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第2話 公爵令嬢シェルリンの一日(後)

昼食時、朝食の時同様に料理長が食材や調理法の説明をし、それを真剣に聞きながらシェルリンはブランジー国の料理食べる。


「ワインかしら。ふわりと香る気がしたのだけど」

「その通りでございます。ソースにはワインも少々使い深みを出しております」


フィッツベルグ公爵家の名前に恥じぬようシェルリンは料理を深く味わう。

食事に招かれた席で、出された料理の感想が「美味しいです」の一言では会話は広がらないし、社交辞令と受け取る人もいるだろう。

フィッツベルグ公爵家の人間ならば、どう美味しいのか、その料理の特筆すべきところは何なのか、最もよさを際立たせているのが何なのかわからねばならない、とシェルリンは思っている。

そう、違いの分かる女にならねばならない。

だからシェルリンは、よく見て、香りを楽しみ、舌の上でじっくり味わう。

シェルリンにとって食事とは、そういう勉強の場だからだ。


食後は社会学の教師サポナーと共に法について学ぶ。

サポナーの授業は二部制だ。

初回が知識を詰め込む日、二回目の授業で初回に習った事柄によってどう社会が変化したのか、他の政策、他国とどんな関係性があるのかなどの影響を話し合う。

サポナーは言う。


「社会学に完璧を求めたらダメですよ。社会は今この時だって変わっていっているんですから。以前悪だったものが善になり、誇れる思想が忌避されるものとなる」


他の教師と違い、サポナーはやんわりと完璧は無理だというが、それでも授業は厳しく、政策や法だけでなく、各地域の気候や習慣といったことやこの国の大きなお金の流れから、一つの政策が及ぼしたパンの価格の変化まで。

サポナーが教える覚えるべきこと、考えるべきことはたくさんあり、しかも終わりがない。

一を聞いて十を知るタイプではないシェルリンは、この授業の間はいつも「なぜそんなところに影響があるのですか?」「なぜそんな法を作ったのでしょうか」「なぜ一部の者ばかりが富むのです?」とサポナーを質問攻めにした。

そんな質問攻めにサポナーがげんなりすることはない。


「そうです。大事なのは『なぜ』と考え続けることなのです。試験には、正解、不正解がありますが、その時正解だった答えもずっと先の未来では間違っているかもしれないのですから」


サポナーの授業の後、シェルリンは急いで中庭へ行く。

メイドたちが先に出していた指示通りにお茶会の準備をしていた。

それを一つ一つ確認して、シェルリンは問題ないと一つ頷く。

ゼイダンがシェルリンの了承を確認して、玄関へオディエットを迎えに行く。

ほとんど待つことなく、ゼイダンがオディエットを連れてきた。

二人はいつもの通りに挨拶をして、シェルリンはいつもの通り紅茶を勧める。

アンジーがワゴンにティーセット一式を持ってきて、二人の前でガラスのポットにお湯を注いだ。

茶葉と一緒にピンク色の花びらがポットの中で踊る。


「今回は『春』がテーマでしたので、フラワーティーを用意させていただきました」

「まぁ、お砂糖までお花。春らしく華やかだわ」


シェルリンがお茶を目の前で入れた趣旨を話すと、ゆったりとオディエットが口を開く。

オディエットとのお茶会は、テーマを決めて、人をもてなす練習だ。

今までいろいろな趣向を凝らしたお茶会を二人は開いてきた。


「ふふ。春と言うとやっぱり花よね。でも、花を連想して、あちらこちらに大ぶりの豪華な花を飾る人が多いのだけど……小さな花にしたのはどうして?」


テーブルクロスは周囲をぐるりと小さな小花で刺繍したもの、テーブルの上に飾る花も花器も背の低いものを選んだ。

紅茶の中では花びらが踊り、角砂糖にも食用紅で小さな花の絵が描かれている。

後ほど運ばれてくるクッキーも葉や花の形に型抜きした物をシェルリンは用意していた。


「植物図鑑を読みました。春の花は小さな花が多い気がしました。それに……春は芽吹きの季節ですわ。大きな花は芽吹きのイメージに合いません」

「すばらしいわ、シェルリン。芽吹き……そうね。春はいろんなことが芽吹いて心躍るわ。ねぇシェルリン、あなたはどう?」


オディエットの予想していなかった質問に、シェルリンは咄嗟に言葉が出なかった。


「ねぇシェルリン、楽しませようとすること、テーマに沿おうとすることはとても大切よ。でもね、それ以上にシェルリン自身が楽しんでいることが大事なの。そういう気持ちって伝わるでしょう? シェルリン、貴女何をしている時が幸せ? 何をしている時が楽しい?」

