしていた。

けれど今は少しでも時間があれば本を読むようにしている。

読んでいる本は、魔法の本。


ロイアルマ王国の貴族は、基本的に皆魔術を勉強する。

魔術とは、己の中にある魔力を練り上げ、詠唱や魔法陣を使うことで、物質を変化させたり、出現させたりする術のことである。

だが今シェルリンが読んでいる本は魔術ではない。魔法だ。

魔法と魔術は全く別物だという。

別物ゆえに、魔術を使える貴族も魔法は使えない。

もしかしたら使える人もいるのかもしれないが、シェルリンは魔法使いを誰も知らない。


それでもシェルリンが魔法の本を読んでいるのは理由がある。

もちろん、記憶を忘れるためだ。

シェルリンは、既に上級の魔術を習い始めているが、記憶を忘れる魔術というものを聞いたことがない。

それどころか、人体に関する魔術は一つも見たことがなかった。

前世を思い出しているシェルリンは、病気やケガを治す治癒魔術があってもいいじゃないかと思うのだが、スナイデンに質問したところ魔術では人の体は扱わないようになっているらしい。


それならば、他の方法をと考えて思いついたのが魔法だった。

だが、それも難しい道かもしれない。

というのも本がずらりと並ぶフィッツベルグ公爵家の図書室の中で魔法についての本はたったの一つで、その唯一の本『いろいろな魔法』に書かれていることは、魔法の扱い方ではなかったからだ。

昔有名な魔法使いが、戦で傷を負った王子を魔法で治療したとか、男の魔法使いが小さな女の子に化けて敵の隙をついたとかそういう過去に使われた魔法の事例が書かれているだけだった。

唯一参考になったのが、前書きに書いてあったこの言葉だ。


――あんなことが出来たらいい、こんな風になったらいいなと願うのは、いつの時代でも、男も女も、老いも若きもある事と思う。

それを可能にするのが、魔法だ。

魔法は魔術と違い、己の魔力ではなく空気や大地、海の中に満ちた膨大な魔素というエネルギーを使う。その膨大なエネルギーを使って、出来ることは無限大。

魔法に必要なのは魔法使いになれる素養と精神力のたった二つ。

だがそのたった二つの才能を持って生まれるのが極めて難しい。

さぁ、そんな憧れてやまない二つの才能を持った魔法使いたちがその力を使ってどんなことを成したのか。それをこれから一緒に見ていこう。


この前書きにシェルリンの胸は大きく膨らんだ。

願いを叶えるのが魔法。

必要なのは素養と精神力。

その素養というのがなければ無理だが、素養さえあれば精神力は鍛えることができると思うし、願いを叶えるのが魔法というのなら、記憶を消したいと願えば記憶を消すこともできるのではないだろうか。


期待に胸が膨らんだ直後、ある事実に気が付いてシェルリンは肩を落とした。

きっと素養は、ないだろうな。

シェルリンは自身のことを思い返す。

ゲームでのシェルリンは、座学も実技も成績優秀で、音楽もダンスも腕はぴか一だった。

けれど、実際にシェルリンとして生きてきた自分は知っている。

それはシェルリンに才能があったわけではなく、ただがむしゃらに努力しただけだと。

座学も実技も音楽もダンスも何を学んでも、シェルリンが最初から上手くいくことはなかった。

どれも人一倍に努力して身に着けたもの。

そんなシェルリンに魔法の素養なんてあるものかとどうしても思ってしまうのだ。


「でも、他に方法を思いつくわけでもないし。これしかないのよね。困ったわ」


次の土曜日、シェルリンはモンクレージュ学園の図書館に行くことにした。

図書館はモンクレージュ学園のものだが、学園が休みの週末や長期休暇は市民も使うことができるのだ。

ゼルダンには、課題について調べ物をするためと言ってある。

ゼルダンは、「お嬢様自身が行かなくても、私が借りてまいります」と言ったけれど、その様子を見ていたアンジーがクスクス笑いながら、「お嬢様も来年モンクレージュ学園に入学されるのです。少しは見ておいた方が不安が減るではありませんか」と擁護してくれた。


馬車に乗る際、護衛のフリッツが手を貸してくれる。

そう言えば、平日は家庭教師が何人も我が家にやってきて、週末は課題とさらなる勉強に追い立てられて、こうして外出することがなかった。

フリッツとも今日が初めましてだ。

最後に外出をしたのはいつだったかしら……?


