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人魚な王子  作者: 人魚な王子
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第16章

 夏休み中も、ずっと毎日通っていた部活が終わった。

もうすぐ学校が始まる。

そんな夏休み最後の、何もないある日の午後、僕は一人で海を見に出かけた。

本当にたった一人で遠くまで出かけるのは、これが初めてで、僕はもう随分と海から遠いところで暮らしていたんだと思った。

電車に乗って、迷いながらバスに乗り、ようやく海岸にまでたどり着いた時には、すっかりお日さまは西に傾き始めていた。

海水浴シーズンも終わり、人の減った海岸を、いつも見ていたのとは逆の立場で見ていることに、不思議な気持ちになる。

僕が海から見ていた人間は、こうやってここにたどり着いていたんだ。


 砂はサラサラしすぎていて、すぐに靴に入って来て歩きにくくなる。

僕は出来るだけ砂が入らないよう、用心深く砂浜で足を運んだ。

その歩き方は、まるで人間みたいだ。

そのことにおかしくなって、ちょっと笑う。

砂浜からせり出した防波堤に上り、そこからまた波消しブロックに飛び乗る。

この場所はよく知っている。

僕はよくここに隠れて、浜辺に集う人間を見ていた。

奏はここから海に落ちたんだ。


「はは。こんなに近かったんだ。そりゃ見つかるよね」


 僕は今その場所で、夕陽が沈むのを待っている。

海から見ていた時には、見えなかった景色が見える。

遠くに走る車とか、街の様子とか。

電車だって、見たことはあったけど、まさか自分がそれに乗って海に行く日が来るなんて。

僕はまた面白くなって、ちょっと笑った。

目的地にたどり着いた僕はそこに腰を下ろすと、じっとその時が来るのを待っている。


 太陽はゆっくりと、だけど確実に沈んでゆき、海の向こうにすっかり姿を消した。

以前から、夜になってもなんて地上は明るいんだろうと思っていたけど、本当に眩しいくらいに明るくて、ここからでも明るい空に星が見えない。

僕は月の位置と、辛うじて見えるいくつかの星を数えながら、じっと待っている。

黒い小さな波が、ブロックの壁面に打ち付けては引き返すのを、飽きることなく見ている。

そんな僕の目に、パシャリと何かが跳ねた。

時間だ。


「これを返しに来た」


 僕は、海の魔女から渡された銀のナイフを水面すれすれにかざす。

細長い刀身と、柄には繊細な波を模した細工が施され、魔力を秘めた宝石がちりばめられていた。

暗い水底から用心深くぬめりとした手が現れ、それをパッとひったくると、海に消える。


「ありがとう。感謝してるって、みんなにはそう言っといて。また会える日を、楽しみにしているよ」


 このナイフを返すのは、もう人魚として海には戻らないという伝言。

人間として生きるか、海の泡になって消えるのか、その選択をしたという証。

僕は海の泡となって、ここに戻ると決めた。

だから寂しくはない。

また途方もなく長い年月を、それは記憶がなくなるほどの果てしない時を、この海で漂いまたいつか生まれ変わる。


「またね」


 遙か沖で、鋭い爪と細かな鱗に覆われたヒレのある手が浮かび、僕に手を振った。

ぽちゃりとそれが沈むのを見届け、僕は安心する。

これでもう大丈夫。

全ての儀式は終わった。

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