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「実験……ですか? 僕を助けたことが何かの実験だったのでしょうか?」
「違う違う、助けたのはただの過程だ。あたしはな、少年自身に興味があるんだよ」
「僕に……?」
「ああ、正確には少年の『加護』に、だね」
僕の加護……【器用貧乏】のことか。
スキルレベルの上限が3になってしまうハズレ加護に興味があるだなんて、変わった人だな。というか何で僕の加護のこと知ってるんだ?
加護を知るには、天命の儀を受ける以外の方法が無いというのに。
「なんで自分の加護を知っているんだ……って顔してるね。いいよ、教えたげる。ほら、あたしの目をよーく見てごらん。この目には特別な力があってね、いろんなものが『視える』んだよ」
整った顔を僕の目の前までもってきながら、レニさんはそう言った。
その澄んだ空のような青の瞳は、出会った時から不思議な魅力を感じていた。何かしらの力があったとしても素直に頷けるくらいには。
けれど、こうも近付かれてはよく見るどころか、恥ずかしくて目を逸らしてしまう。誰かに……家族からさえも、こんな接し方をされたことがないのだ。
「ん? ……ははーん。さては少年、もしかして照れてるのかな?」
「そ、そんなことないですって! 見てわかるような知識がないから、見る必要がないだけです!」
「ふふ、未知のものに興味を示すことも重要だぞ、少年」
レニさんは悪戯な笑みを浮かべながら、人差し指で僕の額をつついたあとに離れていった。
……どうもこの人は誰かをからかうことが好きなようだ。そして、そんなからかいひとつに顔を赤くしてしまっている自分が情けない。
恥ずかしさを紛らわすようにひと呼吸置いてから、僕は極力平静を装って話を続けた。
「……でも、僕の加護が『視えた』のならおかしな話です。こんなハズレ加護に興味を持つだなんて……何も面白いことなんてありませんよ?」
「ハズレ加護? はっ、面白い冗談だね。少年、君はその加護の価値をなーんにもわかっちゃいない」
価値? そんなのは一ヶ月前に嫌というほどわからされた。僕は何をやらせても『そこそこ』止まり。何者にもなれない、中途半端な存在だってことを。
「……確かに珍しい加護だとは言ってましたけど、司祭様の言葉通りなら、僕のスキルレベル上限は3です。生涯をかけても一流には届かないんですよ」
「まあ普通に考えたらそうかもな。だが言っただろう、あたしの目はなんでも『視える』ってな。その司祭とやらは少年の加護の表層しか見れなかったんだろ。……どれ、あたしに視えている少年の加護を書き起こしてやろう」
レニさんはどこからともなく紙とペンを取り出すと、サラサラとペンを走らせていく。
一分もしないうちに書き終わったようで、僕の目の前へと紙を突きつける。
「さあ、これが少年の本当の加護だ」
――――――――――――――
【器用貧乏の加護(極)】
この加護を受けた者は、通常スキル、上位スキル、超越スキルすべてのスキルへの適正を得る。
さらに、すべてのスキルの成長率が大幅に向上する。
ただし、各スキルのレベル上限は3になる。
――――――――――――――
「これが、僕の本当の加護……?」
「どうだ? 自分の加護の凄さがわかったか?」
「……いえ、正直よくわからないです」
なんなんだ(極)って。というか、前に司祭様から聞いた内容と大差がないように思える。
気になるところと言えば……
「この通常スキルとか上位スキルってなんなんですか?」
「お、さすが目の付け所が良いねえ。そこが一番の肝だよ」
「そ、そうなんですか」
顔の数センチ手前にビシッと指を指されたので、思わずたじろいでしまう。
「一般にはあまり知られてないが、スキルには階級があるんだ。下から『通常スキル』『上位スキル』『超越スキル』の三つだね。
わかりやすいとこで例えると、【剣術】や【槍術】などの戦闘系スキルや、地水火風の四大属性魔法なんかが通常スキルに分類される。そして、それらの複合である【魔法剣】や、【重力魔法】など特殊属性の魔法が上位スキルにあたる。んで、それらを大きく上回り、世界の理にすら影響を及ぼしてしまうようなスキルが超越スキルだ。
……まあ例外もあるが、それはまた今度な」
スキルが階級分けされている……?
そんな話、聞いたことがないぞ。
いや、待てよ……確かに、スキルの中にはごくわずかな人しか持っていないレアなスキルっていうのは存在する。天命の儀を執り行う司祭様が他人の加護を見ることができるのは、そのレアスキルのおかげらしいし……そういったものが上位スキルってことなのだろうか?
