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第3話 私、悪役令嬢でしたわ!

「シェルリン、お前の叔父ライだ」


久しぶりに帰ってきた父バルデロイが、出迎えたシェルリンに一人の男の子をそう紹介した。

髪はホワイトブロンド、背はシェルリンより少し高い。

叔父と紹介されたその男の子はシェルリンとあまり年の変わらないように見えた。

叔父とはどういうことだろうかとバルデロイの方をちらりと見たけれど、バルデロイは何も説明するつもりはないようだ。


説明を待つのをあきらめてバルデロイの隣に立つ男の子を見ると、彼もこちらを見ている。

目と目があった。

彼の琥珀色の瞳を見た瞬間、頭の奥で何かと何かがカチリとハマる。

互いに見つめあったまま時が止まったように静まり返った。誰もがシェルリンの反応を待っているのは分かっていた。

けれど……シェルリンの頭の中はそれどころじゃない。大事件が発生中だ。


うそ、うそ……。

これって、昔ハマっていた恋愛ゲームだわ。

そして私、シェルリンは……ヒロインをいじめる悪役。最後にはみんなの前で断罪され、追放されてしまう。


「シェルリン様?」


叔父となったライが、不思議そうに名前を呼ぶ。

シェルリンとバルデロイの間に立っていたゼルダンも、おそらく後ろに控えているアンジーたちもまったく口を開かないシェルリンをどうしたのだと見つめた。


「王子様……」


その場にいる全員がシェルリンに注目している中、シェルリンのつぶやいた言葉が静かなエントランスに響く。

ライが目を見開いた。

その目を見た瞬間、シェルリンは口を開いたことを後悔した。

前世の知識によると、ライはまだ王子ということを隠している上、今会ったばかりのシェルリンが知っているはずがないからだ。

前世を思い出して混乱していたが、不用意な言葉を吐いてしまった自覚から再び脳をフルスピードで働かす。


「物語から抜け出てきたよう……。こんな素敵な方が叔父様だなんて嬉しいわ」


王子様と言ってしまったことを何とか誤魔化そうと口を開いたら、いつものシェルリンとは思えない少し子供っぽい言葉が口から出てきた。

ズキズキ、ズキズキ。

前世を思い出したショックなのか頭が痛む。


「シェルリン」


バルデロイの重い声が響く。


「ライの顔がいいからと言って、言って良いことと悪いことがある。王子でないものを王子と呼ぶなど不敬と捉えられてもおかしくない。以後フィッツベルク公爵家の一員として恥ずかしくない発言を心がけなさい」

「お父様、申し訳ありません。以後よく気をつけます。ライ叔父様、これからよろしくお願いします」


最低限の挨拶を終え急ぎ部屋に戻ったシェルリンは、ベッドにごろりと横になり考える。

あー頭痛い……。

前世って何よ、だいたい今生きているこの世界がゲームの中の世界ってなんの冗談?

