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人魚な王子  作者: 人魚な王子
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第2話

 ならよかった。

昨日あんなことがあって、奏はもう学校に来ないかもしれないし、岸田くんのことも嫌いになっちゃったのかもしれないと思っていたけど、奏も岸田くんも、いままでと変わらない感じで接している。

彼女のことが心配で、本当はずっとそばから離れたくないけど、もうそんなわけにはいかない。

岸田くんがやって来て、奏に言った。


「やっぱちゃんと話せば、分かってくれる奴なんだよ。な? コイツいい奴だよ。奏もそう思うだろ?」

「うん。私だってそう思ってたよ」


 岸田くんはずっと奏の前で僕のことを褒めちぎってくれてるけど、なんだか寂しそうに微笑んだ奏は、ぽちゃりと水中に沈んだ。

プールに張られたレーンを移動すると、壁を蹴る。

キラキラとした水しぶきを上げ、彼女は泳ぎだした。


「よかったな。奏に褒めてもらえて」

「そうなのかな。なんだかそんな風でもなかった気がするけど……」


 岸田くんは満足したように僕の肩をぽんと叩くと、自分も泳ぎ始めた。

奏が喜んでくれたのはもちろんうれしいけど、僕に残されたモヤモヤしたものが、自分でもなんだかよく分からない。

近づいてきたいずみは、黄色くて長い髪をサラリと耳にかけた。


「岸田くんから聞いたよ。なんで突然言うこと聞くようになったのか」


 そうだ。いずみも僕のことを知っている一人だった。


「私は応援するよ。奏と宮野くんのこと。もっと本気で頑張ってほしいから」

「本当に?」

「約束する」


 いずみとの約束。

僕はこれから先、どれくらいの人とどんな理由で、どんな約束を交わすのだろう。


「きっとみんなにも、奏にするみたいに優しくしてる方が、奏も宮野くんのこと、好きになってくれると思うよ」

「本当に?」

「本当。嘘は言わない」


 いずみは「うん」と力強くうなずく。

そんなこと、考えもつかなかった。


「だから、ちゃんといい人アピールしておいで」

「いい人アピール?」

「みんなに泳ぎ方を教えるってこと!」


 いずみに言われた通り、僕はみんなから聞かれたことに、色々ちゃんと真面目に答えることにした。

泳いで見せてって言われたら泳いだし、息継ぎのコツも体の使い方も教えた。

それだけじゃなくて、好きな教科とか苦手な先生、昨日食べたものとかにも、聞かれたことにはちゃんと返事をした。

イカとかワカメとか。


 そうやってしていても、奏の方から僕に話しかけてくれることは少なかったけど、それでもふとした合間に彼女と目が合うと、今までにない穏やかな笑みを浮かべてくれるようになった。

いずみの言うことは、嘘じゃなかった。

時々岸田くんの方を、寂しそうに見る彼女の目は変わらなかったけど。


 そんな日々が続き、雨が降ってプールに入れなかったある日、みんなを別の教室に集めた岸田くんが話し始めた。


「もうすぐ今年の予選会が始まります。それに向けてなんですが、今年は色々と変更を予定していて……」


 僕は岸田くんのアドバイスを受け、バタフライに出場することになっている。

他の部員たちと、出場種目を調整してくれたんだって。

一人でどれもこれも全部泳ぐってのは、出来ないかららしい。


「記録会だからって、気を抜くことのないようお願いします。この成績で、うちの学校のランクが決まることになるんで」


 このあたりの水泳部員がみんなで集まって、記録会というのをやるらしい。

公式の大会でちゃんと泳いだ記録を持っていないと、どれだけ速く泳いでも認められないんだって。

選手の登録は、期限ギリギリでいずみが済ませてくれていた。


「特に宮野!」


 突然、岸田くんは僕を名指しする。


「すぐに途中でフォームがくずれ過ぎる。お前の泳ぎは確かに速いが、それでは世間に認められない!」

「あーもう。それ何回も聞いた」


 両手で耳をふさぐ。

泳ぐスピードを競うのに、どうして自分の得意な、より速い泳ぎ方で泳いではいけないのか。

なんでそれを禁止されているのか理解できない。

水中で長く潜るのは禁止とか。


 頻繁に息継ぎをしなければならないという、人間特有の泳ぎ方で競うから、仕方ないのかな。

みんな一緒にーみたいな?


 僕の泳ぎ方だと、他の人間はとてもびっくりするらしい。

だから、知らない人には、あんまり見せられないんだって。

だから僕が出るのは、バタフライだけなんだって。

トビウオみたいにぴょんぴょん跳ねる泳ぎ方は、海にいた時も遊びでよくやってたし、慣れてるから別にいい。

他の泳ぎ方も出来ないわけじゃないけど、もっと早く泳げる方法があるのに、ワザとヘンな泳ぎ方で競争しなければならないのは、ちょっとしんどい。

僕にはどうしても、死にかけの魚みたいに感じる。

だけどここは人間の世界で、人間が人間同士で決めたことだから、そのルールに従わないといけないことは理解できる。

僕だってこれから、その人間になるワケだし。


「他のみんなも、それぞれの出場種目と、公式ルールの再確認をお願いします。あとはとにかく、練習だ!」


 おー!! という歓声が上がって、その日は筋トレ。

雨の日はいつもそんな感じ。

晴れて気温の高い日は、毎日プールに飛び込む。

人間流を覚えなくちゃいけないって言われたけど、結局自分の泳ぎやすいようにぐるぐる腕を回していたら「完璧だよ、宮野くん! やっとコツをつかめるようになったんだね」なんて、奏にほめられたりしたから、きっとそういうものなんだろうと思う。

この世界に生まれ出た瞬間から泳いでいた僕にとって、こんな狭いプーを真っ直ぐ往復するだけってのは、楽しいを通り超して狂気じみている。

奏が好きじゃなかったら、きっと好きじゃなかった。


「やっとフォームが固まってきたね。もともとドルフィンキックは得意だし、あとは腕のタイミングだけだったもんね。バタフライって苦手な人も多いから、メドレーリレーに宮野くんが入ってくれれば、心強いかも」


 いよいよ記録会とかいうものが近づいてきた日、真夏の太陽に照らされ、ギラギラ光る水面のプールで、奏は言った。


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