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「――っ、ふざけないでくれ! なんであんなやつの名前が出てくるんだよっ!」


 まったく同じことを私も思っていたのだが、パオロが私よりも早く小娘へと叫んだ。さっきまでガチガチに緊張して一言も発していなかったというのに、鬼気迫る表情へと変貌している。すごい変わりようだ。

 しかし、そんなパオロの様子を見たおかげか、私はある程度の冷静さを保つことができた。


「……? どうしましたユーリ君」

「俺はユーリじゃない! パオロ・グランマードだ! あんな野郎といっしょにするんじゃねぇよ!」

「……なるほど。人違いでしたか、それは申し訳ないことをしました」


 パオロはかなりの剣幕で詰め寄るが、小娘のほうは少しも動揺せずに、あくまで淡々と話す。

 

「そういえばご子息は二人いるのでしたね。報告書に記されていた容貌と差異があるはずです。申し訳ないですが()()()()には用はありません。申し訳ないですがユーリ君を呼び出していただけますか?」

「なっ……てめえっ……!!」


 パオロが今にも手を出しそうな気配があったので、私は慌ててパオロと小娘の間に割って入った。

 小娘とはいえ騎士団の一員に変わりない。揉め事を起こしてしまっては王都への印象が悪くなってしまうからな。


「まあ落ち着けパオロ。こむす……アニエス殿は何か勘違いをしているだけのようだぞ」

「勘違い? 私は勘違いなどしていませんが」


 このガキが……私のフォローを無駄にする気か!

 用事があるのはユーリではなくパオロだと、報告書に誤りがあったのだと訂正すれば済むことだろうが!

 

「しかしアニエス殿、パオロは九歳にして【剣術】レベル3に達した天才だ。噂を聞きつけ我が息子パオロをスカウトしに来たのではないのか?」

「……? いえ、先ほど申し上げた通り、自分はユーリ・グランマードのスカウトに来たのですが」


 なんだと……?

 間違いじゃないのか。本当に、あの出来損ないをスカウトしに来たのか?

 

「何故……何故あいつを?」

「知りませんでしたか? 特異な加護を持つものが現れた場合、司祭から王都に報告書が上がります。それを見た団長がユーリ君の特異な才能をいたく気に入りましてね。もちろん、私自身も興味があります」


 くっ、あのジジイか! 王都への報告など勝手なことをしおって!


 ……しかし、【器用貧乏】だったか? あのハズレ加護を気に入るだと?

 白翼騎士団の連中はもの好きが多いと聞いてはいたが、あんな出来損ないに興味津々とは度が過ぎる。あいつは何をやっても一流にはなれない不良品なんだぞ!


「ま、待ってくれよ。俺はユーリよりも強い! スカウトするなら普通俺のほうだろう!」


 パオロも同じ思いのようだ、私が言いたいことを代弁してくれている。


「……ええと、君は確か【剣術】のスキルレベルが3……と言ってましたか?」

「そうだ! ちょっと前まではユーリに遅れをとっていたが、今はもうやつに負けることはない!」

「……そうかもしれませんね。ただ、それは【剣術】スキルを競う場合だけです。例えば、剣術大会など純粋な剣の実力を試す場でなら君が勝つでしょう」

「ほらみろ! それなら、やっぱり俺をスカウトするべきだろ!?」

「しかし、実戦でならどうでしょうか?」

「は? 実戦……?」

「私たち騎士団の戦いの場は、剣術大会の会場のように整えられた環境下にない。深い森の中や沼地、剣を振ることすらできない狭い建物の中で戦うことだってある……そんな状況で求められるのは何だと思いますか?」

「そ、それは……」


 パオロが押し黙ってしまったので、私が代わりに答えてやろう。答えは簡単だ。


「ふん……愚問だな。そんなもの、圧倒的な強さに決まっているだろう」


 私がそう答えたので、小娘はパオロから私へと目線を移した。


「その答えでは不十分です。その圧倒的な強さというものを決定付けるものはなんですか?」

「ああ……? そんなものスキルレベルに決まっているだろう」

「……確かに、スキルレベルが高いに越したことはないですね。しかし、それだけでは問題があります」

「な、なんだと!?」


 ぴしっと人差し指を私へと突きつけ、あくまで平坦な声で小娘はそう言い放った。


「実戦に求められるのはあらゆる場面に対応できる手札の多さ、そしてそれを冷静に実行できる対応力。これに尽きます」

「何を言っているのだ! 竜の鱗を貫き骨すら断つ至高の剣技さえあれば、恐れるものなど何もないではないか!」

「では、敵が剣を溶かす霧を吐く魔物だったら? 足の自由が利かない沼地で、遠距離から魔法攻撃をされたら? 相手の剣が自分より上だった場合は? この状況下であなたはどうしますか?」

「ぐ……そ、そんなものすべて斬ってしまえば問題なかろう」

「……答えになっていませんね」


 ため息混じりに一呼吸したあと、小娘の声のトーンがひとつ落ちる。

 私の出した答えを真っ向から否定したあげく、貴族である私に向かってそのような小馬鹿にした態度……万死に値するぞ……!


