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幸い、彼女らに死傷者はいない。どうやら不意打ちの一撃以降、攻撃を受けた者はいないようだ。間に合ってよかった。
ただ、デモンズスキルによる状態異常をもろに受けており、何が起こったかを感じ取れていないようだ。暗闇が晴れたというのに、首ひとつ動かそうともしない。
「お前かっ……!」
光を纏う剣を見て、スキルを打ち破ったのは俺だと感じ取ったのだろう。狩りの邪魔された魔人は、ひどく機嫌を損ねた様子で俺を睨み付けている。
「そうだ……お前のご自慢のスキルを破ったのは俺だよ。魔人と戦うのは初めてだったんだが、案外たいしたことないんだな。いや……もしかしてお前が弱いだけか?」
「――っ、ふざけるな! たかが人間のくせにっ!」
挑発するようにゆっくりと切っ先を向けたのと同時に、魔人は怒声を上げる。
思惑通り奴の敵意は俺のみへ向けられたようだ。これでアニエスたちから引き剥がせるだろう。
それにしても魔人ってのは頭が切れるものかと思っていたが、知能も見た目相応なのかもしれない。安い挑発に乗るあたり、本当に子供と大差がないように思える。
「オォォォォォォォーーッ!」
魔人が雄叫びをあげると、先程までの子供のような出で立ちから一変、着ていた衣服がズタズタになるぐらいに全身の筋肉が膨れ上がった。
筋肉量だけでなく骨格そのものが変化しているようで、あっという間に俺の身長を追い越し、更にはその背中にコウモリに似た大きな翼を生やしている。
変化を終えた魔人は翼をはためかせ、わずかな溜めの後に、低空飛行しながら俺の方へ突っ込んでくる。
その速さは飛竜の最高速度を優に上回っている。そして、あの筋肉量と魔力量からして、攻撃力に関しても比ではないだろう。
「本性を現したか……だがっ!」
怒りに任せたその突進はあまりに直線的すぎる。いかに速く、いかに強力であろうとも、それだけであるならば捌くのは容易い。
「死ねェェェっ!」
突進中、魔人の右腕にある五つの爪が、俺の剣と同じくらいの長さまで伸び、同時に濃密な魔力を纏う。
俺を縦に両断することを狙っているようで、爪を振り上げ、俺へと真っ直ぐ振り下ろした。
「ふっ!」
フェイントも何もない直線的な攻撃を余裕をもって躱すと同時に、すれ違いざまに胴を斬りつける。
だが、返ってきた感触はいまひとつだった。
巨岩でもなぞったかのようなガリガリとした感触だ。
「……なるほど、魔力障壁か」
ゆっくりと振り返る魔人の胸元、さっき俺が斬りつけた箇所にわずかな魔力の揺らぎが残っている。
俺の剣は奴の身体に届かずに、魔力の壁によって阻まれてしまったようだ。
しかも高密度の魔力に触れたせいで、剣に付与していた闇払いの魔法が剥がれてしまっていた。
更に不幸なことに、魔法剣の使用や障壁との衝突など、剣に多大な負荷がかかってしまったため、刀身にヒビが入ってしまっている。
これではあと一度打ち合えるかどうか、といったところだろう。
……まあ、所謂大量生産の鉄の剣だ。魔法剣を使った時点でこうなることは予想していたが、思った以上に消耗が早いな。これは障壁を見抜けなかった俺の落ち度だ。
「ケヒャヒャ……よく避けたね。どうやらそこそこできる剣士のようだけど、残念だったね? そんな状態の剣じゃ、もう剣士としては終わりだよ」
「……だろうな」
奴の言う通り、【剣術】スキルは剣を握っているときにしか効力を発揮しない。戦闘中に剣が折れたりすれば、スキルの恩恵を受けられなくなり、戦闘能力が著しく低下してしまうだろう。
「ありがとうな」
俺は、旅立の日からここまで戦ってくれた相棒に一言礼を言い、地面に深く突き刺した。
魔人はそんな俺の様子を見て、戦いを諦めたのだと思ったのだろう。口角を大きく上げて、歪な笑みを浮かべる。
俺が剣を置いたのを見た魔人は、自分が優位に立ったと思い、完全に余裕を取り戻した様子だ。
「ケヒヒヒヒッ! 潔く諦めたみたいだね! それじゃあ……その生意気な口がきけなくなるまで、じわじわとなぶり殺しにしてあげるよ!」
魔人はそう叫びながら、再び俺へと突進してきた。
冷静になったからか、今度は直線的な動きだけではなく、左右の動きが加わっている。
「……誰が諦めたって?」
確かに、俺が剣だけを振り続け、普通の剣士になっていたのであれば、剣を失った時点で諦めていたかもしれない。
でも、今は剣だけが俺の全てじゃない。
――――さあ、見せてやろうじゃないか。器用貧乏の戦いってやつを。




