第41話 青の月ですわ!
六月に入ると、学園内も街の中も俄かに活気づき始めた。
ロイアルマ建国の日がある六月は、国中がアルマブルーであふれかえる。
アルマブルーは、国旗に使われる二色の青のことだ。
まず欠かせないのは、国旗中央に描かれる鳥、アオリリスの羽の青。
そしてもう一つは、アオリリスの背景に描かれる雲や波を描く淡い水色だ。
昔から、ロイアルマの地に生息するアオリリスは自由と幸運の象徴なのだ。
アオリリスの身が青いのは、深くて広い海を自由に飛び回り、高く澄み渡った空を飛んで幸運を運んでくるからだと、昔の人はそう信じていたらしい。
だからロイアルマ王国の国旗は、中央にアオリリスが羽を広げた形で描かれ、その上下に水色で雲と波。
そして雲狭間からは金の雨、波からは金の波しぶきが飛んでいる。
面白いのはその構図で、アオリリスの上に波、下に雲が描かれていることだ。
これがなぜなのかは、よくわかっていない。
きっと昔々のロイアルマ人はユーモアがあったのだろうと笑い話になっている。
シェルリンの通うモンクレージュ学園もまた青に包まれていた。
食堂で働く料理人や清掃の者たちの制服はもともとどこかにアルマブルーが使われたデザインなので普段と変わらないが、女の子たちは青、白、水色に金色のドットがあしらわれたリボンで髪を結ったり、鞄にアルマブルーのチャームをつけていたりする。
騎士科の学生は普段は黒や茶色のシンプルな剣帯を身に着けているが、今月ばかりは儀式用の青い剣帯を身に着けている。
魔術科のローブもまた今月は真っ白なローブに青い波と雲の模様が描かれた爽やかなローブに様変わりだ。
カリーナやアリシアと一緒に食堂に行こうと歩いていたシェルリンは今まで学園内で顔を合わせたことのなかった兄ライが前を歩いていることに気がついた。
講義棟にある食堂は二つ。
前の授業がいつもとは違う教室で行われたので、今日はいつも行く食堂とは別の方に来ていた。
ライは要注意人物だと言っていた一つ上のシェルリンの幼馴染ブルーノと一緒に歩いている。
ブルーノは青い剣帯をし、ライは白いローブを着ている。
六月なので青い剣帯も白いローブも当たり前なのだが、シェルリンは初めて見たライのローブ姿に、本当に魔術科だったのかと衝撃を受けた。
食堂に入り、ライたちと少し離れた席につく。
「はぁ」
アリシアがため息をつく。
この六月が終われば、一気に試験期間に入る。
突然貴族になり、勉学の遅れているアリシアは今毎日勉強漬けだ。
シェルリンとカリーナは、一人でパンクしそうになっているアリシアを見て一緒に勉強しようと声をかけた。
「うぅ。食事に来たはずなのに、頭の中で昨日勉強した社会学の言葉が頭の中を駆け巡っています……」
「大丈夫。このペースで行けば試験までにはなんとかなりますわ。あと一か月がんばりなさいませ」
カリーナが励ます。
アリシアは魔術のセンスはあるらしく、魔術の勉強は感覚的に理解し、あっという間に自分のものとするが、教科書を開いて知識を覚えるというタイプの勉強が苦手だった。
魔術についで得意と言ってもいいのは、薬草学だろうか。
アリシア曰く、薬草学は料理に似ているそうで、それでなんとなくできるのだそう。
料理……?
料理を作ることができないシェルリンにはよくわからない理屈だが、好成績とはいかないまでも薬草学は試験を突破できそうなので、カリーナとシェルリンは主に座学を重点的にアリシアに教えている。
アリシアに教えると、シェルリンは自分の中の理解がより深まったような気がした。
ある法律についてアリシアに教えていると、シェルリンはその法律ができたことでどんな風に民の暮らしが変わったのかスラスラと説明できた。
勉強ができるカリーナも「なるほど。私そこまでは考え及びませんでしたわ」と言い始め、最初は一度だけだった勉強会が毎夜開催されることになった。
シェルリン自身もどうしてここまで考えが浮かぶのか不思議なくらいで、もしかしたら以前目を通したノートに書いてあっただろうかと二人が帰った後に本棚を探せば、誰かと討論したのだろうか。
この法律ができたことで困る人はだれか? なぜ困るのか? その変化がさらに影響を及ぼすものは? と問答している記録が見つかった。
記憶がないシェルリンには、それが誰と話しあったことなのかわからない。
どんな風に語り合ったのかわからない。
けれど、アリシアを教えることで記憶を失う前のシェルリンがどう考えていたのか少しは分かってくるような気がして、今では積極的にアリシアに座学を教えていた。
自分からスラスラ出る説明を聞いて、自分のことながらすごいと思うこともある。
記憶を失う前のシェルリンは天才だったのかもしれない。
けれどライからそんな話は聞かないし、記憶がなくなったことでその天才性までもなくなったのではないかと案ずる人もいない。
そもそも記憶を失う前のシェルリンを知っている人はどれだけいるのだろう。
家族であるライ、そして父と母。フィッツベルグ家の使用人たちをのぞけば、あとはライから聞いたユリウス、カール、エイミール、ブルーノの四人だけだ。
十五年間の人生で出会った人数としては随分少ないのではないだろうか。
他家とは言わないまでも、親戚と会う機会はなかったのだろうか、
家庭教師は? 普通貴族の子供はモンクレージュ学園入学前に家庭教師をつけていることを知った。記憶を失ってからはライと自室にあったノートが先生だった。
そういえば記憶を失ってすぐの頃に見てもらった医者は予兆もなく、外傷もなく、突然すべての記憶がなくなっていることにひどく驚いていた。
「病気でないとしたら……」と顔を曇らせたゼルダンに、医者はなんと言ったのだったっけ。
そうだ。
「呪いではない」と言ったのだ。
身体を治癒する魔術がないのと同様に身体を害する呪もないのだと。
結局わからぬまま今まで来てしまった。
いつか記憶が戻る時が来るのだろうか……。
今までは記憶がないことが頼りなく、記憶があればいいのにと思っていた。
今は少し怖い。
記憶が戻れば、今の自分から変わってしまいそうで少し怖かった。
遅くなりました!