意味がわからない。


それでもシェルリンは知ってる。

今日初めて会ったライが乙女ゲームの攻略対象者であること。

いや、ライだけじゃない。

シェルリンの幼馴染のユリウス殿下やその他の高位貴族の令息たちがメインの攻略対象者だ。

まだ実際に会ったことはないけれど、ピンク色の髪をした可愛いヒロインが学園に入学したら、攻略対象者たちとヒロインは少しずつ仲を深めていくことになる。

そして悪役であるシェルリンはことごとく彼らの仲を邪魔をし、最後には断罪、追放されてしまう。


ベッドの上で寝返りを打つ。

これからどうすればいいだろうか……。

けれどその間にも頭はどんどんと痛くなり、結局シェルリンは考えることをあきらめた。


「シェルリンお嬢様! ベルはお医者様を、ベラはゼルダンに報告! 早く!」


アンジーが叫ぶ声が聞こえた。



シェルリンが倒れて五日。

その間シェルリンは、ずっと高熱にうなされていた。

時折パンがゆを少し、果物を少し口にして倒れるように眠る。

そんな日を五日過ごし、ようやくシェルリンは元気になった。


五日ぶりにきちんと身支度をしてもらう。水色のデイドレスを着て、鏡の前で軽くお化粧だ。

ベルがお化粧をし、ベラが髪を結っている間にまじまじと自分の顔を見る。

さすがシェルリン。顔が整っている。

柔らかく波打つ銀色の髪にキラキラ輝くエメラルドの瞳。

ゲームのシェルリンと全く同じだ。やっぱりこの世界はゲームの世界ということらしい。

ゲームでは容姿端麗なだけでなく、魔力も多く、魔術の腕もピカイチ、もちろん成績優秀と高スペックな悪役令嬢だった。

実際に今自分がシェルリンになってみるとわかる。

容姿と魔力量については生まれ持ったものだが、魔術の腕がいいのはスナイデンと毎日のように訓練しているからだし、あれだけ勉強しているのだから成績優秀は当たり前だ。

成績も魔術の実力も少しでも親から認められたいとシェルリンが頑張っていた結果だが、おそらくシェルリンがバルデロイやケイシーヌに認められることはないだろう。

彼らはきっとシェルリンに少しも興味がないから。


「シェルリンお嬢様、本日までは家庭教師の皆さまに休みだと伝えております。明日からは休んでいた分の授業も始まりますので、今日はゆっくりお休みください」


髪を結い終わった頃、まだ心配そうにしながらアンジーが今日の予定を告げた。

アンジーと身支度を手伝ってくれたベルとベラにお礼を言って、一息吐く。

シェルリンは貴族令嬢なら知っているべき以上の知識を、備えているべき以上のマナーを学んでいた。

来年入学するモンクレージュ学園で習うことなど一つもないと思う。


シェルリンは何でもそつなくできる天才タイプではない。

だからこそ、朝から晩まで休む間もなくあらゆる分野を学び続け、学んだ後も何度だって復習して、そこまでしてようやく知識や技能を身に着けてきた。

それこそ寝る間も惜しんで、泥臭く努力した結果が今のシェルリンだ。

今でもシェルリンは、私なんてまだまだだと思っている。

だけど、前世を思い出した今のシェルリンはこうも思っていた。


――もう十分頑張っているよね、私


身支度が終わると、いつもの通り食堂に行く。

食堂に行くのも五日ぶりだ。

バルデロイたちも食堂に来ているのだろうか。少しドキドキしながら、食堂のドアを開ける。

扉の向こうには、いつもの通り長い机と椅子が一つしかなかった。


バルデロイとケイシーヌは結局ライを連れてきたあの日しか家にはいなかったらしい。

そしてライも、昨日の入学式に合わせてこの屋敷を出て行った。

今後は寮生活になるため、冬の社交の時にしか戻って来ないだろうとゼルダンから説明を受ける。


ゼルダンの話によれば、ライは前公爵である祖父が養子にした子供で、今までは祖父母と共にフィッツベルグ領で暮らしていたらしい。

うん、シェルリンが思い出した前世の記憶とも合っている。

祖母は三年前、祖父は先月亡くなった。

その上、ライはシェルリンの一つ上の十五歳だ。

十五歳はモンクレージュ学園に入学する年、ライは学園の為に王都に出てきたらしかった。


いつもと違い、勉強でない普通の食事が終わり、部屋に戻る。

アンジーたちが、今のうちにゆっくりしてくださいとシェルリンに嬉しそうに言う。

前世を思い出してすぐに高熱が出たから、実際考えたいことはたくさんあった。

アンジーたちの言葉に甘えて、少し休むと言って部屋から出てもらう。


一人になって、ゲームのシナリオのことを思い出す。

ヒロインがメイン攻略者と近づけば近づくほど、躍起になって邪魔をするシェルリン。

今ならゲームの彼女の気持ちが痛いほどわかる。

親からは放置で、ずっとずっと一人で頑張ってきたシェルリン。

メイン攻略者たちは、皆高位貴族。

フィッツベルグ公爵家の娘と遊んでも問題のない家格の者たち。

つまり、メインの攻略者たちはみんなシェルリンの幼馴染。

シェルリンがずっと学園に入ったら、再び会えると心の支えにしていた友達であり、シェルリンの幸せだった時を象徴する存在。


だからこそ自分の幼馴染たちの間に突然割り込んできたヒロインが許せない。

シェルリンから見れば、ヒロインが幼馴染たちに近づくのは、シェルリンの居場所を奪い、幸せだったころの記憶まで土足で踏みにじられたようなものだった。

そりゃあ、嫌よね。

まぁ、ヒロインは良い子だからそんな気持ちは微塵もないのだけど。


さて、これからどうしようかなぁ。

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