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面倒なので忘れますわ!  作者: 南の月


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第20話 守らなければなりませんわ!

アメリアとユリウスが授業でペアを組んだ。

文字にすればたったこれだけのこと。なのに、なんだかシェルリンの心はざわざわした。

それは、周囲に集まってくる人たちの言葉の端々にアメリアを非難する言葉が見え始めたから。

そして、アメリアがうつむきがちになったから。

アメリアのことは正直気の毒だ。

けれど、シェルリンに何ができるだろう。シェルリンが、積極的にアメリアに話しかければ今の状況は改善するだろうか。

今日もそんなことを考えながら、たくさんの取り巻きに囲まれて寮に帰る。

「また明日」「えぇ、また明日」と言葉を交わして部屋の扉を開けた。

ふーっ、疲れた。

扉を閉めて息を吐く。

周囲に人が多すぎて、学園内は少し……疲れる。


がらんとした部屋の中、足元に手紙が落ちているのに気がついた。

誰かが、扉の隙間から差し込んだらしい。誰だろうか。

手紙を拾い上げ、裏を向ける。差出人の名は書いていない。

封筒を開け、中から一枚の紙を出す。

きれいな字。


――アメリアさんとは、出来ればユリウス殿下とも距離をとって、全く関わらないようにした方が良いです。


時候の挨拶もなく、唐突に始まったその手紙は、シェルリンがアメリアに関わるとどんなことになるのか事細かく書かれてあった。

手紙に書かれていたことは大きく分けて二つ。

一つ目は現状。学園内でシェルリンがアメリアに嫉妬しているように見られていること。

二つ目はそこから導き出される推測だ。

シェルリンが関われば、アメリアへの被害が大きくなり、アメリアに何かあれば、嫉妬にかられたシェルリンが主導していると思われるだろう、と。


「アメリアに嫉妬なんかしてない!」


思わず手に口を当てる。

シェルリンは、そもそもユリウスのことが好きではない。医務室へ連れていかれた時は、顔から火が出るほど恥ずかしかったし、顔も赤くなっていたと思う。けれど、それだけだ。

それからユリウスとはほとんどしゃべっていない。ユリウスから話しかけられるということもない。

だからお互いに好きでも何でもないというのがシェルリンの見立てだけれど、シェルリンとユリウスの噂は消えなかった。

それにあの授業。

シェルリンはアメリアとユリウスがペアになった時に聞こえた言葉たちを思い出した。

もう一度手紙に目を落とす。

この手紙に書いてあることも……十分起こりうるかもしれない。

何より、この手紙必ずこうなると確信して書いているような気がする。


それからまた一週間。

シェルリンは手紙の通り、ユリウスにもアメリアにも関わらないようにしていた。

取り巻きたちが、ユリウスやアメリアの話題を出す前に、二人とは全く違う話題を出すようにもした。

授業の話や食堂の人気メニューの話、取り巻きたちの領地の話。


「もうすぐスプリングパレードですわね。皆さんどんな衣装にどうなさるの?」


今日の話題は、もうすぐ行われるイベント、スプリングパレードだ。

スプリングパレードは、毎年入学式から一か月後に行われるイベントで在校生たちは校内の様々なところにテーマに沿った飾り付けをし、当日は入学してきた新入生たちに「入学おめでとう!」と声をかける。

新入生は、テーマに合わせた衣装を着て、在校生たちが飾りつけした場所を回っていくのだ。

今年のテーマは、「春の精」だ。


「悩んでいますわ。私、兄がいるんですけれど、ただ春らしい色のドレスじゃだめだと言っていますの」

「私も姉に見せてもらったのですが、とても本格的で驚きましたわ。姉の時は「春の鳥」だったそうで、羽根のマントや嘴付きの仮面を姉は着用しましたの。ワンポイントモチーフを入れるだけ、色をそれっぽく見せるだけではきっと駄目ですわね」


この話題は大いに盛り上がって、あの店はリアリティを追及している、この店はデフォルメされた衣装が売りだ、あっちの方にはパーツだけ売っている店がある、自作するならこのお店! などとたくさんの情報が出てきた。

