第27話 スプリングパレード後編
事件はその中間地点後の大地のエリアで起こった。
こげ茶色の土が続く場所を花の台車と新入生たちが練り歩く。
全員がこのコースに足を踏み入れたところで、優しい音色が響いてきた。
道順から外れた奥の方に一本だけ生えている木の下で、女神のような佇まいで竪琴を引いている。どこかに魔導具を使っているようで音は段々と大きくなってきた。そして、今度は空を女の先輩たちが舞い踊りながら、水を撒いている。
音楽と降り注ぐ水を受けて、焦げ茶色の地面がむずむずと動き出した。
次は何が起こるのか、期待が胸を高鳴らせる。
「キャアッ!」
悲鳴が聞こえて、うきうきした気分で背後を振り返る。
これも何かの演出だと思ったのもつかの間。
目に映ったのは、むずむずと動き回る大地の中で泥まみれになっているアメリアだった。
「アメリア?」
ぽつりとつぶやくシェルリン、ユリウスは「何をしている!」と声を張り上げた。
音楽が止まり、シーンと静まり返った場にくすり、くすりと笑い声が聞こえる。
「やぁねぇ。そんなに気を引きたいのかしら」
「何やってんだよ」
「見てよあの格好」
歩いている新入生の多くが、泥をかぶったアメリアを見て笑っていた。
元平民であるアメリアへの嫌がらせであろうことはすぐに分かった。
なんでこんなことになってしまったのだろう。
アメリアは確かに元平民だ。けれど、彼女が何か悪いことをしただろうか。
アメリアは泥の中で呆然としている。アメリアを見ているシェルリンと目があった。
一歩踏み出そうとするシェルリンにアメリアが小さく首を振る。
そうだ。私が出て行けばまた迷惑をかける。
あの手紙のこともある。私は、アメリアと無関係を貫かなければならない。
でも……もういいんじゃない?
「アメリアさんを笑って、楽しいかしら?」
花の台車からトンと飛び降りる。飛行の魔術はまだライにしっかりと習ったわけではなかった。
でもきっと、記憶を失う前のシェルリンは習得していただろう。
きっとできると思いながら飛び降りると、やっぱり記憶喪失前に習得していたようで、ふわりと浮いて、ゆっくりと台車から地面へと着地した。
そのまままっすぐアメリアの方へ歩いていく。
アメリアがハッとして、叫んだ。
「シェルリンさん、来ないで! 汚れてしまいます」
それでもシェルリンは止まらなかった。一歩コースを外れて泥まみれになった場所へ踏み出す。
シェルリンを呼び止める声、小さな悲鳴もあがる。
「も、もういいです! いいんです! 私とは住む世界が違うんです」
アメリアがまた叫んだ。背後の新入生たちも「そうです! 勝手に転んだのですから放っておきましょう」とか、アメリアの叫びに「そうね」と同意している。
「うるさいですわ! アメリア、確かにあなたは元平民で、マナーも品位もない。でもそれは、今から貴女が積み重ねていけばいい事でしょ! わからないところは私が教えてあげますわ」
先輩たちが雨を降らせた地面は濡れていてぐちょぐちょで歩きにくかった。
それでも歩けないほどではない。一歩、一歩アメリアに近づいていく。
ようやくアメリアの所まで来た。
「なんで? なんでそこまでしてくださるのですか?」
泥の中に座ったままのアメリアが細い声を出す。
だから、手を差し出して答える。
「アメリア、貴女が元平民でも、いじめられていても、私はアメリアを好きですわ。ただそれだけ」
最初は、九十度のお辞儀をして危なっかしい子だなと思った。
途中で、記憶を失って自分が貴族だなんて実感できないシェルリンと突然貴族社会に放り込まれたアメリアは同じだと思うようになってきた。
でも、マナーを教えたり、一緒に買い物に行ったり、衣装を作ったりしているうちに、いつしか本当の友達のように思っていた。
「ほら、貴族はどんな泥沼の中だろうと姿勢を正してしゃんとしていなければなりませんわ」
なおも泥の中に座り込んでいるアメリアを急かす。
アメリアがその言葉でようやくシェルリンの手を取ってくれた。
