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「くそっ、これはいったいどういうことだ……!」

 

 辺りを見回すが、まだ正午を少し過ぎたばかりだというのに、わずかな明かりすら見当たらない。一切の光を遮断する夜の帳の中へと、俺は入り込んでしまったようだ。

 ……いや、光だけじゃない。音すらも一切聞こえてこない。そして、吹いていたはずの風すらも、肌で感じ取れなくなっていた。


「感覚が麻痺したのか……!?」


 闇魔法に視界を奪う魔法が存在するが、これほどまでに強力なものじゃない。

 それほどまでに深い暗闇だ。まるで昔話でよく聞く『魔界』に入り込んだと評したほうがしっくりくる。


「魔界……? まさか……!?」


 『魔界』……その単語を思い浮かべた瞬間、ある可能性に思い至った。


 この世界には、人知を超えたスキルが《《存在していた》》、と。


 ――魔人。

 人の名を冠しているが、人ならざる者。


 魔人の王である魔王を筆頭に、かつて世界のおよそ三分の一を、草木も生えず魔物が溢れる暗黒の土地へと変貌……すなわち魔界化させ、世界を死と恐怖で包み込んだ種族だ。


 総勢百にも満たない魔王軍が、なぜ全世界数百万の人間と戦える力があったのか。答えは簡単だ、魔人ひとりの戦力がずば抜けて高かったからだ。


 魔力量や身体能力の高さもさることながら、真に恐ろしいのは、各々が『独自』のスキルを所持しているという点だ。


 既存のスキル系統のどれにも当てはまらず、更にはそれらを優に上回る能力を誇っている。

 そんなスキルを生まれつき持ち、自在に操る魔人という種族は、人間からしたら脅威でしかない。

 たったひとりの魔人に千人規模の軍隊が壊滅させられたこともあり、危険度は最大級のSランクと認定されている。

 

「ば、馬鹿な……! 何故魔人がこんな場所に……!? 滅んだのではなかったのか!?」


 魔人による被害は、魔王が討たれてから五百年以上確認されていない。長きに渡り、ただの一度も目撃例がなかったのだ。

 そのため、『魔王と共に滅びた』あるいは『寿命だった』など、あらゆる説が提唱されているが、真相はともかく、長きに渡り活動を停止していたため、誰しもが過去に絶滅した種族だと信じられている。


 ……それがなんだ、何故こんな変哲もない場所に魔人がいやがるんだ!?


 戦うのであれば、それこそ騎士団総掛かりで挑むべき相手だ。俺ひとりでどうにかできるはずがない……!


「くそっ! くそっ……!」


 俺は腰に携えていた剣を抜き放ち、がむしゃらに走りながら、ひたすらに虚空を斬った。


 当然のように太刀筋は見えず、風切り音もない。もはや剣を握っている感覚すらないが、何十年と続けてきた動作だ、どれだけ感覚が鈍ろうとも身体が覚えている。


 岩をも容易く断ち切る俺の剣を、こうして振り続けていれば、奴とて迂闊に近寄れないはずだ。そして、まぐれ当たりでもなんでもいい。俺の剣が届きさえすれば、魔人だろうが斬り伏せる自信があった。


「――――っ」


 どれだけの時間が経ったのかわからないほど、漠然とした感覚で剣を振り続けていたそのとき。突然、俺の視界が徐々に光を取り戻し始めた。


「やった……やったぞ……!」


 闇が晴れた……つまり、魔人を殺したんだ。今、この瞬間、この俺の手で。

 魔人の単独討伐……この快挙によって、俺は間違いなく英雄として崇められるだろう。


「は、はは……英雄だ、俺は英雄になったんだ……!」


 興奮のあまり、柄にもなく勝利の雄叫びを上げるため、俺は剣を天に掲げた。


 ――はずだった。


 ボタボタと、ねばっこい液体が滴り落ちる不快な音。

 そして、鮮烈に沸き上がってくる痛みが俺を襲う。


「…………あ? あ、あぁぁぁぁっ!?」


 ぼんやりと見えてきた視界の先にあるものを見て、俺は雄叫びとは別種の咆哮を上げる。

 掲げたはずの俺の剣は一切視界に映らない。そのかわりに映ったのは……《《肘から先が失われていた俺の腕》》だった。


 滴っていた液体の正体は、俺の腕から滝のように溢れる血液。鮮烈な痛みは腕を失ったことに起因するものだと理解した。


「あ、が……ぐぅぅぅぅっ!! ああっ!?」


 闇が晴れ、しばらくして、ようやく身体の感覚を取り戻して改めて気付くことになった。

 ――失ったのは、右手だけではなかったことに。


 身体中を駆け巡る痛みが、四肢を失ったことによるものだと気付くのに、そう時間はかからなかった。

 背中に感じるごつごつとした岩場の感触、何故か真正面にある太陽……そう、俺は今、四肢を切り落とされ、地面に仰向けになって倒れていたのだ。この絶望的な状況を、今になって理解した。


