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◇
――ユーリがレニと出会った日から八年の時が流れた。レニのもとで修行……もとい実験の被害者(?)として過酷な日々を生き抜いてきたユーリは、伸長も伸び、十五歳の立派な青年へと成長していた。
そして今日もまた、レニの無茶苦茶な『実験』が繰り広げられているのだった。
ガシャン、ガシン。
ジャキン、ズドン。
「右、左、上――っ!? マジか、地中からかよっ!?」
同時に俺を襲う、特殊合金で造られた四体のゴーレム。八年前、最初に戦ったゴーレムと違い、二メートル半ぐらいはあった体長は、一般的な成人男性程度へと縮み、体型も人間に近くなっていた。
体積が減ったぶん軽量化されており、動きは初期ゴーレムと比べ物にならないほど淀みなく、機敏だ。
かといってパワーで劣るのかというと、そんなことはない。単純な質量こそ初期型に劣るものの、膂力はむしろ上がっている。
そんなスタイリッシュハイパワーな新型ゴーレムが、上下左右あらゆる方向から同時に攻撃をしかけてくるのを、【直感】スキルで感じとり、【見切り】スキルと併用してなんとかして回避する。
……くそ、他の三体の後ろで姿を隠しつつ、意識外の地面から攻撃してくるなんて、レニさんも意地が悪いというかなんというか……。
「ファイアウォール!」
【詠唱破棄】した【炎魔法】を使用し、炎の壁でゴーレムたちの行く手を阻みつつ、バックステップで距離をとる。
……が、ゴーレムは燃え盛る炎を無視してこちらへと突っ込んできた。
うーわ、足止めにもならないのかよ。
「ん?」
追撃に備え身構えている最中、あることに気が付いた。
「三体のゴーレムしか追撃しに来ていない……?」
炎の壁を抜けてきたのは三体。となると、残りの一体はどこだ?
結界の範囲ギリギリまでファイアウォールを広げたから、こちら側に来るには炎を突っ切る必要がある。まさか、また地中から来るのか?
そう思い【索敵】スキルで気配を探ると、残る一体のゴーレムはまだ炎の壁の向こう側にいる。他の三体が簡単に突破できるのに、同じようにしないのは何故だ……?
いや、悩んでいても仕方がない。とにもかくにも試行錯誤を重ねるしかないだろう。師匠の造ったゴーレムが一筋縄でいかないのは俺が一番よく知っている。
「魔法の属性が関係しているのか? ……よし、物は試しだ。くらえ、ウォーターボール三連発!」
俺は【多重詠唱】と【水魔法】で生成した三つの水球を、三体のゴーレムそれぞれに向かって放つ。
「グ、ゴゴ……」
ウォーターボールは全弾命中。すると、ゴーレムのうち一体の動きが、明らかに鈍くなったことに気が付く。
「ははーん、そういうことか……っと!」
まだまだ元気な二体の猛攻を捌きつつ、これまでの状況を分析した俺は、とある結論に至った。
おそらく四体のゴーレムには、それぞれ弱点となる属性が設定されている可能性が高い。【水魔法】の中でも最下級の魔法、ウォーターボールで明らかなダメージが入っていることがその証拠だ。
逆に、弱点以外の属性はほぼダメージがないようだが、一体ずつ弱点を突いていけば倒しきれるはずだ。
ファイアウォールで足止めできた一体は火属性が弱点と見て間違いない。そしてウォーターボールで動きが鈍ったやつは水属性。
なら、おそらく残りの二体は風と土属性が弱点だろう。そう判断した理由はシンプルだ。ゴーレムは四体……魔法における基本の四大属性、火、水、土、風に当てはまるのと考えたからだ。
…………さすがの師匠も四大属性以外の属性を弱点にするなんて意地の悪いことしてこないよな?
「とりあえずものは試しだ。残る二体のゴーレムの弱点を確定させる! ロックバレット、ウインドカッター!」
【土魔法】と【風魔法】をそれぞれ弱点が確定していないゴーレムへと向けて放つ。
「っしゃあ! 大当たり!」
運のいいことに弱点を突いたらしく、魔法が命中したゴーレムは明らかに動きを鈍らせた。よし、これで各ゴーレムの弱点属性は把握したぞ。
……っと、ファイアウォールの効力が切れて最初に分断したゴーレムが動き始めたか。ちょうどいい、お前から片付けさせてもらおう。
「フレイムジャベリン・三連!」
俺が使える最高位の【炎魔法】を、【多重詠唱】かつ【詠唱破棄】することで、三発同時に放つ。
「ちっ、一発躱されたか」
距離が離れていたこともあり、三本の炎の槍のうちひとつは躱されてしまったが、続く二本はゴーレムの右脚と胸部へと命中し、そこから勢い良く燃え上がる。
弱点である火属性の魔法によって炎上したゴーレムはやがて膝から崩れ落ち、その動きを止めた。
「っし、これでひとつ!」
ゴーレムは動力源である核を破壊しない限り、四肢を失おうとも動き続ける。だが、今の一撃で核を破壊できたのは大きい。これで残るはあと三体だ。
「しかし見事に核の位置がバラバラだな……」
【弱点看破】のスキルでゴーレムの核の位置を見抜けているのだが、ゴーレムごとに核の位置がバラけているのだ。
胸部、頭部、臀部……ひどいやつだと右足の先に核があるやつもいる。こんなんタンスの角にぶつけただけで死ぬぞ……。いや、弱点属性以外は効かないから大丈夫なのか?
