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◇
「……ん、うぅ」
ふと、意識が覚醒する。
目を開くと、僕は見知らぬ場所で横になっていた。
「ここは……?」
ゆっくりと身体を起こし、ここがどこなのかを確認するため、右へ左へと首を振る。
埃っぽい空気と、乱雑に積み重なっている本やら木箱に、その他もろもろ。なにやら既視感のある光景だ……そうだ、僕がここ一ヶ月のあいだ暮らしていた物置小屋にそっくりなんだ。
……まさか、今までのは全部夢だった……?
いや、でもあの物置小屋はここまで散らかってはいなかったような……。
「やあ、起きたか少年」
その聞き覚えのある澄んだ声で、今置かれている状況が夢や幻ではないことがはっきりとした。
声の主である女性……ウルフの群れに囲まれていた僕を助けてくれたあの人だ。あの時気を失ってしまった僕を、ここへ連れてきてくれたのだろう。
「あ、あの……助けてくれてありがとうございます。それでええと……ここはどこですか?」
「ん? ああ、ここはあたしの家だ。とある森の中にあって、誰も近寄れないけどな」
「家……?」
「そんなことより外を見てみろよ。いい景色だと思わないか?」
家というより物置の間違いでは? と、つっこみたくなるところを抑え、彼女が指差した方向を見てみる。
すると、そこには大きな窓があり、その向こうには大きな湖が広がっていた。さらに奥には木々が茂っている。どうやらこの建物は森に囲まれた湖の湖畔に建てられているらしい。
……美しい景観に比べて、家の中のこの乱雑さがじつにミスマッチだ。掃除とかしないんだろうか。
「んー? 何か文句でもありそうな顔してるなぁ?」
「あっ、いえ! そんなことないです!」
不満そうな顔を向けられてしまったので、僕はがばっと飛び起きて命の恩人に向けて姿勢を正す。
「ふっ、まあ……それだけ動ければ大丈夫そうだな。元気になったみたいでなによりだよ」
「え……あれ、そういえば身体の痛みがなくなってる……?」
慌てて飛び起きたにも関わらず、どれだけ動いてもまったく痛みがなかった。骨折に裂傷……たかが一日では癒えない重傷だったはずなのに……。
というか、痛みもそうだけど、木剣で打たれた痣も、裂傷による傷跡も、痕が残ってもおかしくない怪我だったのに、不思議なことに痛みとともにきれいさっぱりなくなっていた。……やっぱりこれは夢なのだろうか?
「夢じゃないよ。怪我はあたしがぱぱーっと治しといてやったから」
心を読んだかのようにそう告げられ、思わず頬が熱を持つ。そ、そんなにわかりやすい顔してたのかな……。
「あのっ、改めてお礼をさせてください。僕の名前はユーリ・グラ――――いえ、ユーリです。この度は助けていただきありがとうございます」
恥ずかしさを振り切り、まずはちゃんとお礼をと思い、深く頭を下げた。
「おう。あたしはレニだ、よろしくな少年。それと、助けてやったことに関してはあまり恩義を感じなくてもいい。善行がしたかったわけでも、気まぐれでもない。目的があったからそうしただけだよ」
「目的……?」
「ああそうさ。……っと、それより腹減っただろ? 腹が減ってちゃ集中できないよな。続きは飯を食ったあとにでも話そう」
そう言われて、自分が空腹だったことを思い出した。怪我の痛みがなくなったぶん、余計にお腹の虫が主張してくる。
「すいません何から何まで……ご馳走になります」
「かまわないよ。じゃあテーブルに着いて待ってな」
「はい……ええと、テーブル?」
テーブルを探すが、それらしきものは見当たらない。……というか、改めて見ると本当に汚いなこの家。どこもかしこも物だらけだ。
「ここだ、ここ」
レニさんは、おもむろに山積みの本に手をかけ、「どっこいしょー!」と言いながら、ラリアットの要領で豪快に本の山を辺りにぶちまけた。
すると、本が積んであった場所からテーブルの天板が姿を現した。なるほど、ここがテーブルだったのか。
……いや、どれだけ使ってなかったらああなるんだろう。
「いやー、悪い悪い。しばらく客なんかこなかったからさ。あ、椅子は無いからその辺にあるものを適当に椅子がわりに使ってくれていいぞ」
「は、はあ……」
言われるがまま、僕はいい感じの高さの木箱を椅子に見立てて腰かける。そして、数秒もしないうちに料理がテーブルへと運ばれてきた。
「さ、おあがりよ!」
「…………い、いただきます」
……料理と言ったのは訂正しよう。なんせ、出てきたのは切り分けてもいないし、皿にも盛り付けられていない、素材そのままの木の実やら果実やらを出されたからだ。これを料理と呼ぶのにはさすがに抵抗がある。
しかしまあ、贅沢を言える立場でもない。僕はこぶし大の果実をひとつ手に取って、埃が付着していないかをよく確認しながら、がぶりとかぶりついた。
「むぐむぐ――――っ!?!?!? ゲホッ、ゲホッ! なにこれ酸っぱ!!」
緑色の上に青の縞模様が入った果実を一口かじると、口の中が溶けたのではと錯覚するほどの酸味が、口いっぱいに広がった。
――な、なんだこれ!? 本当に人が食べられるものなのか!?
「あれ? 不味かったか? ……あー、これ採ってきたのいつだったかな。三ヶ月ぐらい前だったか?」
「いや、さすがにこの環境下で果実を何ヵ月も放置しておくのはどうかと……」
そしてそれを人に出すのはどうかと……と続けて言いたいところだったけど、やたらと出る唾液とともに飲み込んでおいた。
ゲテモノを出した張本人は「そうか?」と言いながら、次の瞬間には僕の苦言など忘れていそうな、からっとした表情をしていた。……随分と大雑把な性格をしているな、この人。
「ささ、どんどんお食べ」
レニさんがやたらと急かしてくるけど、よくわからないものを食べる身としては慎重にならざるを得ない。
と言っても、さっきの果実のせいで舌がピリピリしてて、次に口にしたものの味なんてわからないだろうなぁと思いながら、比較的安全そうな木の実を選別し、口へと放り込む。
カリカリとした食感の木の実だったけど……うん、やっぱり味がわからない。
「さて、腹も満たされたことだろうし、本題に入ろうか」
ある程度腹が満たされたところで、レニさんが話を切り出してくる。……ああ、やたらと急かしてたのは早く話をしたかったからなのかな。
「そういえば、僕を助けたことに目的があるって、さっき言ってましたね」
「ああ、そうだ」
「その目的っていうのは……?」
「実験だよ」
そう言い放つと、彼女はにやりと怪しげな笑みを浮かべた。