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 僕、ユーリ・グランマードがただのユーリになった直後、一ヶ月前のあの日、天命の儀を受けた日のことを思い返していた僕の頬に、いつの間にか涙が伝っていた。


 悔しくて、悲しくて……でも何もできない僕自身に嫌気がさして……。底無し沼に足を踏み入れたかのように、どんどんと沈んでいくような感覚に陥る。


「――っ、しっかりするんだ。泣いちゃダメだ、泣いちゃ……!」


 悲観的になっていても事態は好転しない。暗くなった気持ちを切り替えるため、両手でパシンと自分の頬を強く打つ。

 

 気を取り直し改めて周りを見てみると、一日に一度だけ出される食事(残飯だったけど)の時にしか開かない扉が、今日は鍵もかけられずに開きっぱなしになっている。

 ……これは『さっさと出ていけ』ということなのだろう。


「自由……か」


 この閉鎖された空間から抜け出したいと渇望していたはずなのに、いざ出れるとなった今、僕の足は鉛のように重く、意思に反して動こうとはしなかった。


 この扉の先には『自由』がある。でも、それだけだ。

 ひとりきり外で生きていく知識も、お金も……何も持っていない。そもそも、どこへ行けばいいかすらわかっていない。

 あまりに知識と準備が不足していた。今の僕にあるのは【剣術】のスキルだけ。それだって、剣を持っていなければ効果を発揮しない。

 着の身着のまま放り出されたんじゃ、宝の持ち腐れだ。


「……とりあえず、何か食べるものを探そう」


 しばらく立ち尽くしていると、ぐぐぅと腹の虫が鳴き、お腹がからっぽだったことに気がついた。

 空腹を満たすという、生物として原始的な欲求に後押しされることで、重い足を引きずりながらもようやく物置小屋から出ることに成功する。


「とりあえず敷地の外に出てみようか」


 屋敷の敷地内にあるものに手を出すと、どう罰せられるかわからない。外で食料を得ようと、空腹と衰弱でふらつく足取りで正門へと向かった。


 正門へと到着した僕は、そこに見知った顔が待ち構えていたことに気が付く。


「……パオロ兄さん」

「よぉ、久しぶりだな……ユーリ。ちょっと見ない間にずいぶんと顔色が悪くなったなぁ?」

「いろいろあってね……ごめん兄さん、もう僕は行かないといけないんだ」


 悠長に会話している余裕なんて、今の僕にはない。

 そう思いパオロ兄さんの横を通りすぎようとしたその瞬間、胸ぐらを掴まれ、壁に押し付けられてしまう。


「あぐっ……!」

「ちょっと待てよユーリ……最後に模擬戦、やっていこうぜ?」

「も……模擬戦?」

「ああ、そうさ。一ヶ月前のあの時みたいにさ、俺に稽古をつけてくれよ」


 そう言ってパオロ兄さんは僕から手を離し、携えていた二本の木剣のうち一本を僕に放り投げた。

 それを空中で掴み、じっと木剣を見つめる。いつも鍛練で僕が使っていたものと同じ長さと重さだ。……一ヶ月ぶりなので、なんだか少し懐かしく感じた。


「さあ、構えろユーリ。本気で来いよ?」


 パオロ兄さんが剣を構えたので、数歩後ろに下がりながら僕も同様に構える。同じ教えを受けたので、二人ともまったく同じ構えだった。


「いくぜ……!」


 兄さんの身体がぶれ、一瞬で間合いを詰めてくる。僕は相手の得意な間合いで戦わないように、バックステップをして距離を保つ判断をした。


 同じ流派だけど、僕と兄さんでは戦い方に違いがある。僕はまだ筋力が頼りないこともあって、お互いの剣の間合いギリギリのところで立ち回り、ヒットアンドアウェイを繰り返す戦法を使っている。

 それとは正反対に、体格に恵まれている兄さんは、回避不可能な距離まで近付いて、技術よりもパワーで押しきる戦法を好んでいる。


「逃げんなよぉ!」

「くっ」


 ……だめだ、空腹と運動不足のせいか足がもつれ、更にスピードを上げて接近してくる兄さんに対応しきれず、簡単に兄さんの得意とする間合いまで詰められてしまった。


「そらそらぁ!」


 カッ、カッ、カッ!

