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面倒なので忘れますわ!  作者: 南の月
マクスウェルと奉仕活動

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33/35

第33話 反省会をしますわ!

当然のことだが、出張授業の初回が終わると1年生たちの話題は出張授業一色になった。

孤児たちはどんな暮らしをしていて、どんなことが好きなのか。

それすらもわからない学生たちだが、授業を行うために何とかコミュニケーションをとろうとする。

コミュニケーション。

それはただ言葉の受け渡しをするだけではない。

相手に伝えたい、相手のことを知りたいという気持ちのラリーでもある。


「私たちの馬車が来るとキャアキャア言いながら集まってきて、帰りには『まだ行かないで』と言って泣いてしまった子もいるんですのよ」


隣のテーブルからの声が聞こえてくる。

どうやら隣のテーブルの彼女の初回授業は成功したようだ。

シェルリンたちグループのテーブルに「それに比べて私たちは……」というような重たい空気が流れる。

先日行った東の孤児院での授業は、成功とは全く呼べないものだった。

子供たちが一つの文字を習得したとかそんなレベルですらない。

まるでシェルリンたちの授業を拒んでいるかのようでもあった。


「私たちの授業、彼らの役には立たないのかしら」


自信なく、Bクラスの女子学生ミレイアがこぼす。

ミレイアは長い髪を一つにまとめ、ハキハキとしゃべる女の子だ。

シェルリンを尊重しているのか決して前には立たないが、シェルリンが意見を募ればいつだって真っ先に意見を言ってくれる。

きっと本来はリーダーが向いている子なのだと思う。

そのミレイアから出た弱気な発言は意外だったが、ミレイアがそう言いたくなるのもわかるなとシェルリンは思った。

東の孤児院では、それほどまでに空気が歓迎されていなかった。


「いや、あれは彼らの姿勢の問題じゃないかな」


ミレイアと同じBクラスのセサルが言う。

文字を教えようと思っても、ペンを持とうともしない子がたくさんいた。

誰も彼もが無気力で、こんな無駄な時間終わってほしいと願っているようだった。

だからセサルが言うこともわかる。

わかるけれど、そうなるとシェルリンたちが取れる術はない。


今行っているのは、反省会だ。

初回の授業を踏まえて、次は彼らにとってより良い授業にしようというのが、この反省会の目的だが、どれだけ良い授業をしたところで彼らが聞かないのであれば意味がない。

つまり今シェルリンたちは授業の良い悪い以前の問題で躓いている。


「彼らの姿勢が問題だったのは明らかだが、仕方がないことに今私たちは彼らの教師で、彼らは私たちの生徒だ。彼らの姿勢を変える努力をしなければならない」


聞く耳がないんだから、どうしようもないではないか……というあきらめムードの中、マクスウェルが諭す。

彼らの姿勢を変える……。

マクスウェルの言うことは最もだけれど、どうやってすればいいだろうかとそこまで考えた時、シェルリンは授業中に誰かが言った言葉を思い出した。


――大人になんかならないのに


たしかに、そう言った。

子供はいつか大人になる。それは明白だ。

きっとそれくらい子供たちだってわかっている。

なのになぜ、そんな言葉が出たのか。

その言葉について考えれば考えるほど、辿り着く先の答えは「彼らには大人になる予定がない」だった。

孤児院に行く途中の家々は倒れそうなほど脆い家だった。

そこに住む全ての人がそうであるかはわからないが、定職についていない人ばかりだと言う。

行きの馬車でナターシャが言っていた。

人が殺されるのも、医者にかかることなく病死するのも、突然いなくなるのも、東の孤児院周辺では日常茶飯事だと。

それほどまでに東の孤児院がある地区は治安が悪い。

だから子供たちは、自分が大人になる前に死んでしまうと思っているのだろうか、それとも……突然未来が閉じられるのなら、大人になんかなりたくない……そう思っているのだろうか。

どちらにせよ、あんな小さな子供が生きる希望もなく、ただ息を吸って吐いて、食べ物を口に入れて生きているだけだとしたら、なんと悲しい事だろう。

重い沈黙の中シェルリンは口を開いた。


「すでに決まったことを覆すようで申し訳ないのですが、今一度授業内容を再考してみませんか」

「上手くいっていないのは明白ですから、再考するのは構いません。ですが、授業内容をいくら変えようとも彼ら自身にやる気がなければ一緒だと思いますよ」


セサルの言葉に、マクスウェルも腕を組んで考える。

女の子たちもセサルの言葉に同意なのか、困った顔でシェルリンを見つめていた。

腕を組んでいたマクスウェルがスッとシェルリンに向き直る。


「ちなみにシェルリンさんは新しい授業内容について既に何か案があるのですか?」

「具体的にはまだ。ですが、私たちは今まで彼らのこれからに役立つものをと思って授業内容を考えてきました。ですが、それよりも先に教えなければならないことがあったのではないかと思ったのです」

