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人魚な王子  作者: 人魚な王子
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第7章 第1話

 4月になった。

咲き始めたと思った桜は、あっという間に満開になって、せわしなく散っていく。

花が咲くのも一瞬で、その時には葉もつけずに花しか咲かせない木なんて、初めて見た。

この一瞬の美しさのために、他を捨て全力を注いで生きるなんて、きっとそんな生き方には無理がある。

僕には出来ない。

散ってゆく花吹雪を見上げながら、そんなことを思った。


 クラス替えというのがあったけど、また奏と岸田くんと一緒になれた。

いずみとは今回も別のクラスだ。

教室が二階から一階に変わって、先生はそのまま。

同じ教室に入っていた他の人間のいくつかは変わったけど、別にどうってことはない。

奏と一緒だから大丈夫。


 新入生歓迎会というのがあって、奏に言われて大勢の人間の前に立たされた。

体育館のステージ上に、他にも水泳部の人が何人かいたからよかったけど、同じ年に生まれた人間の、これだけの数を一カ所集めるなんて、凄い。

世界中の人魚を集めたって、決して敵わないだろう。

そんな人間の力に改めて驚く。

だけどそれはそれでなんだかずっとざわざわしていて、みんなから見られているようで、居心地はよくない。

岸田くんも奏もやたら張り切っていたけど、僕はステージの上に立ってずっと困っているだけだった。


 それからしばらくして、新しく入部してきたとかいう一年生たちと一緒になって、僕はやっぱりプール前で筋トレをしている。

変わったことと言えば、草木が生えてきたことと、吹く風が生ぬるくなったことくらいだ。


 新しく高校に入ってきたという彼らは、筋トレも初めてなのかと思っていたのに、僕よりもずっと上手にちゃんと出来ていた。

僕がここへ来たばかりの頃と同じように、彼らも僕を不思議がる。


「宮野先輩、こんなんで大丈夫なんですか? なんか、プールで泳いだことないって」

「うん。だけど、これでも大分上手になったんだよ」

「そうなんですか? でも宮野先輩がいてくれるから、初心者でも安心して入部出来ました!」


 なんだかよく分からないけど、この一年生たちというのは、僕にも遠慮なく話しかけてきてくれるのが、ちょっと嬉しい。


「宮野先輩、めちゃくちゃカッコいいですよね。髪と目は黒いけど、髪の毛めっちゃくせっ毛だし」

「そうかな。普通だと思うけど……」

「アラブの大富豪の息子っていう噂は、本当ですか?」

「えーあーうん。ゴメン。よく分かんないや」


 じめじめしたプール前の空き地は、それほど広いわけじゃない。

その狭いところで何人かに詰め寄られて、僕にはどう答えていいのかが分からない。

奏に仲良くしろって、優しくしろって言われてるから、そうしてるけど、本当はかなり困っている。

その困っているところに、奏が来た。


「ほら。遊んでないでちゃんと指導してあげて」

「そんなの無理だよ。奏が一緒にいてくれるなら、頑張る」

「別に私がいなくったって、平気でしょ?」

「いやだ。僕は奏がいないと何もしたくないしやりたくない」


 それを聞いていた一年生たちは、目をまん丸くした。


「え! お二人は付き合ってるんですか?」


 季節はすっかり春になっていて、ぽかぽか陽気に照らされたこの場所も、そこそこ居心地は悪くない。


「違うから!」


 奏はすぐにそんなことを言って、怒っているけど、最近は普通に話してくれるようになった。

照れてしまうのは、僕を気にしているからだというのも、なんとなく分かる。

紅藻色のジャージの裾をひるがえし、去ってゆく彼女の後ろを追いかける。


「ねぇ待って。奏。僕は……」

「調子乗らないで。これ以上近づくのは禁止」


 そんなことを言われても、僕はちょっとうれしくなってしまっているから、止められない。


「無理だよ奏。奏と一緒じゃなきゃ、僕はなんにもしたくないんだから」

「これからいずみが説明するから、一緒に聞いてて。じゃあね」


 彼女のいう通り、プール前の広場にすぐにいずみがやって来た。

だけどその隣には岸田くんもいて、結局岸田くんが全部しゃべってる。

相変わらず筋トレばかりの日々だ。

こんなので新しく入って来た一年生とかいう人たちは、つまらないってすぐに辞めちゃうんじゃないかと思ったけど、そうでもないみたい。

他の運動部はいろんなことしてるのに、そこだけは本当に不思議だ。

そんな日々が続いている。


 筋トレが終わって部活が解散になると、僕はいつも広場のベンチで奏を待つ。

一日のうちで彼女と一緒にいられる最後の時間だ。

僕の方から奏に話しかけてはいけないという約束はまだ続いていて、更衣室から出てきた彼女の方から、声をかけてくれることはない。

それでも少しでも奏の側にいたくて、僕はここで彼女を待つ。

奏はいつも最後に出てきて、いずみと一緒に鍵をかけた。


 彼女はいつもベンチに座っている僕をチラリと見てから、そのまま他の人間たちのところへ行ってしまう。

そこには岸田くんといずみもいて、しばらくおしゃべりは続く。

すっかり日の落ちた真っ暗な学校の片隅で、僕は彼女の横顔をじっと見ている。

この時間だけは誰にも、奏にも邪魔をされない唯一の時間だ。

僕は奏に気づかれないよう、暗闇に浮かぶ彼女の横顔を見ている。

最近は一年生たちがやってきて、色々話していくこともあるけど、数回で飽きたのか、今ではほとんど来なくなった。


 いつの間にか春も過ぎ去り、夏の気配が漂う夕暮れ。

部員たちのそれぞれのおしゃべりが終わると、順番に人は散っていく。

校門へだらだら向かう集団に紛れ、奏が歩き出すのを待って、僕はちゃんと距離を置いてついてゆく。

こっちから近寄るのもダメっていう約束だから、それもちゃんと守ってる。

だからきっと、もう奏は僕に怒らなくなったんだと思う。


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