 

 木剣と木剣とが幾度となくぶつかり合い、乾いた音が連続で木霊する。

 その最中、違和感を覚えた。過去幾度となく兄さんの剣を受けていたけれど、速さ、そして特に重さが一月前と比べると段違いに増している。僕の体調が優れないのもあるが、それにしたって剣質の変化が大きい。


 ……だめだ、捌ききれない……!

 

「まだまだぁ!」

「ぐっ……!」

「どうしたユーリ、昔は軽々と捌いてったのによぉ!」


 ……確かに、僕の【剣術】のスキルレベルは3で、兄さんは2だったから、歳の差による身体能力の違いがあっても、充分に捌ききることができた。


 ……でも、おそらくだけど今の兄さんの【剣術】のスキルは僕と同じレベル3まで達している。

 スキルレベルが同じとなると、身体能力の差が如実に出る。そうなると、たとえ僕の体調が万全であったとしても完璧に捌くのは難しいだろう。


「お前はっ! 俺がっ! どんな気持ちでっ! 剣を振ってきたのかっ! わかってるのか!」


 言葉に怒りや憎しみの感情を乗せて、一撃ごとに重くなっていく兄さんの攻撃を、木剣で受ける。その度に、ミシミシと、木剣と僕の身体が軋む音がした。


「年下のお前が、俺に勝って! いい気になっていたんだろ!?」

「ぐあっ」

「さぞかし気分がよかったんだろうな!?」

「がっ……!」

「お前のすかした顔が、笑った顔が、憎たらしくて仕方がなかった!」


 やがて攻撃を捌ききれなくなり、腕や肩、足などにいくつかいいのをもらってしまった。本来なら一撃当てた時点で模擬戦は終了なのだが、それでも兄さんの剣は止まらない。


「今まで父上の期待を一身に背負っていた俺が、剣を初めて数ヶ月の弟にあっという間に追い抜かれた! お前のせいで、これっぽっちも期待されなくなった俺の気持ちが、お前にわかるのかよぉっ!」

「――っ!」


 ……今ならわかる。親から期待されなくなるのは、とても辛い。もちろん僕に兄さんを貶める気はなかったけど、僕が浮かれていたのは確かだ。そのせいでどれだけ兄さんを傷付けていたか、痛いほど理解できた。


「……まあ、今となってはお前に感謝してるぜユーリ。お前がいなければ、俺はここまで必死こいて【剣術】のレベルを上げるために鍛えることもなかったかもしれない。だから……こいつで終いだ」

「兄……さん」


 僕の手と足が痺れ、まともに動かないことを見切った兄さんが、剣を大きく上段に構えた。


「【器用貧乏】なんてハズレ加護がなければ、今頃お前が跡取りだったかもしれないのになぁ! 俺のように【剣士の才】っていう当たり加護を手に入れられなかったことを恨むんだな!」


 バキィッ!


「ぐああああぁぁっ!!」


 上段から放たれた兄さんの全力の一撃が、防御に使った僕の持つ木剣をへし折り、その勢いのまま左肩へと食い込む。鋭い痛みが身体を駆け抜け、思わず膝を突く。

 打たれた左肩は、心臓が鼓動するようにズキンズキンと鋭い痛みが絶え間なく続き、まともに動かすことができない……経験がないからわからないけど、多分骨が折れてしまっているのだろう。


「ぐ、ああ……ぐっ」

「さあ、これで模擬戦は終わりだ。父さんからお前の処遇について話は聞いてるぜ、あとはどこへなりとも行くといいさ。……まあ、その怪我じゃ、まともに動けずにどこかで野垂れ死ぬのが簡単に想像がつくけどな」

「ぐっ、ううっ……」

「あばよ、ユーリ」


 うずくまっていた僕は、兄さんに首根っこを掴まれ門の外へと放り投げられた。咄嗟に肩を庇って着地したため、今度は膝を負傷してしまった。


 ……最悪だった状況は、一度の模擬戦を経てもっと最悪になった。このままじゃ兄さんの言う通り、一晩経たずに野垂れ死にするのが関の山だろう。


 とにもかくにも、怪我と空腹を放置していたら死んでしまう。痛む身体を叩き起こし、僕は木の実や薬草が自生していて欲しいという希望的観測をもとに、屋敷近くの森の中へと歩を進めるのだった。

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