第26話 スプリングパレード前編
ついにスプリングパレードの日がやってきた。
レイメメのお店に行ってから、アメリアとシェルリンは、シェルリンの部屋でこっそりマナー講座をしながら、それぞれに衣装の制作に励んでいた。
アメリアはもともと持っていたワンピースをアレンジするようで、衣装のアレンジは自室でして、シェルリンの部屋では衣装につける花のコサージュを頭に本を載せながら制作していた。
シェルリンはアメリアの姿勢や言葉遣いに気を配りながら、絵を描いた。
レイメメの店で買った真っ白な生地の上に魔法のインクで絵を描いていく。
黄色やオレンジ、所々に青い花も散らした大きな花束のような絵だ。
ふわりとした新緑のドレスの上から、魔法のインクで絵を描いた布を巻く。
魔法のインクで描いた絵は万が一当日が雨でも消えないように、しっかりとぴったんこスプレーをふりかける。
胸下部分を幅広いリボンで締めたら出来上がりだ。
スプリングパレードの当日、寮内はどこか浮かれたような声が響いていた。
衣装だけじゃない。
ヘアもメイクもしなければならない女の子の準備は大変だ。
今までヘアもメイクも侍女任せで自信のない女の子たちは、上手な子にお願いしているのか寮の談話室はまるでヘアメイクのお店のように繁盛していた。
「カリーナ、手伝いましょうか」
いつもシェルリンと一緒にいるカリーナの姿を見かけて、声をかける。
カリーナはいつも通り赤ワイン色の髪を二つに結んでいる。いつもと違うのは、これでもかというほど巻いてあることだけ。くるくるの髪がカリーナの動きに合わせて跳ねて、とても可愛らしい。
衣装もカリーナの髪色に合わせて真っ赤だ。真っ赤なドレスに蔦を這わせてある。
カリーナ自身が真っ赤な大輪のバラに見えるような衣装だ。
「シェルリン様! ありがとうございます。けれどもうあと数人、大丈夫ですわ」
カリーナと一緒にみんなのヘアをしてくれている女の子たちも、大丈夫ですという風に右手をぐっと握った。
今日のスプリングパレードは、新入生が主役だ。上級生たちは既に、それぞれの持ち場に行って、最終準備をしている。
「新入生はこれで全員かしら?」
辺りを見渡しながらカリーナに問いかければ、カリーナが「いえ……」と口ごもる。
「誰か来ていないの?」
「実は、アメリアさんがまだ……。一応今、声掛けに行ってもらっています」
「そう」
カリーナは、いつもシェルリンの近くにいる。いわゆる取り巻きだ。
アメリアとユリウスの噂が出てから、シェルリンの周りは反アメリアの雰囲気が高まっていた。
シェルリンが何度ユリウスとは何もないと言っても、彼女たちの言葉にはアメリアに対してとげがあった。
今思い返せば、カリーナはアメリアについてなにか意見したことはなかった。
それでも、周りがそうだからカリーナもアメリアをよく思っていないのだと思っていたけれど、交流はなくとも、仲間外れにせずアメリアに声をかけるカリーナをシェルリンは嬉しく思った。
取り巻きにいた子が一人、足早に入ってきてカリーナに何やらコソコソと耳打ちをした。
カリーナの目が驚きに見開かれる。
「どうかしたの?」
「いえ、アメリアさんはもう少ししたら来られるようです」
カリーナの言葉通り、アメリアはそれから少ししてやってきた。もう出発の時間ギリギリだ。
「アメリアさん、早くこちらへ」
「え、いや、私は……」
「時間がありませんわ、早くいらして」
カリーナに急かされて、アメリアがカリーナの前の席に座った。
カリーナと一緒にヘアメイクをしていた子に指示を出し、高い位置で一つに結ばせる。
カリーナ自身は、メイク道具を片手に真剣な表情だ。
「いろいろできる時間はもうありませんけど、頬と口元に紅を差すだけでも随分違うはずですわ」
アメリアがカリーナを凝視して小さく「ありがとうございます」と言った。
アメリアのピンク色の衣装は、中にレイメメの所で買った白いパニエのようなスカートを入れているらしく、腰元からぶわりと広がり、これまたカリーナとは違う花のようだった。
一緒に買ったはずの羽は合わなかったのかつけていない。
おそろいだと思っていたので、ちょっと残念だ。
ぞろぞろと皆でスプリングパレードのスタート地点、講堂を目指す。
赤やピンク、黄色にオレンジ。いろんな色の衣装の生徒が連なって歩くさまはなかなかにぎやかだ。
講堂には既に男子学生たちがそろっていた。
「シェルリン、綺麗だ。似合っている」
ユリウスが笑顔で話しかけてきて、シェルリンは心の中で絶叫した。
なんで? 今まで話しかけるのは最低限だったじゃない。一歩後ろに下がりそうになる自分を何とか押し留めて、「ありがとうございます」と言った。
ユリウスは前情報で知っていた通り、白い衣装だ。
ゆったりとした布を巻き付けたような白い衣装で、肩から深い緑の布を垂れ下げ、金色の紐で腰元で締めている。
そして一番目を引くのは、その背中。ユリウスは真っ白な翼を背負っていた。
シェルリンがつけているような、半透明で奥が透ける誰が見ても作り物の羽ではなく、ひと羽ひと羽作られた本物の翼と見まがう翼だ。
背後でユリウスを見た女の子たちがきゃっきゃっと囁きあっている。
テーマは春の精。精霊というより……神様か何かかな?
