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人魚な王子  作者: 人魚な王子
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第4話

 奏に散々言われたから、もちろん言われた通りにしてるけど、絶対にこんな風に両腕をぐるぐる回しながらジャンプして泳がない方が、速いのにな。

そんなことを考えながらも、2度目のターン。

潜ったまま泳いでいいのは15mまでと決められているから、最初の蹴りからすぐに水面に浮き上がらなければならない。


 泳ぐこと一つにも色々と面倒くさい。

最後のターンが終わって、スタートラインに戻った。

ちゃんと壁にタッチしてから、立ち上がること。

ふぅ。ちゃんと出来たよ、奏。


 泳ぎ終わった僕の耳に、場内の大歓声が響いた。

振り返ると、まだ他の人間は泳いでいる。

だけどまぁ、端っこだからよかった。

すぐにプールから出られるし。

急いで奏のところに帰らなければ。

どんな時だって出来るだけ長く、彼女と一緒にいたい。


「すごいな、君!」


 更衣室に戻る途中、知らないおじさんにいきなり声をかけられた。

白い服を着ていたから、きっと審判の人だけど、とにかく早く観客席に戻りたい方が強かった。

ペコリと頭を下げただけで許されるのは、ちょっと便利。

体を拭いて、ロッカールームを出る。

交代で入る次の部員が、なんだかニコニコで片手をあげ、「ハイタッチ!」って言ってきたから、同じように片手を上げたら、その手をパチンと叩かれた。

ちょっと痛い。

いずみから言われた通り、ロッカーの鍵を渡しただけなのに、なぜか抱きつかれたりして、またちょっとびっくり。

観客席に戻ると、今度はいきなり岸田くんが抱きついて来た。


「やっぱお前、凄いよ!」


 いずみが泣いている。奏の目も赤い。

僕のところに、今までずっと今回僕の泳いだバタフライの200を泳いでいたという男の方の人間が来て、僕に言った。


「ゴメンな、宮野。やっぱお前がうちに来てくれて、よかったよ」


 ぎゅっと握手をして、肩に腕を回されたので、よく分からないけど同じように返しておく。

周りの人間はみんな喜んでいるようで、温かな拍手が起こった。

僕と同じ学校ではない、観客席の周りにいる他の知らない人間まで、こっちに向かって手を叩いていた。


「次も期待してるぞ」


 岸田くんが本当に嬉しそうに、ぽんと僕の肩に手を置いた。

電光掲示板に出た記録に、場内がどよめく。

1分55秒09。

高校生男子の、日本記録に迫る勢いだ。


「おめでとう」


 奏にそう言われて、僕はようやく、ほっと安心できる。


「ね、大丈夫だった? どっか失敗したり、間違えたりしてなかった?」

「バッチリ問題なし。大変よく出来ました」


 奏の声が震えている。

彼女の手が右の目をこすった。

やっぱり泣いたんだ。

なんだかそれが、彼女に悪いことをしたようで、僕は彼女に謝りたくて、そう思って両腕を前に差し出したのに、彼女は僕の胸に自然と体を寄せた。

ぎゅっと抱きしめる。


「ねぇ、なんで泣いてるの? 僕は奏を泣かせるために泳いだんじゃないよ」

「はは。これはうれしくて泣いてるんだから、大丈夫だよ」


 奏がそう言った直後、別の男子部員が僕の上に抱きついてきて、また別の女子部員も抱きついて来て、岸田くんやいずみまで一緒になってくるから、密集したイソギンチャクみたいになってしまった。

ぎゅうぎゅうすぎて、重いし暑い。


「ほら。宮野くんは次もあるんだから、今のうちに食事をとっておいて」


 いずみに言われて、ようやくみんなは離れる。

こんなに色んな人間に、いっぺんに触られるのも初めてだ。

岸田くんはそのまま残って、なんだかごちゃごちゃ色んなことを、僕に話しかけてくる。


「いいか、食べながらよく聞け。次の100は、お前のさっきの200の泳ぎで、完全にマークされてるはずだ。絶対にスタートで飛び出すなよ。ターンとタッチは……」


 ここに来る前にみんなで寄ったコンビニで、奏の選んでくれたおにぎりを食べている。

その横で岸田くんがいつも以上に熱く語っているけど、僕たちが速く泳ぐのは、乱暴なシャチやサメから逃げるためだったり、ハマチやカツオの群を追いかけるためだったりする。

ただ泳いでスピードを競うための話しじゃない。

もちろんそういうことだって、全然しないワケじゃないけど、岩や潮の流れもない真四角でのっぺりとした箱の中を泳いでも、あんまり楽しくはない。

僕はそういう、ただ何かをやり続けるということには、もう飽き飽きしている。


「だから、ここは……って。おい、宮野。ちゃんと聞いてるか?」


 僕は食べ終わったおにぎりを包んでいたビニール袋を、ぐしゃぐしゃと丸めながら一息つく。


「次も一番で泳ぐよ」

「お、おう」


 おにぎりは美味しいけど、あんまり好きじゃない。

さけやいくらのおにぎりは好き。

岸田くんはまだ何か言いたげな顔をしていたけれど、結局そのまま、何も言わずに立ち去っていった。

申し訳ないけど、僕はプールで泳ぐために海から上がったんじゃない。


「奏は?」

「次の個人メドレーのために、更衣室へ行ったよ」

「そっか」


 彼女と一緒にいられるのなら、どこへだって行くし、何だってする。

それだけのこと。


 次の競技に出場する奏が、プールサイドへ出てきた。

個人メドレーの2組目、5番レーンだ。

彼女はどんな気持ちで、あそこに立っているんだろう。

その思いを少しでも知りたくて、そのためだけに僕はここにいる。


 合図があって、彼女は台に上がった。

その美しい体を曲げる。

スタートと共にしぶきをあげ、水に飛び込んだ。

彼女の望みなら、なんだって叶えてあげるのに。

そうしたらきっと、僕の本当の望みを、彼女は叶えてくれる。

その唯一の人に、僕は彼女を選んだ。


 奏はぐんぐん調子よく泳いで、また2位でゴールした。

記録は少し伸びたみたいだけど、タイムは2分46秒28。

悪くはないけど、よいとも言い難い結果だ。

だけどそんなことは、僕にはどうだっていいんだ。


「お帰り」


 泳ぎ終わって2階席に戻って来た彼女に、声をかける。


「ただいま」

「奏、凄く上手に泳げてたよ」

「はは。ありがとう。宮野くん、次の100に行かなくていいの?」


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