「先に?」

「彼らは未来に絶望しているのかもしれない。未来がないと思っているなら、どんな努力もしたくない気持ちもわかります。だってどんなに頑張っても無駄なのですから。だから私たちは、役立つ知識、役立つ技術以前に、彼らの心に希望が宿るような、または今を楽しむ大切さを教えるようなそんな授業をしたらどうかと思ったのです」


話し終えると、突然全く的外れなことを言ってしまったような気持ちに襲われ、シェルリンは膝にのせた両手をぎゅっと握った。

すぐに反応は返ってこなかった。

返事を聞くまでのこの時間が永遠のように思えてくる。

突然、ミレイアが立ち上がった。


「い、いいアイデアですわ! あの子たちの目を輝かせましょうよ!」


ミレイアの言葉に、暗く光のない子供たちの目も思い出した。

他のメンバーも思い出したのか、徐々に賛同の声が上がる。


「授業内容は変更するとして、問題はどうするかですよね。治安改善だとか就労サポートは、学生の私たちにはできないことですし」


ナターシャが言った。

希望を見せるなら、一番は今いる大人が生き生きと暮らしていることだろう。

だがナターシャの言う通り、治安改善もそこに住む人々に仕事を与えることも、規模が大きすぎて学生である自分たちにはできないことだった。

自分たちができることで、希望を見せることはできるのだろうか。

話し合いは続き、いつしか話題は孤児院の建物になっていた。


「あの孤児院はしっかり清掃すべきですわ」


そうミレイアが言うと、「あぁ、あれはひどかったね」という声も上がる。

孤児院の壁は黒くすすけ、せっかく前庭があるというのに、前庭は草は伸び放題、ごみはその辺に捨て放題だった。


「私、気に入った服とかアクセサリーは、特別綺麗にしまっておくんですの。雑多な中に一緒にしてはただの服、ただのアクセサリーと同じ扱いになってしまいますでしょう? 人もそれと一緒ですわ。私たち貴族が尊重されるのは、地位やお金の有無もあると思いますが、このシワ、汚れのない綺麗な服、磨き上げられた馬車、手入れの行き届いた髪や手があるからですわ。ヨレヨレの服、ぼさぼさの髪で街を彷徨っていたら、誰も私たちを貴族とは思いませんもの」


ミレイアの主張に時々笑いが起こりつつも、言いたいことは皆分かったようだ。

貴族である自分たちが貴族として扱ってもらえるのは、自分自身も貴族としてふるまっているからだとミレイアは言っているのだ。

貴族として恥ずかしくない格好をし、相応しい環境に身を置き、貴族として正しい言動を心がける。

そうやって自分を貴族として扱うからこそ、周りも同じように貴族として扱ってもらえるのかもしれない。


翻ってあの孤児院について考えてみる。

ろくに清掃もされていない、ゴミもその辺に放り投げているような空間で暮らすのは、特別扱いされている服やアクセサリーとは真逆だ。

これは仕方がないことかもしれないが、彼らの服も汚れて、ボロボロだった。

もしかしたら洗濯もあまりしないのかもしれない。

ゴミや汚れと同じ場所で暮らし、ぼろぼろの服を身にまとう。

たしかにこれでは、自分などどうでもいい、生きていても仕方のない存在だと思ってしまうかもしれない。


結局シェルリンが提案した未来へ希望を抱く授業、今を楽しむ授業については、良いアイデアは浮かばなかったが、自分だって生きていてもいい、大人になってもいい存在なんだと感じてもらうために次回は孤児院の徹底的な清掃をすることになった。


反省会が終わり、残りの授業も終わり、シェルリンは一人寮の部屋に戻る。

部屋の中をゆっくりと歩いてみる。

大きな本棚と広いデスク。

装飾のない小型のドレッサーに同じく小型のクローゼット。

シンプルなベッド。

シェルリンは目に入る家具をそっと撫でながら歩き、最後にベッドに横になる。


――私、気に入った服とかアクセサリーは、特別綺麗にしまっておくんですの。雑多な中に一緒にしてはただの服、ただのアクセサリーと同じ扱いになってしまいますでしょう?


ミレイアの言葉を思い出す。

ミレイアがこの話をしたとき、シェルリンは心の底から驚いた。

なぜならシェルリンには「特別」なんてなかったから。

自分が何が好きなのか、未だにわからない。

記憶を失う前のことは忘れているのだから、もちろんわからない。

でも、記憶を失った後の私は……何が好きなんだろう。

思い出して、本棚に向かう。

取り出したのは一冊のノート。

そこにはこう書かれている。


――どんな時が、幸せか。幸せなときは自然と笑っている時。自分が楽しむことが大切。楽しい気持ちは伝わる


文字を指でなぞりながら、好きな物と接している時も自然と笑っているのかしらとシェルリンはぼんやりと考えた。



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