「なんだいその顔は。あ、さては信じてないだろ?」
「あ、いえ……」
知らず知らずのうちに、僕はよっぽど訝しげな顔をしていたのだろう。レニさんは拗ねた子供のように口を尖らせていた。
「本当だぞ。……まあ、そう言い切ったものの、一般的に知られているのは上位スキルまでなんだけどさ」
「はあ……」
「ここで少年に朗報だ。なんと、あたしは超越スキルのひとつ、【時魔法】を使うことができるんだ。試しに使ってみせようか?」
知識不足のためいまいちピンときていなかった僕へ、レニさんがとんでもないことを口走った。
「ええっ!? さっき自分で世界の理に影響を及ぼすとかって言ってましたよね!?」
「言ったねえ」
「時魔法ってことは、時間に関係する魔法……? いや、そんなものをホイホイと使ってはまずいのでは!?」
「だいじょぶだいじょぶ、いつも使ってるし。用法容量を守れば問題ないさ」
そう言いながら、レニさんはきょろきょろと首を左右に振り「お、こりゃいいや」と言いながら、さっき僕が一口かじった、ものすごく酸っぱい果実を手に取った。
「いいか、よく見てろよ」
レニさんは手の平の上に果実を乗せ、僕へと近づけた。
言われるがままじーっと果実を見つめていること数秒、レニさんから「終わったぞ」と声がかかる。
「……?」
え、終わり? 【時魔法】は発動したのだろうか? 正直、見た目はまったく変化がない。僕がかじった跡もしっかりと残っている。僕の目には全く変化がないように映った。
「ほれ、食ってみな」
「ええっ!? いや、でもこれは……むごっ」
ずいっと口元へと果実を押し付けられたので、僕は仕方なく果実をかじる。
――瞬間、濃厚な甘い香りが鼻腔を駆け抜けた。
甘い……すごく甘い!
最初に食べたときのような、とびきりの酸っぱさを覚悟していたのだけれど、口のなかに広がるのはとろけるような甘味。最初に食べたものと同じ果実とは思えないほどの味の変化に思わず目を見開く。
美味しいものを食べたからだろうか、木の実で束の間の空腹を紛らわしていたお腹がくぅと鳴った。思わずレニさんの手から果実を奪い取り、マナーもへったくれもなく夢中でかぶりつく。
果実を食べ終え、ふと我に返ると、レニさんがにやけながらこちらを観察しているのが目に入った。
『元』とはいえ、貴族にあるまじき無作法をしてしまったことを恥じて、僕は慌てて態度を取り繕う。
「――っ、あ、あのそのですね……美味しくてつい……」
「はっはっは! 美味かったか、そいつは良かったよ」
高笑いをしながら、僕の頭をくしゃくしゃに撫で回すレニさん。
僕はというと、恥ずかしいのか嬉しいのか、はたまた鬱陶しく思っているのか。自分でもよくわからない感情が渦巻いていた。
やがて僕の頭から手が離されると、レニさんはテーブルに置いてあった、先ほど僕が食べたものと同様の果実を手に取って、がぶりとかぶりついた。
「……むごむご。この果実は採れたてが一番甘くて美味いんだ。あたしのお気に入りさ」
「採れたてって……これはかなり前に採ったものだって、さっき自分で言ってたじゃ――あっ、そういうことか……!」
レニさんは採れたてなら甘くて美味しいと言った。
そして、時間経過で酸っぱくなった果実が、レニさんの手の上で、まるで採れたてのように味が一変した。
このことから考えると、時間が巻き戻ったとしか思えない。おそらくこれが超越スキル【時魔法】の力なのだろう。
名前から想像していたとおり、時間に干渉するスキルのようだ。
「ふふ、お察しの通りこの果実の時間を巻き戻した……ってワケよ」
「すごい……時間を巻き戻すことができるなんて。本当にそんなことができるなら、まさに『超越』スキルだ」
「だろ? 超越スキルを習得できるのは、あたしのような超天才だけだ。……んで、それを踏まえて話は戻るが、少年よ、自分の加護のヤバさがわかったか?」
超越スキル……他にどんな種類があるのかはわからないけど、そのひとつひとつに人智を超えた力があるのは間違いないだろう。習得できる人間がごく一握りなのも納得だ。
そんな大それたスキルを習得できる素質が僕にある……しかも、すべての種類の超越スキルをだ。
これは疑う余地もなく――――
「――――ヤバいですね」
「だろ?」
レニさんは、にぱーっと、子供のように楽しげに笑った。
「……で、だ。あたしはとある超越スキルの持ち主を探してるんだ。しかしこれがまーったく見つからなくてな? そんな時に見つけたのが、目的の超越スキルを習得できる可能性がある人物……少年、君だよ。あとは言わなくてもわかるよな?」
「つまり、僕にその超越スキルを習得してほしい……と?」
「話が早いね、その通りさ」
「でも、実験というのは?」
「うん、さすがのあたしも超越スキルの習得方法はわからないんだ。だから、少年にはあたしの思い付く限りの方法を試してもらいたいと思っている。だから『実験』だね」
「なるほど……」
「もちろん少年にもメリットはあると思うぞ。まず実験の第一段階として、あたしの知る限りのスキルを少年に叩き込んでやる。それだけでかなり強くなるんじゃないか? そんで、うまくいけば超越スキルをもを習得できる。どうだい、悪い話じゃないだろう?」
レニさんには命を救われた恩がある。……それに、今の僕には行く宛もなければ、ひとりで生きていく力もない。
この提案は僕にとって、とても魅力的だ。スキルレベルの上限が3とはいえ、様々なスキルを身に付けられれば、ひとりでも生きていける強さを得られるだろう。
答えは決まった。
僕はレニさんの目をまっすぐ見つめ、受諾の言葉を紡ぐ。
「わかりました、協力します」
「ふふっ、そうこなくちゃ」
実験に同意した証として、僕とレニさんはがっしりと固い握手を交わす。
――――この握手が、地獄の日々への片道切符になるとは今はまだ知らずに。