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第4話 断罪なんて嫌ですわ!

断罪を回避するために、何が必要か。

それはもちろん情報だ。

この世界はゲームの世界。シェルリンは前世の記憶からどんな時にどんなイベントが起こり、その結果どうなるかを知っている。

だから、断罪回避のためにはゲームの情報を精査して、それをもとに対策することが必要だろう。


覚えている限りのゲームの情報をノートに記していく。

覚えていることをあらかた書き終え、ノートを眺めた。


「困ったわ」


シェルリンは頬に手を当て、溜息を吐いた。

シェルリンはどんな時にどんなイベントが起こり、その結果どうなるかを知っている。

それは間違いない。

けれど、シェルリンが知っているのはどんな順番で事が起こるかであり、そのイベントが何月何日に起こるかまでは覚えていない。

イベントが起こる場所だって、学園の食堂とかなら分かり易いが、ただの空き教室だとか、街でとかかなりアバウトなものも多い。

もちろん忘れてしまったものも。


ゲームの時は何も気にしていなかったけれど、現実を考えると、街って……街ってどこなのかしら。

学園のある王都であることはわかる。

けれど、王都って広いのよ! 通りの名前や店の名前くらいなければ、対策はとれない。


「あぁ、困ったわ」


再びため息をつく。

あらかじめ日時が決まっていたら、そのイベントに近づかない、いやそのイベントをおこさせないこともできると思うのだが、正確な日時と場所が分からなければそれは難しい。


ノートをパラパラと見ながら、考え込んでいると一つ案を思いついた。

シンプルにヒロインの邪魔をしないというのはどうだろう。

とにかくヒロインとは無関係を貫くのだ。

会いたかった友達にも気軽に会えなくなるかもしれないが、断罪はされないはずだ。


……。


しばし熟考し、やはり採用できないとシェルリンは頭を振る。

シェルリンは公爵家の完璧令嬢で、ヒロインは平民上がりの男爵令嬢。

学園は身分を傘に着ないという暗黙の了解はあるものの、ついこの前まで平民だったヒロインが王子であるユリウスや高位貴族とばかりいる様子を他の生徒が黙って見ているわけがない。

ユリウスに注意できる高位貴族は大抵攻略対象者なので、男性で苦言を言うことができる人はいないだろう。

そうなると自ずとシェルリンが苦言係だ。


シェルリンが無関係を貫けば、ヒロインを面白くないと思っている生徒たちに恨まれるだろうし、ヒロインのことを「まだ貴族のしきたりに慣れていないのね」と好意的に見ている生徒たちからは、手を差し伸べないシェルリンは冷たい人だと言われるだろう。

他人が言うことなど放っておけばいいと思わなくもないが、そんな風に思われる時点で、フィッツベルグ公爵家として不適格だ。


そこまで考えて苦笑する。

前世を思い出した今、父バルデロイも母ケイシーヌもシェルリンに少しも興味がないことは分かっているのに、シェルリンは未だにフィッツベルグ公爵家として完璧にと思ってしまう。

でも仕方ない。

それが、私シェルリン・フィッツベルグなのだから。


他に取れる方法はないかしらと、シェルリンは再びノートをめくりだす。


シェルリンが攻略者たちの好感度を上げるのはどうだろう?