ガタゴトと馬車が揺れる。

前世を思い出したシェルリンには揺れるなぁと感じるけれど、おそらくここは王都だから道は整備されている方だろう。


「シェルリンお嬢様、あれがモンクレージュ学園ですよ」


アンジーに言われて、馬車から外を眺める。

ぐるりと囲まれた塀のむこうに、建物がいくつか見えた。

馬車が図書館に着き、言われるがままに通された応接室で対応してくれる人を待つ。

ここは学生以外の利用者の確認をする建物らしい。

図書館を市民が使えると言っても、最初の登録料が高いため、利用するのは貴族や富豪ばかりだ。

そのためなのかわからないが、応接室はきれいに整っており、置かれている家具も華美ではないものの質の良いものだった。


図書館利用は初めてなので、登録料を払い、利用カードを作る。


「魔力を動かすことは可能ですか? 可能なら、こちらのカードに魔力を込めてください」


カードを受け取り、魔力を流す。

少し流すとカードがカッと光った。


「それでは、そのカードをこちらに入れてください」


そう言って、壺を出す。

壺の中身は、ドロドロとしたうす緑色のものだ。

あ、これファイジャンだわ。

ファイジャンは定着剤だ。

契約書などの重要な書類は最後にファイジャンを使って修正できないようにするし、古い本や道具など貴重な資料にもファイジャンを使って保存する。

ファイジャンを使えば、破損や修正ができなくなるのだ。

その耐用年数はファイジャンの濃度による。

ちなみに濃度をあげると耐用年数は上がるが、魔力も通しにくくなり、魔導具などだと使えなくなる。

このファイジャンは、薄緑だから効果が切れるのは、一年というところかしら。

濃度が高ければ使えないでしょうし、一年が妥当ね。

家庭教師と習ったことを思い出しながら、カードを壺に入れる。

担当官が壺からカードを取り出し、何かにかざす。

これで図書館にシェルリンが利用者だと登録ができたらしい。


「こちらで利用カードの登録は終わりです。一年後に更新作業があります」


担当官の言葉で、見立てが当たっていたとわかりちょっと嬉しくなった。

カードの登録が終われば、ようやく図書館だ。

図書館に入るには、入り口のカードキーに利用カードをかざすだけ。

なんだか前世でもあったな。こういうの。

人はやはりカードを鍵にしたがるのだろうか。


ずんずんずんと図書館の奥へと進んでいく。

さすがモンクレージュ学園の図書館、すごい本の量。

ふらふらと本棚に寄ってどんな本があるか確かめたい気がするけれど、それは後だ。

またいつここに来られるかわからない。

できれば今日、会えたらいいなと思っている。

ゲームによれば、ここには何でも教えてくれるお助けキャラがいるはずなのだ。

ヒロインは必死に勉強して、ここに通い詰めるうちに図書館の奥に住むこのお助けキャラに出会う。

今日はそのキャラを探しに来た。

確か名前はサビドゥリウス。

さらりと長い白髪の男性だ。


きょろきょろしながら、奥へ奥へと進んでいく。

けれどサビドゥリウスはなかなか見つからない。

その時思いだした。サビドゥリウスは誰にでも見える存在ではなかった。

あれ? まだ会えていないだけではなくて、見えないのかも……そう思い始めた頃、丸窓の桟に腰を掛けて本を読む白髪の男性が見えた。


良かった、いた。

安堵してサビドゥリウスを見上げる。

でもこれ……どうする?

おそらくほかに見えている人はいないのだろう。誰も窓に腰掛けるサビドゥリウスに驚いていない。

だからあそこまで声を届かせるには多少大きな声が必要だと思うけれど、サビドゥリウスを見えない普通の人たちには何やってるのかしらって思われるわよね。

そんなことを考えながら、サビドゥリウスを見上げていたら、声をかけるより先にあちらが気が付いてくれた。


「其方、私が見えているな。なんと面倒な」


まだ目と目が合っただけで、一言もしゃべっていないのに、ため息をつかれた。

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