貴族だから何でもオーダーするのかと思ったら、在学中は寮生活をして、親元を離れるせいか、こういったイベントの準備も自分たちで店に行き、手配するのが暗黙の了解らしい。

その理由は単純で、そっちの方が楽しいから。

そういう理由なので、もちろん週末に家に戻ってオーダーで済ませてしまう人もいる。

こういう話題なら、一緒にいて楽しいな。

ユリウスの話を聞くばっかりじゃなくて、自分から話を広げればよかったんだ。

皆でわいわいと話しながら、ふとライは去年どうしたのだろうかと思った。


授業がすべて終わり、皆で寮へ帰る。

いつも通り「また明日」「また明日」と言いながら別れ、部屋に入る。

鞄を開けて、授業に使ったノートを忘れたことに気がついた。ノートがなければ宿題はできない。

入学して一週間も経つと、各授業で宿題が出始めた。

中でも社会学の宿題はやっかいで、授業の終わりに先生がその日習ったことについて一つの問いを投げかける。学生たちはそれを宿題用のノートに書き留めておいて、そのノートに自分の考えを書いて提出するのだ。

だから、ノートがなければ宿題はできない。

幸い寮生活なので、教室は近い。

シェルリンは、今閉めたばかりの部屋の扉を開けて再び学園へ向かった。


教室に戻り、無事にノートを回収する。

誰もいない教室は静かで、窓から光が差し込み誰もいない机を照らす。

毎日来ている場所なのに、全く見慣れない。特別な場所に来たようだ。

いつもは行かない窓辺に寄る。窓辺にはいつもユリウスたちがいるので、近づかないようにしていた。

へぇ、ここから見た景色はこんな感じなのね。

そして窓から外を見やる。

中庭側に面したこの教室からは噴水や綺麗な花壇が見えた。


「綺麗……え? アメリア?」


噴水に腰掛けていた女の子が、噴水の方へ手を伸ばすところが見えた。

アメリアだった。

アメリア! と声をかけたかったけれど、一瞬手紙のことが頭によぎり言葉を飲んだ。

でも、なんか嫌な感じがする。

駆け足にならない程度に急いで中庭に行くと、噴水の方に手を伸ばしていたアメリアは、今はもう靴を脱ぎ、今にも噴水の中へ足を入れようとしているところだった。


「アメリアさん、何しているの?」

「シェルリンさん!?」


振り向いたアメリアの目が涙で潤んでいる。噴水の方に目を向ければ、噴水の中央付近にバッグが投げ入れられていた。

あぁ、あのバッグをとろうとしていたのだと思い至り、魔術を使って底に沈んだバッグを取り出す。

アメリアは、震える声で何とかお礼を言った後ぼたぼたと涙を落とした。

バッグをうっかり落としたのだとしたら、あんなに遠くにあるわけがない。

誰かに投げ入れられたのだとすぐに分かった。

アメリアにハンカチを手渡す。


「すびません。ハンカチは洗って返します」


アメリアが泣いているのを見て、シェルリンは自分が大きな思い違いをしていたのだと気がついた。

アメリアの周りには誰もいない。

それをシェルリンは、自由で気ままと思っていた。

けれど、違う。

こうやっていじめられる前はそうだったかもしれない。

でも貴族社会に慣れていない彼女は、それだけで弱く、些細なきっかけであっという間に標的になる。

シェルリンだって、記憶喪失がバレたら、ある事ない事捏造されて、いいように使われてしまうとライに教えてもらったじゃないか。

記憶がないことを隠すために、必死に勉強し、それをサポートしてくれる人がいたじゃないか。

それでも、すごく不安だったじゃない。

なんで……なんでそんなこともわからなかったんだろう。

わからないことだらけの貴族社会で、だれにも頼れないアメリアは……どれだけ不安だったことだろう。


「じゃあ、部屋で返してくれない? 実はアメリアさんとゆっくり話したいとおもっていたの」


アメリアがハンカチをぎゅっと握りしめた。

それを見て、守らなければと思った。

遠くから話声が聞こえてくる。

その声にハッとしたアメリアは、最後にもう一度ありがとうございました! と勢いよく九十度直角のお辞儀をして、靴を履き、びちょぬれのバッグを持って、すごいスピードで走っていった。


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