第35話 お兄様と相談ですわ!
相談があるので談話室の使用許可をとり、ライに手紙を出す。
魔力を込めて窓から飛ばした手紙は、まっすぐライの元へと飛んで行った。
そして翌日。
シェルリンは談話室でライと向き合っていた。
「珍しいね。相談事なら週末屋敷でも良かったんじゃない?」
「実は、明後日個人面談で」
「あぁ、面談ね」
シェルリンも週末屋敷に帰って、相談できればいいと思っていた。
けれど、先生から予告があって面談日が張り出されると、シェルリンの順番は前の方でギリギリ週末を挟むことができなかったのだ。
「まぁ、この時期は来年どの科をとるかという確認位だから、領主科だと言っていたらいいよ」
「え? 領主科……?」
あまりに予想外で言葉が詰まる。
モンクレージュ学園は初学年こそ皆同じ科目を勉強するが、二学年に上がるとそれぞれの将来を見据えて専門科に分かれて勉強することになる。
騎士を志す者は騎士科、魔術を極めたい者は魔術科、家を継ぐ長子や国政や領政に携わりたい者は領主科だ、家政について学ぶ家政科というものもある。
家政科は代々執事をしている家系の者もいるが、ほとんどは女子生徒だ。
女性はどこかの家へ嫁入りすることになるからだ。
だから、ライが提案した領主科に入ると言うのがいまいちピンとこない。
記憶がないためにここら辺の判断に自信が持てず一応相談はしたものの、シェルリンは家政科一択だと思っていた。
領主科は家を継ぐ長子と将来国や領に仕える予定のある者が通う科だ。
フィッツベルグ家の長男は、もちろんライ。
だからシェルリンは領主科の必要はないはず。
後々、領政を手伝ってほしいとかだろうか……。
予想外というのが顔に出ていたからだろうか。
ライは不思議そうな顔で、首を傾げた。
「他に進みたい科があった? 魔術科かな? だったら、私が教えるけど」
「え?」
あれ? ライはもちろん領主科だと思っていた。
でもこの返事だと魔術科なのだろうか。
「ライ兄様、あの……もしかしてライ兄様は魔術科なんですか」
なぜ? 家を継ぐべきライがなぜ?
ぐるぐると疑問が頭の中を渦巻く。
ライはそんなシェルリンを不思議そうに見つめ、あぁという風に手を打った。
「魔術科だよ。ここで詳しいことを説明できないけれど、私はフィッツベルグを継ぐ予定もなければ、国政に携わらないからね。まだ話してなくて悪かった。だからフィッツベルグを継ぐのは、シェルリンだよ」
「え、でも」
「これは父様も了承している話なんだ」
「え、でも、な……んで?」
さも当然という形でライが言い切る。
先月あったスプリングパレード。先輩たちの歓迎のショーはどれもが素晴らしかった。
でも、その中でもライは飛びぬけてすごいように見えた。
だからライは魔術はできるはずだ。
学問の方だって、シェルリンはまだどれくらいのレベルがあればフィッツベルグを継ぐに相応しいのかわかっていないが、少なくとも記憶のないシェルリンよりはライを後継ぎに据える方がましだろうと思う。
聞けば聞くほど疑問が増える。
その時、前に座っていたライが唐突にシェルリンの隣に座りなおした。
するりと手をシェルリンの頭に添える。
突然のことで、驚きで胸がバクバクと音を立て始める。
咄嗟にライはお兄様、ライはお兄様と心の中で十回ほど唱えた頃、ライの手はあっさり離れていった。
ふぅ。入学前に魔術を教えてもらったことでだいぶライにも慣れてきたが、今のように突然距離が縮まるとどうしても驚いてしまう。
ライからしたら、実の妹なのだから何とも思っていないのだろうが、記憶のないシェルリンにとっては、まだライとは出会って数か月だ。
早く……慣れないと。
そう心を引き締めつつも、ふと思う。
あぁ、でもスプリングパレードの時なんてライに抱えられて飛んでいたじゃないか。
不思議とあの時はドキドキなどしなかった。
ライが来てくれてほっとしたくらいだ。
入学式の時にユリウスに抱えられて保健室に言った時は顔から火が出るほど恥ずかしかったというのに。
そう考えると、少しはライを兄として実感しているのかもしれない。
「うん、よく似合っている。ちゃんとお守りつけてくれているんだね。これは、毎日つけておいて」
ライの言葉で、ライはシェルリンの髪飾りを見に来たのだと納得した。
シェルリンも後ろに手をやり、髪飾りに触れる。
これはシェルリンが東の孤児院担当だとどこからか聞いてきたライがお守りとしてくれたものだ。
シェルリンにも心配してくれる人がいる証のようで、シェルリンは嬉しくて東の孤児院に行かない日も毎日つけている。
「さてシェルリン、何か不安なことでもあるのか?」
ライがシェルリンの顔を覗き込んでいった。
ライの顔には少し眉間にしわが寄っている。
不安?
確かに入学直後は記憶のないシェルリンがモンクレージュ学園でやっていけるのだろうかという不安はあった。
けれど、ようやく1か月が過ぎて少し学園にも慣れたところだ。
孤児院が気がかりでもあるけれど、先日の掃除は前よりも良かった。
最後、トーマが叫んだ言葉は気がかりだけど無気力だったころよりいい気がする。
「いえ、ないですよ?」
「そう? ならいいけれど」
そろそろ予約していた談話室の時間が終わるので、帰り支度を始める。
記憶喪失であることを隠さなくていいからだろうか、ライの横はとても心地が良い。
それかもしくはライが兄だからかもしれない。
兄弟だから、こんなにも安心するのかも。
「あぁ、そうだ。さっきの後継ぎの話に関することだけど、面倒だからここでは私はフィッツベルグ家の分家の者ってことにしているから」
「お兄様……。やはりお兄様が」
「それはもう決まっていることだし、私もそれがいいと思っている。だからもうこの話は終わり」
帰り支度が終わり、さぁ出ようかという時にライが言う。
やっぱりライが後継ぎの方がいいのではないかと口を開いたが、遮られてしまった。
絶対ライの方がいいのに……と納得できない顔をしていたのだろうか。
部屋を出る直前、ライの大きな手が頭に乗る。
なんだ? と顔を上げたシェルリンにライはニコリと笑って、「またいつでも困ったら連絡して」と言った。
あぁ全然違ったとシェルリンは思う。
記憶のないシェルリンと希望が見えず未来の見えない子供たち。
心細いことは、同じだろうと思っていた。
でも違う。
記憶がなくても、両親がほとんど家にいなくても、シェルリンには兄がいた。
こっちへおいでと手を引いてくれる兄がいた。
あの子たちにはいないのだ。
もし自分にもライがいなかったなら……そう考えると怖くなった。
自分の頭から離れたライの手を咄嗟に掴む。
「お兄様、私。私、ライ兄様がお兄様でよかった」