ユリウスが笑顔で話しかけてきた意味が分からなくて、現実逃避にそんなことをぼんやり考えていたら、カールも来て、一緒の台車に乗ることになっていた。
しまった! とは思ったが、身分、今の会話、そしてこの場の状況を考えればぼんやりしていなくても、彼らと一緒に台車に乗ることになっただろう。
台車というのは、在校生たちが作ったパレードの乗り物だ。
新入生の先頭を走り、新入生たちはその台車の後ろを歩いてついていくらしい。
あぁ、ユリウスとカールと一緒に台車に乗ってしまったら、私に逃げ場がないじゃない……。それに、アメリアとユリウスは完璧に離れてしまう。
あぁ、二人の恋を阻むつもりはないのに……。
「女子はあと一人か」
台車は四人乗りのようで、もう一人乗る人を決めなければならない。
本心ではユリウスと恋をしているアメリアを呼びたかったが、王族であるユリウスと公爵家のカールとシェルリンの乗る台車に元平民のアメリアを乗せれば、あとでアメリアが何を言われるかわかったものじゃない。
「カリーナ嬢はどうだろう?」
カールがそう一声かけて、台車に乗るのは、ユリウス、カール、カリーナ、そしてシェルリンの四人に決まった。
「新入生諸君! 入学から既に一か月が経つが改めて、入学おめでとう!」
壇上でこぶしを突き上げ、生徒会長が叫んだ。
そう、貴族たちが通うこのモンクレージュ学園の生徒会長だというのに、叫んだ。
入学式のユリウス殿下の挨拶とは似ても似つかない、全く貴族らしくない挨拶だ。
「まぁ、細かい挨拶はあとにして、まずはみんなパレード楽しんで!」
生徒会長が「いってらっしゃーい」と手を振る。
ぞろぞろと講堂を出て、つれて来られた先にあったのは、巨大な花のオブジェだった。
「台車に乗る人はこっちです。この葉っぱの上に乗ってくださいー!」
係の人が花のオブジェの下部の葉を指さす。
レディーファーストだと言って、ユリウスがシェルリンにお先にどうぞと促す。
葉の上に乗ったらどうなるのだろうと思いながら、そろりそろりと葉の上に足を乗せる。
「ちょっとジャンプしてもらえますか?」
「え? ジャンプ?」
よくわからないながら、葉っぱの上でジャンプをすると、小さなジャンプだったはずなのに、まるでベッドの上で飛び跳ねた時のように、ぽよーんと体が浮く。
「ひゃぁ!」
驚いたものの、どうやらこの大ジャンプは魔術で制御されているらしく、ちょうど花の中央に吸い込まれるように着地した。
「まぁ!」という驚きの声と共に、カリーナも飛んでくる。
ユリウスも驚いているらしく、「おぉ!」と楽しそうに、カールも「まさかこんな風に」なんて言いながら、みんなが花の上に上ってきた。
花から下を覗き込むと、他の生徒たちが随分下にいる。
二階くらいの高さがあるのではないだろうか。
「では出発でーす!」という掛け声とともに、花がゆっくり動き出す。
パパパーンとラッパの音が鳴り響き、タタタタン、タタタタンとドラムの音が鳴りだす。
近くから聞こえる音に、どこから鳴っているのかと辺りを見回すと、下を覗いていたカールが「あれみたいだね」と指をさした。
指をさしたのは、花のオブジェの中層にあるいくつかの花の蕾だ。
蕾の中に音を出す魔導具を入れているんだろうというのがカールの見立てだった。
「入学、おめでとう!」
いつの間にか、さっき見送ってくれた生徒会長と他の生徒会たちがやってきて、新入生たちに手を振り、すごい笑顔で「行ってらっしゃい」「おめでとう」を連呼している。
カッコイイ生徒会の面々に、心を撃ち抜かれている女子を何人か目撃した。