ぐっと引き上げてアメリアを立たせると、反対にシェルリンのかかとがぐっと沈んだ。
「シェルリン! アメリア嬢」
声に気づいてそちらの方を見れば、ユリウスが手を差し伸べに台車から降りてきてくれていた。
アメリアの背を押して、「ユリウス殿下、アメリアをお願いいたします! 怪我をしているかもしれません。台車へ」と言えば、彼はこくりと頷いた。
さて困ったのは、シェルリンだ。
アメリアを助け起こした時に足がぬかるみに入って、動けない。
少し足を動かしてみる。うん、まったく動けないわけではない。
えいっと足を蹴り上げれば、簡単に抜けるのだろうけれど、そんなはしたない真似はできない。
時間はかかるけれど、じりじりと抜いていくしかないだろうと思ったところで、影が差した。
頭上を見上げると仮面をつけた男がシェルリンを見下ろしている。
「シェルリン、抱えるよ。掴まって」
シルクハットにマントをたなびかせた仮面の男性が言った。
シェルリンはためらわず手を伸ばす。
仮面の男性の飛行魔術の勢いでかかとが泥から抜け、空へと舞い上がる。
「ライ兄様、ありがとうございます」
「あれ、わかった?」
「声を聞いたらわかりますわ」
それに……とシェルリンは心の中で付け加える。
私が心細い時にいてくれるのは、いつだってライ兄様ではないですか。
ライが何か合図をして音楽が再び流れ始める。
さっきまでアメリアとシェルリンのいた泥から何本もの芽がにょきにょきと生えてくる。
植物たちはどんどん大きくなり、花をつけ始める。
「わぁ、きれい!」
「上から見るのもいいよね。でも、そろそろ僕も出番だから」
そう言って、ライは空をくるりと一周してシェルリンを台車に連れて行った。
「ありがとうございます。今度飛行魔術を教えてくださいね」
再び飛び立とうとするライにそう話しかけた。ライが頷いて飛んでいく。
ライが、台車の前に降り立つとどこからかステッキが飛んできた。
ドンと杖を地面に立てると晴れ渡っていた空が暗くなっていく。
暗い闇に包まれていく。
ライが再び飛び上がり、新入生の周りを飛び回る。
「あ! 花が!」
誰かの声が聞こえた。
その声を皮切りにあちらこちら「花が!」「消えたわ」と声が上がっている。
ライが通るたびに周囲の花が無くなっているらしい。
竪琴を弾いていた先輩が立ち上がって叫ぶ。
「怪盗に花を盗まれてしまった!」
水を撒いていた先輩たちも「待って!」「私たちのお花」「取り返さなければ」と続けている。
ライは右往左往、時に後ろへ、時に大きく宙返りして逃げる。水撒きの先輩たちがそれを追いかける様子を、私たちは再びコースを進めながら見た。
どうやらライのあの仮装は怪盗だったようだ。
途中で一人、また一人と水撒きの先輩が脱落し、最後にライが一人になったところでライがステッキで大げさに振りながら空中に魔法陣を描いていく。
パッと光った途端、空を覆っていた闇が晴れ、パァンと音が鳴った。
その後のことはとても幻想的でしばらく全員が空を見上げていた。
空から色とりどりの花びらが舞い降りてきたのだ。
「素敵」
シェルリンは手のひらを上に向けて、落ちてきた花びらをキャッチする。
ハンカチを出して、花びらをそっと包む。
今日の思い出に欲しくなったのだ。
竪琴を弾いていた先輩、水撒き役の先輩たちがいつの間にかやってきて、ライと一緒にお辞儀をし、「入学おめでとう」と手を振った。
「シェルリンさん……」
皆が「ありがとうございます!」と手を振り返している時、アメリアが話しかけてきた。
せっかくの衣装は泥まみれのままだが、姿勢よく、胸を張っている姿は清々しいほどだった。
「ごめんね。また貴女へのあたりが強くなってしまうかも」
「いえ、いいんです。嬉しかったって言いたかったんです」
そっか。よかった。
二人で並んで、ライたちに手を振り返す。
どうやらこれがスプリングパレードのラストだったらしく、新入生たちはいつの間にか学園をぐるりと巡って講堂近くまで戻ってきていた。
遅れました。
すみません!