シェルリンもヒロインも学園に入学するのは来年だ。

つまり、ヒロインはまだ攻略対象者たちに出会っていない。

それに対してシェルリンは、フィッツベルグ公爵家の娘。

攻略対象者の一人であるライは既に先日会ったし、ユリウス含めその他の攻略対象者達も高位貴族ばかりなので幼馴染だ。

先回りして、シェルリンが好感度を上げれば断罪しようとまで思わないのではないだろうか。

幸いシェルリンはゲームをした記憶があるので、どうやったら好感度が上がるか知っている。


でも……とシェルリンはゲームの中のヒロインの言動を思い出す。

ヒロインは、まだ貴族になって日が浅い男爵令嬢だ。

だからこそ、扇で口元を隠さずに無邪気に笑えるし、だからこそ何の気なしに、王子であるユリウスたちに話しかけられる。

思い出したら、無理だった。

ヒロインは可愛い。

でもヒロインの言動は、フィッツベルグ公爵家に相応しくない。

それに確か、なかなかうまくできないヒロインの為に攻略対象者たちから魔術や勉強を教えてもらうシーンもあったわ。

フィッツベルグ公爵家の娘として、シェルリンは学園にいる間、成績上位をキープすることが必要だ。

そのために、今のうちから卒業までに必要な知識、技能を学んでいるのに、攻略対象者から教えてもらうためにわざと手を抜くことなんかできない。

そんなことをすれば、完璧であれと努力してきた自分も指導してくれた家庭教師たちも否定することになる。

「やはり、私がヒロインになるなんて無理だわ」とシェルリンはこの案をあきらめた。


他にできること……ないかしら。

ノートをパラパラとめくる。

最初のページまで遡ったところで手が止まった。

これはどうだろう。

他のイベント発生の正確な日時と場所はわからない。

けれど、最初だけは別。

初めてユリウスに出会うシーン。ここだけは日時が確定している。

入学式直後、場所は講堂裏手。

講堂を出て帰ろうとしたヒロインは猫の鳴き声に釣られて裏手の方に回る。

そこで木から降りられなくなっている猫を見つけ、助けようと木に登るのだ。

生まれた時から王族のユリウスは、もちろん木に登っている令嬢など見た事がない。

木に登るヒロインの姿に驚きつつも、彼の中でヒロインへの興味が芽生える。

とても大事なシーンだ。


大事なのは、興味が芽生えるからでも日時が確定しているからでもない。

ここでユリウスに興味を持たれた事がきっかけでヒロインは王子と話せるようになり、王子の側近と目されている他のメイン対象者たちとも出会うようになるからだ。


つまり、このユリウスとのファーストコンタクトさえ無ければ、ユリウスルートだけでなく、他の攻略対象者のルートも進める事ができないはずである。

だから、ヒロインより先にこの猫を助ければいい。

これが一番シンプルで、一番簡単なのでは?

会場から退場するのは高位貴族から順であろうから、入学生代表のユリウスを除けば、シェルリンが最初に会場を後にする。

もちろん平民から男爵令嬢になったばかりのヒロインは最後だ。

時間はある。懸念はシェルリンが木登りできないことだが、まだ入学まで一年ある。

この一年で登れるように練習すればいける計画だ。


「……はぁ、ダメだわ」


シェルリンがため息をつく。

木に登るなんてフィッツベルグ公爵家に相応しいとは思えないわ。

それに、それをしちゃったら本当に悪役令嬢じゃないかしら。

だってヒロインはただ猫を助けたいだけ。

シェルリンを陥れようとしているわけじゃない上に、ユリウスに出会い、順調に行けば、どのルートを歩むことになってもヒロインは幸せになるのだ。

幸せになるとわかっているのに、そのチャンスをシェルリンの未来のために潰す。

完全にヒロインの邪魔、これこそまさに悪役令嬢。

だってヒロインは物語を始めることさえさせないのだから。


ヒロインの邪魔をした悪役令嬢のシェルリン。

ヒロインもユリウスも他の攻略対象者も物語が動き始める前にこんな邪魔が入っているなんて思いもしないだろう。

だからシェルリンのことを悪役令嬢と思うことはない。

でも一人だけこの事実を知る人はいる。

ヒロインとヒロインに選ばれた攻略対象者が幸せになるチャンスだとわかっていながらユリウスと出会わせないよう画策している私、シェルリンだ。

誰よりもシェルリン自身が思うだろう。自分は悪役だと。


ふっ。

それなら最初に思いついたシェルリンがヒロイン役になり変わるのもやっぱりダメだ。

それだって本来ヒロインがするはずの行動をシェルリンが奪っているのだから。

そして誰も知らずとも、シェルリンが邪魔したことはシェルリン自身が知っている。


もしもヒロインがシェルリンが邪魔をしたせいで過酷な人生を歩むことになったら?

そんなの絶対嫌だわ。

誰も「お前のせいだ」なんて言わないだろうけれど、シェルリンは自分が行動を変えたことでヒロインが不幸になるのが嫌だった。


あー断罪回避なんて難しいですわ、面倒ですわ。

フィッツベルグ公爵家にふさわしく、断罪も回避して、ヒロインたちも幸せなんてちょっと無理ですわ。

何故前世を思い出したのかしら。

もう何もかも忘れてしまいたい。

フィッツベルグ公爵家に相応しいかどうかも、断罪されないためにどうすればいいかも考えなくていい人生。

そんな人生を……生きてみたいわ。

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