スキル
「マナカー、お腹空いたー」
重たい沈黙を破るように、ニトイくんが突然間抜けな声をあげた。
「うーん、そう言われても、私は料理の類は不得手ですから」
「え、そうなんですか?」
「おや、意外でしたか」
「何となく、何でもそつなくこなせる人なのかなーと」
まあ彼らの壮絶な過去を思えば、掃除とか料理とか、そんな日常的なことを難なくこなす方が難しいのは当然か……いやまあ、壮絶な過去がないくせに家事が苦手な私が言うことではない。
「めんどくさいけど作るかぁ」
渋々立ち上がったニトイくんは台所に向かい――その姿を、モモくんのものに変化させる。
そしてあらかじめ蓄えてあったであろう食材を見繕い、テキパキと料理をし始めた。
「……」
「ニトイの変化を見るのは初めてでしたか?」
「あ、いえ。イチさんや私に姿を変えたのは見たんですけど……改めて自然にやられると、まだ慣れません」
「あれが彼のスキルですから。便利な物は使わないと損ですしね」
魔法を越える力、か。
確かに、いくら魔法と言えど、あそこまで完璧に他人に成り代わるのは難しいだろう。顔だけでなく声や体格まで変わり、身につける衣装まで他人の物になるのだから。
「でも、どうしてモモくんに変わったんでしょうか?」
「彼のスキル、【カメレオン】は、ただ姿形を変えるだけではないんです。変化した相手の能力までもコピーすることができるんですよ」
なるほど……だからニトイくんは、料理の上手いモモくんに変身したわけだ。泥棒を追う時は身体能力の高いイチさんになっていたし、見事にスキルを使いこなしている。
「本人曰く、変化するのが苦手な相手がいるようです。イチやモモなんかは、結構苦手な部類らしいですよ。私は比較的得意らしいです」
「……言われてみれば、やっぱりモモくんとはどこか雰囲気が違いますよね。本物はもっとこう、愛嬌があるというか」
「二人して陰口とか、性格悪いね~」
不意にくるっとこちらに振り向いたニトイくんが、不機嫌そうに眉をひそめる。雰囲気が違うとはいえ、やはりパッと見ではモモくんと区別はつかない。
「マナカは自分のスキルがすごいからって、すぐ僕を見下すんだ」
「誤解ですよ、ニトイ。君のスキルは素晴らしい」
「そう? やっぱり?」
一瞬でご機嫌になった彼はまな板の方に向き直る。
「……マナカさんのスキルって、どんなものなんですか? あ、その、秘密なら気にしないでください」
「別に隠す程のことでもないですよ。私のスキルは【マジック】と言います」
「マジック、ですか」
「ええ。その能力は至って単純で、魔力を極限まで高めることができるんです」
「魔力を高める……? マナカさん、魔法が使えるんですか?」
「はい。私のスキルのコンセプトは、魔法を越える魔法でした。実験も折り返しになる五〇番目ですから、原点回帰の考え方をしたようですね」
本来、彼らは魔法を越える力を宿すために集められたはずだけど、マナカさんはその魔法を極める方向でスキルを与えられたのか……研究者の考えることは全くわからない。
ナンバーズ計画なんていう非道なことをする人たちの考えなんて、そもそもわかりたくないけれど。
「マナカの通り名は『魔王』なんだよ。人畜無害な顔して、こわーい奴なんだ」
ニトイくんが口を挟んできた。意地の悪い瞳でマナカさんを見つめ、くすくすと笑っている。
「不本意ながら、そう呼ばれてはいますね。まあ通り名なんてあってないようなものですから。仕事をスムーズに進めるための記号ですよ」
「そ、そうですね……」
魔王と喋っているんだと思うと、溶けかけていた緊張が再発してきた。
私も大概単純である。
「さっ、できたよ」
モモくん……じゃなかった、ニトイくんは美味しそうな匂いを振りまきながら、テーブルの上に昼食を並べていく。
「ありがとね、ニトイくん。とっても美味しそう」
「ま、モモの力のお陰だけどね、僕は何もしてない。礼ならあのちんちくりんに言いなよ」
「ちんちくりんって……でも、実際に身体を動かしてくれたのはニトイくんでしょ? 姿は変わってても中身まで変わるわけじゃないんだから、お礼を言うならニトイくんにだよ」
「……何それ。ウケる」
彼は踵を返して台所に向かっていった。
その横顔が少し微笑んでいるように見えたのは、私の気のせいだろうか。




