第29話 将来は決まっている
「マクスウェルさんは領主科でしょうか。今の所、成績などは問題ありませんから、領地のことを調べておくと二年次がスムーズにいくと思いますよ」
「はい……」
「何か不安、いやもしかして他の科を希望ですか?」
「いえ、そういうわけでは」
Aクラス担任のシェーベルはマクスウェルの顔をまじまじと見た。
マクスウェルはクルトランデ家の長男だ。
だから、シェーベルがマクスウェルに領主科を進めるのはごく当たり前だった。
けれど、マクスウェルはその提案になんとなくもやもやしたものを感じた。
シェーベルは学生との面談など慣れっこなのだろう。
マクスウェルの気持ちの揺らぎに気づきながらも踏み越えてくることはなく、「今はなくとも何か少しでも気にかかることが出てきたら、お気軽にご相談ください」と言って面談を締めくくった。
シェーベルとの面談を終え、寮に戻る。
机に向かい、ノートを取り出すが、予習をしようとした手が動くことはない。
このもやもやはなんなんだ。
窓辺に配置されている机からは外に植えられているラプタの木が見えた。
目を見開いて、外を見る。
スプリングパレードの前には白っぽい、いや薄黄色の花がラプタの木を彩っていたが、いつの間にかだいぶ数が減っている。
鳥が飛んできた。体長13センチほどの小さな鳥だ。
腹の部分はオレンジで、翼はくすんだ苔のよう。パルスバリだと以前読んだ図鑑に載っていた絵を思い出す。
パルスバリは首をしきりに動かして、何が楽しいのか枝から枝へ飛び移り、その横でラプタの大きな葉が揺れていた。
ラプタの葉は結構大きい。
パルスバリが飛んだ場所によってはすっぽりとその小さな小鳥を隠してしまうほどに。
予習の時は一向に動かなかった手がせわしなく動く。
普段なら、どんな木が植えてあるかなんてどうでもいい。
普段なら、その木がどんな葉をつけているかなんてどうでもいい。
普段なら、そこにどんな鳥が飛んでこようがどうでもいい。
けれど、どうしてだろうな。
絵を描こうとするこの瞬間だけは、普段は見えていないものが一気に目に飛び込んでくる。
一気に色鮮やかに見える。
だから何だと言われれば、別にとしか答えようがないのだが。
ふぅと息を吐く。
手元には、残り僅かになったラプタの花をつつくパルスバリの絵があった。
――そんなものより勉強の方はどうなのだ
一度。たった一度言われた父の言葉が蘇る。
小さな子供の頃はマクスウェルの絵を喜んでいたマクスウェルの父は、年齢を重ねるごとに見向きもしなくなった。
マクスウェルはクルトランデ家の長男だ。
順当に行けば、マクスウェルがクルトランデ伯爵を継ぐことになる。
伯爵には絵の才能なんて不要なのだから、父が絵を見なくなるのも当たり前。
頭ではそう理解しているのに、チクリと心が痛む。
絵なんか描いたって、画家になれるわけでもあるまいし。
マクスウェルは今描いたばかりのパルスバリの絵のページを破りとり、屑籠に投げ入れた。
面談の翌日は土曜日だった。
マクスウェルは、月に一度王都へやってくる両親と食事をするため王都の家へ戻った。
当たり障りのない返事をして、食事をやり過ごし、明日も休みなのだろうと言う父の言葉を受けて、泊っていくことにした。
長い廊下を歩いていると、もう夜だと言うのに中庭で剣を振る弟の姿が見える。
――俺は騎士科にすすみたい
マクスウェルの脳裏に食事の時に話していた弟の言葉が蘇った。
二歳下のマクスウェルの弟はまだモンクレージュ学園には入学していない。
だが彼は、受験勉強の傍ら剣を振るのをやめない。
それは二つ上のマクスウェルが次期伯爵として決まっている為、弟は弟で自分の身の振りを考えなければならないからだ。
彼は彼なりに考えた結果、騎士を目指すのだと言う。
たった二年。
たった二年早く生まれたってだけなのに……とマクスウェルは心の中で愚痴をこぼす。
「マックス!」
いつの間にか素振りは終わっていた。
「夜まで熱心だな」
「まぁね。確実に騎士になれるわけじゃないから、頑張らないと。マックスと違って将来かかってるからね」
弟はそう笑って、風呂に行く。
たった二年。
たった二年マクスウェルよりも遅く生まれただけで、マクスウェルの弟は領主にはなれず、自分で道を切り開かねばならない。
決まりきった未来と見えない未来どっちの方が幸せなんだろうかとマクスウェルは思う。
ただ自分で決めた道に進む弟の姿がマクスウェルには輝いて見えた。
週明け、再びモンクレージュ学園へ通う。
スプリングパレードまで大体クラスは二分していた。
一つはユリウス、カールを中心に集まるグループ、もう一つはシェルリンを中心に集まっているグループ。
だけど今また、クラス内の勢力図が変わりつつある。
ユリウスとカールは一緒にいたり、いなかったりしたし、今までは接触がほとんどなかったのに今はユリウスもカールもシェルリンと話している場面を見かける。
そしてユリウスやカールの取り巻き、シェルリンの取り巻きはというと、かなり減った。
やや遠巻きに彼らを見ている。
入学して一ヶ月と少し。
それは高位貴族と縁を持とうと躍起だった心が落ち着いてきたからでもあろうし、もう一つの理由としては、シェルリンの隣にいるあの女が理由だろう。
アメリア・モラダ。
平民から貴族になった女で、シェルリン・フィッツベルグとユリウスを取り合う噂になった魔性の女。
けれど、スプリングパレードの時シェルリンが手を差し伸べてから、彼女たちは友人のように一緒にいる。
マクスウェルの中にモヤモヤとした思いが募る。
マクスウェルは、アメリアに嫉妬をしていじめを行う人たちを品がない、恥ずかしい人だと思っていた。
だが、反対にアメリアの手を取ったシェルリンのことも理解ができなかった。
アメリアはつい最近まで平民だったのだ。
自分たちとは違う。
なぜ馴れ合い、親しくする必要が?
平民と馴れ合い、駆け落ちして平民になった貴族がいることは知っている。
平民は平民らしく、貴族は貴族らしく。
それがこの世のルールだろう。
誰も彼も貴族になったりやめたり。
そんな簡単に両者を行き来できるほど、自分たちと平民たちに変わりはないというのか。