「シェルリン様、見てください。道が」
前を見ていたカリーナの声を聞き、後ろを見るのをやめて前を見る。
するとシェルリンたちの乗っていた花の台車の行く先に光る道が浮かび上がっていた。
この道をたどるような魔術をかけているらしい。
「魔術って、すごい」
シェルリンは、記憶を無くす前いろんな勉強をしている。勉強ノートを見たライ曰く、三年生で習うものもあったようだ。
それでもこんな魔術はノートになかったように思う。
そう言えば、ライが言っていたっけ。
魔術は使い方次第だって。
「シェルリン、見て」
ユリウスが肩を叩いて、左の方を指さした。
氷で作られた翼の生えた妖精像があった。
太陽の光に煌めいて、とても綺麗だ。
その氷の妖精の隣を通り過ぎる時、パラパラと雪が舞いはじめた。
「入学、おめでとう!」
雪のモチーフを身に着けた先輩たちが雪をまきながら、「おめでとう!」「おめでとう!」と言って新入生たちの頭上を飛び回った。
しばらくすると、一人の男の先輩が道の前に立ちはだかる
手に持った黄金の矛をドンと道に突き立てると道の両脇から雪がどどどどーと盛り上がって雪の壁ができる。このままではぶつかると思っていたところで、後ろから「キャー!」とか「おぉぉ!」とか歓声が上がっていることに気がついた。
急いで、台車の上から後ろを見ると、新入生の列の両脇からすごいスピードで走ってくる二人の先輩がいた。
一人が叫ぶ。
「冬なんて」
炎をまとった槍を雪の壁に突き立てた。
もう一人も叫びながら、炎の槍を壁に向かってまさに突き刺そうとしている
「終わりだ!」
あまりの迫力にシェルリンはいつの間にか口を手で覆っていた。二本の槍は、ちょうど台車が通れるほどの穴をあけ、新入生たちは誰も彼もがきゃあきゃあと歓声を上げた。
今は雪のアーチになった雪の壁を通り抜けると、雪の壁を出した先輩と炎の槍の先輩たちが、「おめでとう!」と手を振ってくれる。
このころには、新入生たちの心は楽しくて仕方が無くなって、「ありがとうございまーす!」とみんな手を振り返すようになっていた。
その後雪は段々無くなり、中間地点の芝生のエリアで先輩たちが風に舞いあげられながら空で地上で、剣舞をしてくれた。
風に乗って行われる剣舞はとても迫力満点で、男子も女子も皆が見入った。
一際目立っていたのは、もちろん騎士団長の息子であるブルーノだ。
本当に上手なのだろうシェルリンは思った。
シェルリンには剣技の良し悪しは分からない。それでもブルーノの剣舞はとても美しくて見入ってしまった。
他にも何人もの先輩が剣舞を披露していたが、一番美しいのはやっぱりブルーノだった。
剣舞が終わり剣舞に関わっていた先輩全員が出てきて、「入学おめでとう!」と言って手を振ってくれたときには、すごい盛り上がりで、「ありがとうございます!」という返答以外にも、「キャー!」とか、「カッコイイですわー!」「俺もいつか!」なんて声が上がっていた。
ブルーノは今日一日ですごい数のファンがついたに違いない。
シェルリンもカリーナと二人で手を握り合って、「すごかったですわね」と盛り上がった。
でも……とシェルリンは剣舞をしてくれた先輩たちをもう一度一人一人真剣に見る。
ここにもライはいなかった。
ライは先輩だからどこかにいるはずなのだが、未だにシェルリンはライを見つけられずにいた。
剣舞を披露している先輩の中からライを探そうと若干前のめりで先輩たちを見つめるシェルリンを、ユリウスが横目でじっと見ていた。