「な……んだこれは……いったい、いつから……!?」


 異常に速くなる心臓の鼓動、滝のように流れ出る脂汗が、生命の危機を訴えている。

 傷口付近の筋肉を引き締め出血を最大限抑制し、歯を食いしばりながら痛みをなんとか耐え、ふと腰に視線を移す。

 そこには未だ鞘から抜かれていない俺の剣があった。暗闇の中で抜き、振るっていたはずの剣だ。


「――――ふっ、ははっ、そうか……あの闇に呑まれた時点で、俺は負けていたのか……!」


 あの闇の只中、必死に剣を振っていたつもりだったのだが、その実、剣を抜こうとした瞬間にはもう腕がなかったのだ。


 足も失い、仰向けに倒れながら赤ん坊のように手足をバタつかせていただけ……ということになるのだろう。端から見たらさぞかし滑稽だったろうな。


「なあ、魔人よ……!」


 勝ちを確信して姿を現したのだろう。魔人と思わしき人影が、上空から俺の惨めな姿を見下ろしていた。


 紫色の髪に青白い肌……肌の色を除けば、見た目は人と大差ない。

 だが、その中でも特に目を引くのは、頭部にある、山羊を思わせる歪な形状のツノだ。

 その特徴は伝え聞く魔人のものと一致している。やはり、魔人の仕業だったのだ。


「ケヒ、ケヒヒヒヒ……」


 魔人は小さな子供のような声色で笑い、ゆっくりと地に降り立った。

 ずいぶんと幼い声だと思ったが、それもそのはず。近くでよくよく見ると、せいぜい齢十に達するかどうかという程度の、少年の容姿をしていた。


 魔人は長命故に見た目通りの年齢ではないだろうが、身体が成熟していないあたり、魔人の中でも若い部類に入るだろう。


「ケヒッ……おじさん、同じ服を着た他のよりマシかと思って期待したけど、すぐ壊れちゃったね。まあ、人間なんてこんなもんか」


 魔人は俺の傍らへ来て屈むと、目と鼻の先まで顔と顔とを近付けながら、そう言った。


 そして、顔を離すと、急に興味を失くしたかのように、すっと表情が消えた。


「さっきまでは壊れたオモチャみたいに面白い動きをしてたけど、急に静かになっちゃってつまらないな。……もういいや。じゃあね、おじさん」


 魔人は無表情のまま俺の胴体辺りを指差した。

 すると、魔人の指先……正確には爪が伸び、どんどんと俺の心臓を目掛けて近付いてくる。


 それは非常に緩やかな速度ではあったが、四肢を失った俺に為す術はない。得意の剣を振りたくても腕がなく、逃げたくても脚がないのだから。


「や、やめろ……やめてくれっ……!」


 俺にできるのは、奴の気が変わることを祈り、命乞いをすることだけだった。


「頼む頼む頼む! 見逃してくれぇぇぇ!」

「――ケヒッ! いいねえいいねえ! その顔、その声!」


 必死になって命乞いをするが、俺の願いは届くことはなかった。いや、むしろ無感情であったほうが楽に終われたかもしれない。

 魔人は俺の悲痛な叫びを聞いて嗜虐心を刺激されたようで、爪の軌道を変えた。

 

「や、やめっ――がッ、あぁぁぁぁぁぁっ!」


 防具など無意味だと言わんばかりに、魔人の爪は易々と鎧を貫通し、俺の胸に浅く突き刺さった。

 そしてその状態のまま、魔人は絵でも描くかのようにすらすらと指を動かしている。


 秒刻みに広がる傷が激痛を訴えてくる。もはや叫ぶことで痛みを紛らわすことでしか正気を保てないほどだ。


「ぉあぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!! ぐっ、あぁぁぁっ!!」

「ふぅ、楽しかったよおじさん。じゃあね」

「――っ!! あぐ、あぁ……!」


 途中で飽きたのか気が変わったのか、俺に止めを刺さないまま、魔人はひらひらと手を振りながら離れていった。


 ――――助かった、のか?


 満身創痍であり、絶望的な状況であることに変わりはないが、少なくともまだ生きている。


 魔人の口振りから、部下は全滅したと考えるのが妥当だろう。そうなると部下が救出に来るのは望み薄だ。


 しかし、まだこの地域には冒険者や白翼の連中がいる。

 屈辱的ではあるが、奴らが俺を見つけるまで耐えれば生還の目はある。切れた手足だって、拾い集めれば王都の治療院で復元が可能だ。


「ふ、ふふ……魔人め、止めを刺さなかったことを後悔させてやるぞ……! 身体が完治したら必ず殺しに行ってやるからな……!」


 魔人がこの場から去ったことで、俺の心から恐怖の感情が霧散し、あっという間に復讐心で満たされた。


 この屈辱、百倍にして返してやらねば気が済まない。

 黒牙騎士団の総力をもって必ず復讐をしてやる……!


 そう心に決めた瞬間、視界の端にぼんやりとした光が映る。


「ん? なんだこの光は…………っ!?」


 光の出処はすぐにわかった。なんせ、俺の胸辺りから出ている光だったからだ。

 ただ、問題はその光が魔方陣を象っていたことだ。


「これは、爆破の魔方陣……!?」


 俺の胸に描かれていたのは、爆破魔法の魔方陣だった。

 それを理解した刹那、魔方陣が起動する。


「ちょ、まっ……!」


 最後に俺が感じたのは、一瞬だけ響く大きな爆発音だけだった――

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