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 四方円は幽霊というものを心底認めない。

 幽霊とは人が理解できないものを、理解するために作り上げた記号なのだと知った気でいるからだ。怖いものを語る人間は人間を騙るのが得意なだけで、その技術の一端に幽霊と言う記号が存在しているだけであり、実在を認めるのには、現実では到底あり得ない。


 円は友人であり、後輩である不二原三角のある問いに対して、思った言葉を貫いてやろうと思ったがやめた。


「先輩は幽霊とか信じているんすか?」


 三角の問いはホラー作家――趣味で書いているだけの鳴かず飛ばずの趣味作家である円に対しての尊厳に引っ掻き傷を与える言葉だった。


「はん」

「うっわ、めちゃくちゃ馬鹿にするっすね」


 吞んだ言葉を出さずに、細い眉を僅かに上げてから円は鼻で大きく笑った。


「あーごめんごめん。あんたを馬鹿にしたんじゃなくて、その質問が馬鹿馬鹿し過ぎて笑っただけだから」

「そうだとしても、結局あたしが馬鹿な質問をした馬鹿な奴って言ってるっすよね?」

「そこまでは言ってないけど・・・」

「言ってるっす! 文系は馬鹿な質問しかできないって言ったっす!」

「ごめんってば、そう卑屈にならなくてもいいじゃない」

「いーや許さないっすよ。あたしは傷ついたっす。この傷を癒すには何がどこが馬鹿な質問なのかを言ってもらうっす」

「確かに手だけ動かして暇だけどさぁ・・・そこまで怒ること?」


 夏。冷房の効いた三角の部屋で、二人は作業をしていた。

 三角は自分のゲーミングチェアに座って、モニターの光を丸眼鏡に反射させて、動画の編集作業をして。

 円はアパートの自室のクーラーが壊れたので、避難先として三角のマンションに来て、簡易テーブルの上に、なにに使われるか分からない部品を広げて、謎の部品と謎の部品をくっつける一個一円にも満たない内職をしていた。


「人を知るには何に怒るかっすよ先輩」

「どこかで聞いたことある言葉ね」


 そう言いながら三角の漫画棚の中に、該当する少年漫画の一巻を見つけて、最近読んだのだろうなと思いを馳せる円。


「はーやーくー」


 ヘッドフォンを外して、ゲーミングチェアをこちらに向け、程よい肉付きの脚をバタつかせて三角は駄々をこねる。一旦集中が切れて作業をする気が無くなったのだろうと円は察して、休憩も兼ねて円は話し出す。


「幽霊・・・ねぇ。幽霊信じている人って、マルチ商法とか、宗教勧誘とかに引っかかりそうよね」

「待ってっす。信じてるかどうかだけでいいっす。確かにそうかもって思っちゃう強火の思想はいらないっす」

「思ってはいるんだ」

「思うのは自由っすから。発言は責任を負うっす」


 人差し指をたてて尤もなことを言う三角。


「どうせ聞いている人なんてあんたしかいないんだから、責任は負わないでしょうに」

「詐欺師の幽霊が聞いているかもしれないじゃないっすか」

「ピンポイントな幽霊もいたものね」


 円の頭の中には人魚の木乃伊を作り上げた男とか、特攻を命じて自らは逃げのびた戦争犯罪者とか、近代の詐欺師を彷彿とさせたが、そんなのが部屋にぬらりといたらたまらないので、口には出さなかった。


「え? 信じてるんすか?」

「なんの驚きなのよ」

「だっててっきり、超こってり否定派なんだと思っていたっすから」

「私は肯定も否定もしないわよ」

「じゃあどこが馬鹿な質問なんすか?」


 答えてやる前に円は質問を返す。


「逆に訊くけど、あんたは信じているの?」

「信じてるっす!」


 小学生かのような溌剌とした返事だった。


「じゃあ神は信じる?」

「信じるっす!」

「・・・あんた変なツボとか画材を買わされてないわよね?」


 この分だとなんでも信じていそうだし、否定して貰わないと自分の話に持っていけないと悟った円は、純粋に三角の心配をしてしまった。


 そんな円の心配をよそに、三角は右手の親指を立ててから、


「それは大丈夫っす。だって人間は信じてないっすから」

「おあとがよろしいようで・・・」

「よくないっす! 先輩の聞いてないっす!」


 オチがついたので、作業に戻ろうとすると三角が前のめりになって戻るのを拒んだ。作業する頭に切り替えようとしていた円は聞こえないように小さくため息をついた。


「問題です。私の専攻している分野はなんでしょうか」

「神学っすね」

「はい、正解。神学は神の存在ありきで研究する学問。有神論無神論って、めちゃくちゃ噛み砕くと幽霊に通じるの。日本の神話にだってイザナギとイザナミのお話の中に黄泉の国が出てくるでしょ?」

