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たっ、たたたたっ。
濡れた髪から滴る水滴が、薄汚れた赤いカーペットに染みをつくる。
「ユーリ、お前はもうこの家に必要ない。今すぐ出ていけ」
ここはグランマード男爵家の次男である僕、ユーリ・グランマードにあてがわれた薄暗い物置小屋の中。
掃除することも許されず、埃にまみれた生活を送っていた僕は、今まさにひとりの人物に追放を言い渡されていた。
父親であるはずのその男の瞳には、息子への情など欠片もなく、それどころか何の感情も宿っていなかった。たった今、実の息子に追放を言い渡しているというのに、怒り、悲しみ、蔑み……なんの感情も感じられない無関心な目だった。
人口二百人ほどの小さな土地を治める貴族、ミゲル・グランマード男爵にとっては、もう僕のことなど明日の天気よりも興味がないのだろう。
僕は正座をしながらこうべを垂れ、先程頭から被せられた花瓶の中で長らく放置されていた青臭く生ぬるい水が髪から滴り落ちるのを、口をきつく結びながら見送っていた。
「……返事は?」
否定は許さない。そんな意思が込められた冷たい言葉に、僕は否応なしに了承するしかなかった。
「――はい」
絞り出すようにして僕がそう言うと、父様は満足したようにゆっくりと踵を返す。
「わかればよろしい。……ああそうだ、ユーリ。家を出るとき、家財を勝手に持ち出したりするなよ? この家にはお前の所有物など塵ひとつすら存在しない。……まぁ、今着ているその服だけはくれてやろう。屋敷の周りで変質者が出たなどと噂されてはかなわんからな」
「……ありがとうございます」
「それと、今後一切我がグランマード家の家名を名乗ることは許さんぞ。お前のような者がいたことは我が一族にとって汚点でしかないのだからな」
こちらを見向きもせずに最後にそれだけ言い残すと、父様はがちゃりと扉を閉め、どこかへと去っていった。
「……覚えていますか父様。今日、僕は七歳になったんですよ……?」
ひとり取り残された物置小屋で、ぼそりと独り言をこぼす。
グランマード男爵家の次男である僕が、この物置小屋で生活するようになってから、はやひと月。遅かれ早かれ、こうなるだろうと、予想はしていた。
だけど、まさかその時が訪れるのが誕生日当日になるだなんて……。本当なら一年で一番嬉しい日になるはずだったのに、こんなに悲しい気持ちになるだなんて思いもしなかった。
……いや、そうなって当然なのかもしれない。
なんたって僕は、『出来損ない』の烙印を押された、神様から見放された存在なのだから。
濡れた髪をかきあげながらゆっくりと立ち上がり、僕は格子のかかった窓から中庭を覗く。
これで見るのが最後になるでその景色をぼんやりと眺めながら、僕は追放のきっかけとなったであろう、あの日のことを思い返していた。




