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面倒なので忘れますわ!  作者: 南の月
マクスウェルと奉仕活動

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第38話 大事件やんけ!後編

「僕もあっちの祭りの方に行きたかったなぁ」とぼやきながら、トーマたちの見張りに残った男はトーマとシェルリンに立てと言う。

だが後ろで手を縛られていては立つのもままならない。


「あーあー、本当手がかかるな!」


イライラしながら、男はシェルリンを立たす。

次はトーマを立たせるのかと思ったが、男の手は伸びてこず、代わりに「早く立てよ!」という声と共に、鞭が地面に振り下ろされた。

さっきトーマの背を打った鞭だ。

地面を打った鞭にはじかれた小さな砂が、荒い呼吸を繰り返していた口に入った。

まだ背中が痛い。動くのも辛い。

だが、打たれたくもない。

もぞもぞと芋虫のように動き、何とか立とうともがいてみるも、ゴロゴログニャグニャともがくばかりで、なかなか立ち上がることはできなかった。

はぁ、というため息。視界の端に映る男の足がせわしなくリズムを刻む。

はよやれやという無言の圧力を感じ、焦って体をよじるけれどやっぱり立ち上がれない。


視界の端に見えていた鞭が地面から離れて上へ上っていった。

打たれる! そう思った時、何かがどさりと落ちてきた。

続いてピシャリと打つ鞭の音。

感じるのは、鞭で打たれた痛みではなく、重み。


「あー、あんたは上玉だから傷をつけんなって言われてたのに……でも、もうついちゃったからいいよね。傷が一つでも、二つでも関係ないよねー!」


その声で、シェルリンが自分に覆いかぶさっているのだとわかった。

再び鞭が視界から消える。

打たれるぞ! そう思った。

もぞもぞとシェルリンが動く。

頭までシェルリンに覆われる。

ピシッという鞭の音、シェルリンから漏れ出る叫びが聞こえる。


なんでや。

なんでこいつは俺なんかを守ってん。

ここ東の孤児院やで。

こいつ学校から言われて授業に来てるだけやで。

仲良しこよししてたわけでもないんやで。


男はいたぶるのが楽しいタイプのようで、地面にはいつくばっているから顔は見えないが、声に隠し切れない愉悦が現れていた。

再び鞭が地面から離れる。


猿ぐつわを噛まされているから、うーうーという変な音にしかならないが、一生懸命叫んだ。シェルリンを振り落とそうともしてみた。

けれど、シェルリンは動かない。


どけや! 打たれるぞ!

早くどけ、逃げれ!


必死にもがいて、何度も何度も叫ぶ。それでもやっぱりシェルリンはじっと動かない。


誰か……助けてや。


誰も助けに来ないとわかっていても、そう祈ってしまった。

まだ小さかった頃はいっつも思っていた。

誰か助けて、食べ物が少ないんだ。

誰か助けて、怖い人の声が聞こえる。

ここから出ていきたいです。どうかお願いします。助けてください。

そうやって神だか何だかわからぬものに祈っても、救われることなんか今まで一度もなかった。

だから、ここで助けてと言っても助けが来ることはない。知っている。

けれど、動けず、声も出せず、ただ守られているだけの自分に他に何ができる?


お願いや、助けて。助けて、助けて……。


頭の中が、助けてほしいという祈りでいっぱいになる。

ヒュンと男が鞭を振り下ろした。


「あれー? なにこれ?」


すぐに鞭が地面から離れ、またヒュンと振り下ろす音が聞こえる。

パチン、パチンと一定のリズムを保って、鞭が振り下ろされる音がする。

バタバタともがき、どうにかシェルリンの下から這い出ようとすると今まで頑なにトーマの上から動かなかったシェルリンがそろりとトーマの前に降りた。

ごろりと横向けになって、男の方を見れば男の鞭が何か見えない膜のようなものにはじき返されている。

突然出てきた膜の訳が分からなくてシェルリンを見たが、シェルリンもわからないようで驚きに目が開かれていた。


なんだ、これ。


膜をよく見ようとごそごそと前に出ようとするトーマの行く先をシェルリンが防いだ。

その顔は、驚いた顔でも、最初のように恐怖に染まった顔でもなく、絶対にトーマを前に出してなるものかと決めているかのような顔だった。


まだこの人は俺を守っとるんか。


背中越しにシェルリンを見つめる。

シェルリンが着ていたグレーのワンピースは鞭で打たれた場所が黒く汚れていた。

よかった、この膜がある限りこの人が打たれることはもうないだろう。

何かはわからないが、守られていることに安心したからだろうか。

急に他のことが気になり始めた。

この男の仲間たちは孤児院正面へ向かった。みんなは大丈夫だろうか。

何か音が聞こえないかと耳を澄ませてみる。

俄かに騒がしい。

男たちと騎士たちがやり合っているからかとも思ったが、どうも違うようだ。

「逃げろ!」「やべぇ、早く」「もういい! 撤退だ」聞こえてくる声は、そんな声ばかりだった。


鞭の男にも聞こえたらしい。

いつの間にか鞭を打つのをやめて、声の方を向いている。

ふいに声が消えた。

鞭の男が数歩後ずさり、そしてくるりと踵を返して逃げようとした。

男が走り出す。

一歩、二歩、三歩と足を進めたところで、何か明るいものが目の前を横切った。

男にぶつかり、男は前につんのめった。

何が起きたのかわからない。


その後、ザクザクと足音がして角を曲がってきたのは、見たことのない貴族の学生だった。

学生服を着ているから、シェルリンたちと同じモンクレージュ学園の生徒なのはわかる。だが、今までここに来たことのない学生が今、このタイミングでここにいることにトーマは何か得体のしれぬ恐怖を感じた。

鞭をふるう男とは違う意味の怖さで、絶対敵わないだろうという怖さだ。


「あぁ、いた」


それだけ言った男は、膜に驚きも怯みもせず、ずかずかと中に入りシェルリンの口の猿ぐつわを外した。

そして手を縛っていたロープも。

助けられたシェルリンもぽかんとしている。


「ライに……」

「ちょっと待って。ここにもう一人捕まえてある。あとこの子のことも頼んだよ。シェルリンは怪我をしているようだから、私が連れて帰る」


騎士にテキパキ指示を出し、男はシェルリンを抱えて飛んで帰った。

本当に、文字通り飛んで帰ったのだ。

後からみんなと合流して聞いたところによると、あの男が突然飛んできて光の輪で次々と捕まえていったらしい。

騎士より、なだれ込んできたやばい奴らより断然強かったと聞いて、トーマは貴族って怖ぇと心底震え上がった。


「貴族ってこんな強いんか。あんな態度取ってて、よく俺殺されへんかったな……」


うっかりそう呟いたら、孤児院の奴らがみんなして「本当にもうやめてよ」と言ってきた。



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