そして、光は沈み始めた
光が開け、私達の生活が幕を開ける。
窓からまだ薄い光が差し込む。
彼女との二人暮しに慣れてきて、彼女は私より随分早く起きることがわかった。
この1ヶ月間、彼女と暮らしてきたが、彼女が朝に何をしているのかは聞いたこともない。
大きく伸びをして、寝室を出る。
この少し急な階段を下ったら、1階だ。
1階に降りたら、すぐにリビングで、いつも彼女はそこに座って本を読んでいたりしているのに、今日は、リビングには居なかった。
大切な1ピースが欠けたような気分になった。
外に出て、彼女がいるか探してみようか。
扉を開けると、淡い光が私を照らした。
目を細くしながら、私は、周りをぶらぶらと歩いた。
霧が薄くかかっているのはいつもと同じだ。
早朝の町は、異世界みたいに、違うようにみえた。
何も考えずに、大きな門をくぐる。
遠くまで広がっている深い赤が、私を包み込む。
落ち着かない色だが、この風景は、ほっと落ち着けるものになっていた。
この街の近くに、一面に広がる空を見ることが出来る場所がある。
惹かれるように向かっていた。
そこに彼女がいるかなんてわからないのに。
彼女は本当にそこにいた。
木が伐採されて残った切り株に座って、まだ薄暗い空を、目に焼き付けている。
眺めている私に気づいたのか、彼女は私に小さな手で、手招きをした。
彼女に気づいて貰えて、嬉しくて、少し早歩きで、手招く方に向かった。
「やっほ、エリ。起きてたんだね」
「うん。今日は早く起きちゃったんだ」
切り株は大きく、2人が座っても、まだ人が座れるスペースがあった。
背中合わせで座ると、彼女の小さい背中が、服越しに擦れた。
彼女の体温は、少し冷たく、体温が高い私に触れたら、溶けてしまうのでは無いのかと思った。
彼女の顔を伺うことは出来ないが、私達はきっと同じ空を眺めている。
少し時間が経って、気まづくなってきた時、彼女は私を呼んで、続けた。
「私が今日死ぬとしたらどうする?」
少し微笑んだ彼女の顔からは、なにか悟ったような気配を感じた。
私と彼女は、見つめあった。
「悲しい。悲しいよ、もし居なくなるとしたら」
彼女の、寂しそうで、少し涙ぐんでいるような顔を見て、本当に今日死んでしまうのか、と少し信じてしまいそうな感情さえ感じてしまった。
もしかして、と聞こうとする前に、彼女が先に話を切り出した。
「私の能力は、『 満月の日の夜に、身体能力が最大限強化される』なんだ。でもこの能力には、最大の欠点があるのを知ってる?」
彼女の涙は、いつの間にか乾いていた。
「この世界で、天文的な能力を生まれつき持っている人は、必ず13歳で死んでしまうんだ。私が生まれたのは12年前の今日。もうわかってると思うけど、今日が最期のバースデイなんだ。」
彼女の告白に、私は分かりやすく呼吸を乱した。
とても長い年月をともに過ごした訳でもない。それなのに、この溢れくる涙はなぜ?
私は返信がこない自問自答を繰り返した。
だが、質問をする度に、大きなナイフが刺さったような、傷が増えていくだけだった。
彼女は、私に刺さったナイフを1本1本抜いてくれるように、優しく腕の中に包み込んでくれた。
彼女の体温は冷たいはずなのに、触れ合っているだけで、火傷しそうなほど、熱く感じた。
暫くの間、抱き合った私達は、ようやく手を離した。
「そろそろ帰ろっか」
彼女は、私を産んだ人のように優しく話しかけた。
私は、頷いて、大きな切り株から腰を上げた。
いつの間にかもう空も、薄く橙色がかかってきていた。
そして、町の入口の門をくぐる頃には、町のみんなは、活気づいていた。
家へ戻る前に、ユウリとミツキのお見舞いに行くために、少し食べ物を買ってから、病院に行った。
彼女は、病院の前で待っていると言い、私にそっぽを向いてしまった。
そして、病院に入り、ユウリの病室に行き、ドアを開けると、彼は、もう起きていた。
「あ、エリちゃん。こんにちは」
ユウリは、花が咲いたような笑顔で、私に挨拶をした。
「これ、お見舞いで買ってきたんだ」
ユウリに、甘い飴が入った袋を渡した。
袋には、ブレスタン味と書いてある。
「ありがとう。この味好きなんだよね」
ユウリは、受け取ると、私に、ゆっくり食べるから、と言った。
私は、それに応じる形で、病室を後にした。
次はミツキの部屋だ。
「お、エリ」
ミツキは、少し元気がなさそうに言った。
少し心配になり、体調のことを聞いたが、私は何時でも絶好調だぞ!と言うので、心配しないことにした。
「この病室はつまらないんだ。ずっと幽閉してきてサ〜。まぁ、あのこわーい医師が極たまに鎌を持ってきてくれるからいいんだけど...」
ミツキは、退屈そうに言った。
「ミツキ、これお見舞いのもの」
「んヌ、なんだ?」
ミツキは、私が渡すよりも先に袋を覗いた。
「これ、私が好きなすっぱい果物じゃないか!なんで知ってるんだよ」
「ミツキこれ見る度に食べてたでしょ。気づかないわけないよ」
ミツキは目を輝かせ、果物を手に取ると、勢いよく食べ始めた。
そして、1分にも満たない時間で平らげた。
「やっぱり美味いなこれ。また買ってきてくれよ〜明日でもいいから!」
「はいはい」
私は適当にあしらう。
そして、そのまま病室を後にした。
病院の前にいた彼女は、やっとか、といった様子でため息をついた。
「こういうのめんどくさくて嫌なの。冷たいと思われるかもしれないけど」
彼女は、つららのように言い放つと、家の方へ歩き始めた。
私も、彼女の背中を追いかけた。
もう光は、沈みかけていた。