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人魚な王子  作者: 人魚な王子
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第3話

 彼女が振り返った。

その姿に、忘れていた胸の傷が疼く。

そっと手を伸ばし、彼女の頬に触れた。

こぼれ落ちそうな涙を、こぼれる前に僕は拭い去ってあげる。

なんだか懐かしく感じるのは、きっと彼女の着ている制服が、出会った頃と同じものに替わったせい。


「そうじゃないよ」

「じゃあどうして?」


 連れてこられたのは、自販機前の広場だ。

ここのベンチに座って彼女と過ごしたのが、もう随分遠い昔のよう。

僕は返事の出来ない代わりに、あの時と同じ場所に腰掛ける。


「岸田くんから聞いた。宮野くん、人間になれてなかったって」

「そうだよ」


 僕は奏に会えてよかった。

それは今でも、心からそう思っている。


「だからあんなに、無理矢理キスばっかしてきたんだよね。それなのに、ダメだったなんて……。おとぎ話の本当の続きって、思ったより残酷なんだ」

「そうでもないよ。僕は分かってここに来てたし」

「私はそれを、ずっと知らなかったんだよ?」


 奏が怒っている。この僕に。

ぶつけられる感情があるだけ、僕はよかったと思ってる。


「だって、本人には知られちゃいけないってのがルールなんだ。だからもう、終わったんだよ」

「終わりは、次の始まりじゃないの?」

「あはは。まぁそうなんだけどね」


 僕は目の前に立ったままでいる彼女を見上げた。

奏が僕を思ってくれていることがうれしい。


「僕は人間になれなかった。だからこの挑戦はもう終わったんだ。春が来る前に、僕は海の泡となって消える。だから次の夏に泳ぎたくても、泳げないんだよ」


 奏は僕のすぐ隣に、ぱっと腰を下ろした。


「でもさ、それって本当なの? 私は……。今でも、宮野くんのこと好きだよ」

「そう。じゃあキスしてみる?」


 そう言ったのは僕の方なのに、言った自分の方が怖くなってしまった。

これでもし人間になれなかったら? 

やっぱり僕は、奏のことを信じられなくなってしまうのだろうか。

それとも今度は、自分のことを? 


 自分の言葉に動けなくなった僕の前で、うつむいたままの彼女も動かない。

伸ばした指先で、彼女の唇に触れた。


「もうキスはしない」


 僕たちはその代わりに、しっかりと手を繋いだ。


「自分を助けた人魚だと知られたとたん、それは同情に変わるんだって。そしたらこの魔法を解くことが難しくなってしまうから、知られない方がいいって言われたんだ。罪悪感とか義務感で結ばれても、うれしくはないよね」


 奏のことを、本当に好きになりたかった。

自分のエゴなんかじゃなく、彼女にも僕を好きになってほしかった。

僕が海を出たいと思ったのは、自分を取り巻く世界を変えたかったから。

それが叶わないのなら、僕なんていう存在はこの世から消えてなくなればいいと、本気でそう思ったんだ。

だから僕は海を出た。

後悔なんてない。


「やっぱり、私のせいなの?」

「それは違う! 奏のせいじゃない。僕のせいだ。僕が君のことを……。本当の意味で、好きじゃなかったってことだよ」


 こんなこと、彼女にも言いたくなかった。


「ごめん。ごめんね。悪いのは全部僕だ。僕のわがままに、結局付き合わせちゃった」


 本当にごめんなさい。

僕はワザとらしく小さな声を出して笑う。


「見透かされちゃった。僕が海の生活に飽きてただけだって。人魚の寿命は長いからね。そこから抜け出すための理由なら、なんだってよかったんだ。奏が悪いんじゃない。僕が悪かった。だから、奏には怒ってくれている方がうれしい」


 そしたらこんな僕でも、少しは気が楽になるから。

最後まで甘えてごめんね。


「怒ってる。怒ってるよ」


 繋いだ手の、指先が深く絡まる。

強く握りしめた彼女から伝わるぬくもりに、僕は崩れてしまいそうになる。

「だから今度は、宮野くんが私に付き合って」

「もちろん」


 奏のお願いなら、なんだって叶えてあげる。


「僕は僕の全てを、君に捧げに来たんだから」

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