「その点、ユーリ君の加護【器用貧乏】なら、五年も訓練すれば様々な状況に対応できるようになるでしょう。そういった者が部隊にひとりいるだけで、戦場での生存率は大きく跳ね上がります。ユーリ君はそれだけの可能性を秘めた、いわば金の卵なのです」

「ぬ……ぐ……!」

「……とにかく、ユーリ君に会わせてはいただけないでしょうか? あなたの意見はともかく、彼の意思を確認したい」


 私は全身の血が沸騰しそうなほどの怒りをなんとかこらえていた。

 この小娘が騎士団の人間でなければ、数発殴り付けて叩き出していたところだ。しかし、下っ端とはいえ国王と繋がりの強い騎士団の連中を敵に回すのは得策ではない。


 ユーリがこの場にいたならば喜んで差し出すところだが……やつはもうここにいない。なれば、小娘にはここでおとなしく帰ってもらうとしよう。


「残念だが、ユーリには会わせられ――」

「そうだぜ! ユーリはこの家から追放され、もういない! 今頃どこかで野垂れ死んでいるだろうよ!」


 パオロ……! 何を勝手なことを口走っておるのだ!

 私は適当な理由をつけてこの小娘を追い払おうとしただけなのだぞ!?


「何……?」


 そら見ろ、あの鉄面皮な小娘があからさまに顔をしかめているではないか。

 そうなって当然だとはいえ、まだ七歳になったばかりの子を痛め付けたあげく、追放して見殺しにしたなど、外に知られてしまえば当家の品格を著しく落としかねない。


 いやまだだ、まだ言いくるめられる……!


「物置に閉じ込めて弱らせて、出ていく間際にこの俺が骨をへし折ってやったのさ! しかもそのまま魔物が出没する森へ行ったらしいから、間違いなく食い殺されているだろうよ。はっ、死人を訪てくるだなんて、とんだ無駄足だったな!」

「――っ、パオロ!!」

 くそ、この馬鹿息子が……余計なことを考えてないでさっさとパオロの口を塞ぐべきだった……。全てを馬鹿正直に話す必要などあるまいに!


「――――そうですか。非常に残念です」


 冷淡だった小娘の表情は氷点下を下回り、氷のごとく冷えきっていた。


 そしてそのまま出口の扉へと振り返り、背中越しにこう言った。


「この件は王へ報告させていただきます。あなたたちが今後どうなるか、王の判断を待ちなさい」

「――っ!!」


 ……まずいまずいまずいまずいまずい!!

 このことが厳格な王の耳に入ろうものなら、相応の処罰が下されるだろう。最悪、爵位の剥奪もあり得るかもしれん!


 私はこの場をやり過ごす方法を必死になって考えた。このまま小娘を行かせてしまえば、私は終わりだ。


 ……そして、今まさに去ろうとする後ろ姿を見た私は、天啓の如くあることに気が付いた。


 この小娘、武装していない……。鎧はおろか、剣すら持っていないではないか。

 はは、ならば手段はたったひとつしかあるまい。こちらに気を遣ったのかどうなのかは知らんが、失敗だったな!


「ふ、ふふふ……!」


 私は壁にかけられた装飾用の剣を二本掴み、ひとつをパオロへと渡した。そして、パオロにしか聞こえない声量で告げる。


「パオロ……責任を取れ。やつを殺すぞ」


 私とてグランマード家の男、【剣術】のスキルレベルは4だ。パオロもレベル3。

 刃を潰された装飾用だとはいえ、剣は剣だ。スキルによる補正がかかり、私たちが持てば充分な殺傷能力がある。非武装の小娘ひとりを殺すことなど造作もなかろう。


 使いっぱしりにされるぐらいだ、見習いと言っていた気もするし、やつは騎士団の中でも下っ端だろう。道中、運悪く強力な魔物に襲われて死んだことにでもしておけば問題あるまい。

 そう算段を立てて、私は剣を振りかぶり、小娘へと斬りかかった。パオロも戸惑いつつ私に続く。


「死ねぇぇぇっ!!」

「――ほんと、残念です」


 ふっ、と小娘の姿が消え、私の剣が空を切る。


「なっ……消えた……?」

氷刃(ブレード)


 私の喉元へと冷たい何かが突きつけられる。

 その正体はわからないが、ひとつはっきりしているのは少しでも抵抗すれば私は死ぬだろうということ。

 背後から奇襲したにも関わらず、ほんの一瞬のうちに形勢は逆転。気付けば生殺与奪の権を、このような小娘に掌握されてしまったのだ。


「動かないでくださいね。手元が狂ってしまうかもしれませんので」

「ぐ……パオロ、何をやっている……! 早く助けろ!」

「ああ……息子さんなら既にお休みいただいてますので、助けは期待しないでください」

「なっ……!?」


 眼球だけを動かしパオロを見ると、パオロはうつ伏せに倒れていた。

 こいつ……あの一瞬でパオロの意識を刈り取り、かつ私の背後を取ったというのか……!?

 それに、武器の類いは持っていなかったはずなのに、何故……?


 そう思い、眼下の刃に目をこらす。


「透明な刃だと……!?」


 刃の向こう側が見て取れるほどの透明感、鉄で作られた剣ではない。まるで氷のよう――――っ、待てよ。聞いたことがある。氷で作られた刃を振るう、【魔法剣】スキルを使いこなす十年にひとりの天才がいると。


「貴様……まさか、あの『雪花の剣姫』か……!?」

「その名前で呼ばないでください。恥ずかしいので」


 くそ、若い女だとは聞いていたがこんな年端もいかぬ小娘だったとは!


 ――――な、んだ。急に寒気が……私の、身体が……凍って、い、る……?


「あなたは今から氷漬けになりますが安心してください、あなたも息子さんも命に別状はありません。数十分もすれば元通り動けるようになりますので、それまで我慢してくださいね。

 ……それでは、失礼します。あ、それと自分に剣を向けた件も追加で報告させていただきますがよろしいですか?」


 く――そ――――


「まあ、返事なんてできないでしょうけど」


 バタンと扉が閉まる音を最後に、私の五感全てが厚い氷に閉ざされた。

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