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「ん? あれは……?」


 空を移動しながらちょうど森を抜けたころだった。

 少し先から喧騒が聞こえたので周囲を見回すと、開けた場所で数台の馬車が足を止めているのが確認できた。

 そして、その乗組員と思わしき人間たちが、複数の魔物と戦闘を繰り広げている真っ只中のようだ。


「ウルフの群れか」


 犬に酷似した四足獣の魔物、ウルフだ。だが俺の知っている個体とは違い、体毛が灰色ではなく真っ黒だ。そして身体は一回り以上大きく、体長二メートルはある。

 その数はおおよそ二十。それを迎撃している人間は四人だ。


 他人が横槍を入れるべきではないだろうと、しばらく俯瞰して見ていたが、ウルフの群れは馬車を包囲しており完全に防戦一方のようだ。

 どう見ても人間側の劣勢……放っておけば全滅は免れないだろう。この状況、さすがに見過ごすわけにもいかないか。

 

 俺は馬車の方へと進路を変更し、一足飛びに戦場へ飛んだ。


「残りの魔力は……ちょっと心許ないか。よし、剣だけで戦おう」


 空中移動を続けること約三時間。その間魔法を使いっぱなしだったので、さすがに魔力が尽きかけていた。

 魔力が尽きると気を失ってしまう。戦場で魔力が尽きるのは死と同義だ、この場は剣だけでなんとかするしかない。


 使用し続けていたグラビティコントロールの魔法効果を解除し、次元収納からひと振りの剣を取り出す。

 羽のようにふわりと浮いていた身体が、適正な重力を受けることで急激に落下していく。そのままの勢いで、俺は馬車の前へと着地した。


「助けが必要か?」

「なっ、誰――――いや……申し訳ない、援護を頼みます!」


 急に空から見知らぬ人が降ってきて驚いたのだろう。戦闘していた男のうちのひとりが、目を見開いていた。

 だが、突然現れた怪しい人物にすがらねばならないほどに窮地に立たされていたに違いない。俺の言葉に一瞬だけ迷いを見せたが、すぐに助けを求めてくる。


「了解した。あんたたちは馬車を守っていてくれ」


 まずはさっと戦場を見回す。ウルフの群れは、俺という突然の乱入者に対応しきれておらず、連携が乱れていた。

 その隙を逃さぬよう、ぐっと地面を蹴り、一気に加速しながら最も近い位置にいた一匹へと突撃する。


「まずはひとつ……!」


 すれ違いざまに素早く一閃。

 俺の乱入に対応しきれていなかったウルフの胴を、素早く下から斬り上げる。


 鮮血が舞い、斬ったウルフは力なく倒れる。

 ……両断するつもりだったんだが、想像より刃が通らなかった。結構固いな。


「グルルルルル……!」


 仲間をやられたことで、ウルフの群れ全体の敵意が俺へと集中するのを感じる。

 その結果、馬車への包囲網が俺個人への包囲網へと変化するのにそこまで時間はかからなかった。

 群れはあっという間に俺の逃げ道を塞ぎ、警戒しながらも着実ににじり寄ってくる。


「この感じ……懐かしいな」


 ふと思い出したのは、八年前にウルフの群れに囲まれた時のことだ。

 普通ならトラウマになっていてもおかしくない状況だったが、今はどこか懐かしさを感じられるほどに、今の俺には余裕がある。

 なぜかというと、これ以上の過酷な状況下に幾度となく立たされた経験があるからだ。ウルフの数があの時の倍以上に増えていて、身体がいくらか大きくなった程度では、今の俺は毛ほども恐怖を感じない。


「俺をビビらせたければ師匠のゴーレムを百体ぐらい連れてこいってんだ」


 実際にゴーレム百体と対峙した場合を頭の中で思い浮かべ、思わず笑みがこぼれる。人間ってのは、マジで理不尽な場面だと笑うしかないんだな。

 ……などと考えている間に、俺の微笑を挑発と受け取ったのか、ウルフの群れは合図も無しに一斉に俺へと襲いかかってきた。


「ガァウ!」

「グルァ!」


 余計なことを考えていたが、もちろん油断なんてしていない。

 首筋に食らいつかんとする獰猛な牙、そして心臓を引き裂かんとする鋭利な爪。俺を殺すために、的確に急所を狙いながら飛びかかる二匹のウルフの同時攻撃を見極め、最小限の動きで躱す。


「ふっ!」


 そして、すれ違いざまに一匹のウルフを素早く斬りつける。【弱点看破】を駆使して、あばら骨の合間を縫い、心臓を切り裂くようにした一撃だ。

 空中で致命傷を負ったウルフは、着地がままならずに地面を転がっていく。


「ふたつ」


 続けて襲い来る爪を剣で受け流し、体勢を崩したところで首を一閃。


「みっつ」


 百七十センチ弱ある俺の身長を優に超える跳躍で、頭蓋を噛み砕かんと上空から襲来する牙には、剣を喰わせてやる。

 口内から脳天を貫かれたウルフは、当然即死だ。


「よっつ」


 剣を引き抜き、ウルフの身体はずさりと音を立てて大地に転がる。

 この時点で、ウルフたちの追撃は止まっていた。

 彼我の実力差を認識したのだろう。俺がこの場に降り立ってから、わずか一分足らずの戦闘であったが、『この人間を襲うのは割に合わない』と思わせるには充分だったようだ。


 よし、これなら最後にもうひと押しすれば大丈夫だろう。

 俺は、ウルフの群れへ向けて【威圧】スキルを発動させる。


「失せな……!」


 俺の一言に、ウルフたちは毛を逆立ててピタッと動きを止めた。やつらに人間の言葉を理解する知能はないだろうが、意思は伝わったようだ。

 やがて【威圧】に耐えきれず一匹のウルフが尻尾を巻いて逃げ出すと、それに続くように残るウルフたちも撤退していった。


 ……よしよし、初めて【威圧】スキルが役に立ったぞ。

 このスキルは、相手に精神的な圧力を与え、畏縮させる効果がある。

 使い得なスキルではあるが、いかんせん俺のスキルレベルは3しかない。敵と対峙していきなり使ったとしても、効果は殆どないだろう。だから、今のように実力差を見せつけてた後で使用する必要がある。


 ……よく考えたらあんま使いどころないかもな。師匠のゴーレムのような非生物はもちろん、ある程度の実力者には効かないし。今回のようにウルフの群れを散らすぐらいにしか使えないんじゃないか?


「お、おお……! なんてすごいんだ」

「ああ……助かった」

「死ぬかと思った……」


 ふと、馬車のほうから安堵の声が聞こえた。

 どうやら本当にまずい状況だったらしい。馬車を守るようにして戦っていた四人は、それぞれ九死に一生を得た表情をしている。


「無事だったか?」


 俺は、俺に援護を要請した人物……四十代手前だと思われる柔和な顔のおっさんに声をかけた。

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