「じゃあ信じてるってことっすね?」

「いんや」

「信じてないってことっすか?」

「いいや」

「なんすか!? ムズムズするっすね!」


 円の煮え切らない発言に三角は手をワキワキと動かしてムズムズを表現する。


「まぁまぁ。信じる信じないって極端な考えじゃなくて、どちらでもないのよ」

「・・・はん」


 今度は自宅なのでほぼすっぴんの三角が薄い眉を上げて鼻で溜めて笑った。つまんない答えなのだろうと、三角の性格を長い付き合い上知っている円は反応に癪に障ることはなく、一つ上の年上の対応をする。


「いるか。いないか。これは信じるか信じないかで変わるわよ。どちらかの前提で話さないと研究なんてできない。どちらかを妄信して否定するのは、それは楽だろうけどね。だから言い方をちょっと変えると、いてもいなくてもどっちでもいい、かな」

「夢がないっすね」

「そうかしら? どっちかを否定して愉悦に浸るより、どっちになっても面白い方がよくない?」


 持論を展開して、ふふふと円は楽しそうに笑う。それを見て三角は真顔になった。


「先輩」

「なに?」

「死んでも、詐欺師の幽霊になっちゃ駄目っすよ」

「大丈夫よ、あんたの枕元にしか出てやらないから」

「貧乏神じゃないっすか・・・」


 金欠なのは事実なのだけど、酷い言われようだったので、流石に怒りそうになったが、家主の機嫌を損ねて、部屋から追い出されるのも何なので、円は怒りを嚥下させておいた。


「てかどうしていきなり幽霊の話? まさか夏だからって訳じゃないわよね?」


 円は休憩を終えて内職を再開しながら、会話を続ける。


「そうっすけど?」


 きょとんとした表情で言い返される。三角はまだ休憩したいようであった。


「夏だから幽霊ってありきりねあんた」

「はぁ? じゃあ先輩は夏だからスイカも食べないし、花火もしないし、プールも海もいかないんすね! かーっ風流を理解できないとは悲しいっすね!」

「あんたなんか嫌なことあったの?」

「嫌なこと言われたっす!」


 ふんす! と鼻息荒く言い放つ三角。

 

「わかったわかった。ごめんなさい。でも夏場になったら幽霊の話が増えるのはアジア圏ではお盆が関係しているわよね」

「確かに地縛霊とか浮遊霊とか、年がら年中いる霊はあんまり確認されないのに、夏場になると目撃例増えるっすよね・・・夏休みキッズと同じっすね!」

「あんたも夏休みキッズの一人よ」

「夏場の幽霊って、基本お盆で帰省している幽霊って事っすよね?」


 夏休みキッズの事には一切触れないのは、三角自身が過去に夏休みをいいことに、インターネットに入りびたり痛い目を見たことがあるからなのを知っている円は、それ以上追及しなかった。


「有名な心霊スポットに夏だから訪れて、常在している幽霊と出会ったのかもしれないし、四十九日で枕元にたたれたのかもしれないし、どちらかというなら、幽霊が頻発しているというよりも、幽霊に出会いに行っている人間が多いだけなんじゃない?」


「やっぱり夏休みキッズが絡んでくるんすね! 幽霊の正体は夏休みキッズだったってことっすか?」

「幽霊の正体は死人よ」


 テロン。と軽快な音がヘッドフォンから聞こえてきた。

 三角が振り返って、青白く光る湾曲モニターに向かい、マウスで何かを操作をし始める。

 円は作業をしながら、断片的に見える画面から察するに、なにやらメールが届いて、そのメールの内容を閲覧しているのを理解した。


 暫くキーボードの打鍵音とマウスのクリック音と静かに唸るパソコンの音と、冷房の生命線であるクーラーの稼働音だけが部屋に響いた。


「ねぇ先輩、幽霊の正体は死人なんすよね?」

「そう言ったわね」

「じゃあ、これってどう説明するっすか?」


 三角は円を手招きする。座っている場所からは文字が小さすぎて黒い何かがあるだけしか分からなので、円は立ち上がって、三角の隣へと移動し、モニターを注視する。


 モニターにはメールの内容が書いてあり、最初に目についた一文は、黒色に大きめのフォントで書かれた『見たら死ぬ動画』だった。


夏。ホラー。短め。書く。

何かしらのリアクションがあると、嬉しいです。よろしくお願いします。

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