「私は……」


シェルリンは口ごもる。中途半端に開いた口を閉じるため、紅茶を手に取り、一口含む。


「今度考えてみますわ」


そう言ったシェルリンを、オディエットが優しく微笑んだ。


「えぇ、そうしてみて。これは私には教えられないから、自分のことをよく見て、よく感じて。頭で考えてはだめよ。きっと幸せなら自然と笑っているはずだわ」


オディエットとお茶会が終わり、その後流れるように始まったブランジー語の授業が終われば、もう日が沈みかけていた。


夕食をとり、湯浴みをする。

アンジーたちを下がらせるとシェルリンの一人っきりの時間が始まる。

くたりとベッドに倒れ込みたいのをグッと我慢してライティングデスクに座った。


「明日はお父様とお母様が帰ってくる日よ。もしかしたら一緒にお茶を飲んだり、食事をしたり……するかもしれない。明日時間が取れるよう今日のうちに出来るだけ片付けてしまいましょう」


シェルリンは、マーゼラの刺繍の講評に目を通し、新しい課題の図案に取り掛かる。

デスクライトの灯りを頼りにひと針、もうひと針と手を動かした。


針を刺しながらシェルリンは思う。

いつもは冬の社交の時にしか帰ってこない父と母が帰ってくるのは何故だろうかと。

もしかしたら私の縁談が決まったからかもしれない。

いや、きっと縁談くらいなら手紙で済ますだろう。

では、なんで……?

もしかして!


「いっ!」


思いついた理由に心が乱れてしまったのか針を指に刺す。

幸い血が出るほどではなかったが、シェルリンの心は揺れた。


来年モンクレージュに通うことになれば、シェルリンは寮生活をすることになる。

そうなれば、きっと両親に会う機会はさらに減るだろう。

寮に入る前に会いにきてくれたのかもしれないとシェルリンは思った。

そうだとすると、来年の入学までの1年間は冬の社交の時以外にも何度か帰ってきてくれるのだろうかとシェルリンの胸が期待に膨らむ。


「ふふふ。お父様もお母様も久しぶりだわ。今度こそフィッツベルグ家の娘として恥ずかしくないと思っていただけるかしら……」


シェルリンの口が自然とゆるむ。

シェルリンの思った理由でなくとも、学園入学前は何かと準備が必要だと聞く。

もしかしたら寮に持ち込むものを一緒に選んでくれるのかもしれない。

シェルリンは膨らみ過ぎた期待を押し込めるように、口角が上がった口をムニムニと押えた。

オディエットが今日言っていた。


――自分のことをよく見て、よく感じて。頭で考えてはだめよ。きっと幸せなら自然と笑っているはずだわ


シェルリンはやりかけの刺繍を机に置き、鏡の中の自分を見る。


「やっぱり、ちょっと笑っている? お父様とお母様と一緒に居られたら幸せなのかしら」


ライティングデスクに戻り、やりかけの刺繍を片付ける。

ノートを取り出し、忘れぬうちに書き込もう。


「どんな時が、幸せか。幸せなときは自然と笑っている時。自分が楽しむことが大切。楽しい気持ちは伝わるっと」


オディエットとの会話は勉強の時と違って、答えが出ないことが多い。

だからこうして独り言のような文章がノートに並んでいる。

シェルリンはノートの最初のページを開く。

ある時のお茶会で貴族とは何かという話になった。

その時シェルリンは身分があるとしか答えられなかった。

オディエットはそれに対して、「なんで身分があると尊いのか」と、「他の平民よりもえらいのか」と質問したので、シェルリンは「国政や領地の管理などの重要な仕事をするから高い地位にいる」と答えた。

オディエットが次の言葉を発するまで、シェルリンはそれが正解だと思っていた。

パンを作る職人より、小麦を作る農家より、物を売る商人よりも、領地を管理したり、国を動かす貴族が重要な人物のはずだと。

それに対してオディエットが言った言葉が忘れられない。


――でも貴女は? まだ何も成していないけれど、貴族だわ


その言葉を聞いてから、シェルリンはノートに書きつけて忘れないようにしてまで貴族とは何かを考え続けている。

それからオディエットだけでなく、他の先生との話でもシェルリンは自分の疑問を全てノートに書き記すことにした。

勉強に使っているノートもあるので、ノートはたまる一方だ。

ノートを閉じて、棚にしまう。

ずらずらと並んでいるノートの背表紙をそっとなでた。

シェルリンにとってこのノートは、今や必死に学んできた証になっていた。

だからもうすっかり覚えて必要のなくなった昔のノートでもシェルリンは大切に保管している。


夜も更けてきた。

棚から視線を離し、ベッドに潜り込む。


「あぁはやく、入学したいわ」


誰にも聞こえぬ小さなつぶやきの後、シェルリンはあっという間に眠りについた。




週に一度にもかかわらず、再び読みに来てくれてありがとうございます。

では、また来週に。

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