……ああもう、余計なことを考えさせられるな俺。まんまと師匠の思惑にはまってしまったときのあの憎たらしいしたり顔を見たくないだろう。
「一気に終わらせる……って、ええっ!?」
次のゴーレムを倒しにかかろうとした瞬間、俺は自分の目を疑った。
さっき魔法を放ってからほんの数秒しか経っていない。だというのに、核を破壊したはずのゴーレムが再び起き上がり、活動を再開していたのだった。
ついでに、他のゴーレムにもダメージを与えたはずなのに、それが全部なかったかのように元の俊敏な動きを取り戻している。
「か、完全に回復している……? まさか――」
思い当たる節があり、【魔力視】スキルでゴーレムたちの周囲に存在する魔力の流れを視る。
……やはりそうだ。四体のゴーレムは魔力の糸で繋がっている。これは厄介極まりない。
これは【生々流転】と呼ばれる、錬金術の奥義のひとつだ。
この技法で作られたゴーレムは、核を破壊したとしても、他のゴーレムより生成される魔力を供給することで核ごと再生してしまう。つまり、四体のうち一体でも稼働しているゴーレムがいる限り、無限に立ち上がってくるってわけだ。
しかも、再生時に弱点属性が別個体と入れ替わるという厄介極まりない特性もある。それでいて再生にかかる時間はほんの数秒とかなり短い。
このことから導き出される攻略法は、各ゴーレムの弱点属性をほぼ同時に核へと叩き込む……といったところだろう。……ったく、なんつーいやらしいゴーレムなんだ。産みの親の顔が視てみたい。
「ま、無理難題を押し付けてくるのはいつものことか。……うん、そうだな、まずはこの手でいこう」
俺の中に蓄積された経験や知識をもとに、ゴーレムを倒す方法が瞬時にいくつか頭に浮かんだ。
その中のひとつを実行するため、ゴーレムの攻撃をいなしながら準備を整えていく。
俺が今から実行しようとしている方法は実にシンプルで、各属性の広範囲魔法をぶっ放して核を破壊するというものだ。
少々雑な手段だが、結界内の全域を対象とする範囲魔法を放てば回避することは不可能だろう。
ただ、俺の【多重詠唱】スキルのレベルは3。同時に発動できる魔法は最大三つまでだ。なので使える属性も三つ、どうしても一体のゴーレムが残ってしまう計算だ。
【詠唱破棄】スキルがあるので魔法を連射できないこともないが、それでもあのゴーレムを倒せるほどの威力を込めた魔法を使うには、次の発動まで二秒はかかる。
そのわずかな時間で回復されてしまう可能性が高いため、ここは念には念を入れて全ゴーレムを同時に破壊したいところだ。
そこで俺が思い付いたのは、
「複数の属性を持つ魔法で倒す……!」
本来ならば、異なる属性を内包した魔法は存在しない。だが、それを可能にするスキルならば存在する。
そのスキルの名は【合成魔法】。俺がこの八年の実験の中で習得した上位スキルのひとつだ。
その効果は単純明快。二つの魔法を合成させることによって、新たな魔法を作り出すことができる……といったものだ。このスキルを使えば、複数の属性を併せ持つ魔法を作り出すことが可能だ。
「よっ、ほっと」
ゴーレムの攻撃を躱しながら、ゴーレム四体がまとまるように誘導する。
……いくぞ、【合成魔法】スキル発動。
【炎魔法】フレイムジャベリン+【土魔法】ロックバレット。
【合成魔法】【水魔法】ウォーターフォール+【風魔法】トルネード。
右手と左手を起点として、【多重詠唱】を用いて、二つの合成魔法を同時に発動させる。
「【多重詠唱】マグマバレット、ジェットスパイラル!」
火の力によって熱せられ赤熱した数多の土塊、そして風の力によって高速で回転する水の奔流。
二つの属性を内包した魔法が、ゴーレムをあっという間に飲み込む。
「やったか……?」
魔法を撃ち終わり、視界が晴れてくる。
弱点属性を含むとはいえ、複合属性が効果的なのかは未知数だ。そして、威力のほうも足りているかわからない。もし破壊しきれていなかった場合、すぐに次のプランへと移らなくてはならない。
そのため、俺は臨戦態勢を崩さずに、魔法を受け動きが止まっている四体のゴーレムの様子を観察していた。
「……おっ、魔力の繋がりが切れている。ってことは、やった……やったぞ!」
動かなくなったゴーレムへ【魔力視】スキルを使い、魔力の相互供給が切れていることが確認できた。
十秒が過ぎてもピクリとも動かないゴーレムを見た俺は、ようやく勝利を確信することができたのだった。