剣聖だけ何故そんなに大怪我なんじゃ?
『えっ! ちょっ! 聞いてたより強――』
魔王が死んだことを確認すると、騒がしい後ろを振り向く。
「おい! しっかりしろ!」
「もう……ダメそうです……」
賢者が仰向けに倒れ、剣聖が励ましていた。それを俺は冷めた目で見つめる。
魔王と戦っていたのが俺だけだったのは、後ろでこんな茶番をやっていたかららしい。
「最期くらいは金に囲まれて死にたかったです……」
最期の願いはそれでいいのか。
「おい、何ぼーっとしてるんだよ! 仲間が死にかけてるんだぞ!」
脳筋で、どこも怪我をしていないことがわかっていないらしい。
「くだらないことやってないで、帰るぞ」
「待ってください……僕の最期のお願いです……金庫から金を持ってきてくれませんか……」
普段、敬語なのにお金だけ金って言うのやめてくれ。
「金庫は罠だらけだって情報があるだろ」
「絶対嘘ですよ! ここまで苦労してきたのに、王に全部横取りされますよ! あ、やべっ」
元気になったではないか。慌てて目をつぶったところでもう遅いんだよ。
これで、さすがの剣聖でもだまされたことに気付くだろう。
「おい! ここであきらめるなぁ! 一緒に苦労してここまできたんだからぁ!」
涙を流しながら、必死に起こそうと殴る。気づけよ!
「グハッ! ガハッ!」
うわぁ……無傷だった賢者の鼻からドバドバ血を流れているよ。
「剣聖さん、それに勇者さん……お願いできませんか?」
これだけ殴れれても、お金を諦めない精神がすごい。
ここまで瀕死のふりをするのはお金が欲しいけど本当に罠があるかもしれないから持ってきてほしいということらしいな。
うん、クズもここまでくると清々しい。
「騎士の誇りに賭けて、このアルバートは絶対にお金を持ってくるぞ!」
そんなのことに騎士の誇りを賭けるな。
「アルバートさん、お願いします」
賢者が慌てて名前に言い換え、もう一度お願いする。
絶対今、名前思い出しただろ。俺もだけど。
「えーっと……勇者! お前も来い!」
俺の名前はミナトだ。それに行かない。
「何故なんだ! 三人一緒に強敵……は倒してないな。三人一緒に酒を……勇者はいなかったか。三人一緒に……」
おい! 俺だけ飲み会ハブられてるぞ!
「とにかく、多くの時間を共にした仲間が死にかけてるんだぞ」
「共にしてないし、死にかけてない」
「何言ってる! こんなに血が出てるんだぞ!」
その血、お前のせいな。
「クソっ! オレ一人で行く!」
そう言い残し、魔王城の奥へと姿を消した。
「フフフフ……」
賢者の笑いが魔王より悪っぽい。
「さて、邪魔者がいなくなったところで相談しますか……金の分配のね!」
「そんなことより、剣聖を連れ戻しに行くぞ」
すると、不敵に笑い人差し指を立て。
「ちっちっち、甘いですね勇者さん……金の分配をめぐって争いが始まることは討伐後によくあるんです。早く相談しないと大きな戦いが起こりますよ?」
よくあることじゃないし、お前に報酬はやらん。
「このままだったら、剣聖に持ち逃げされるぞ」
あの脳筋はそんなことしないと思うが、そうでも言わないと連れ戻そうとするのを邪魔するだろう。
「その発想はなかったですねぇ……これは一本取られました。やはり、勇者さんも僕と同じ人間なんですね」
資本主義の豚と一緒にするな。
剣聖の後を追い、しばらく走ると壁にもたれて座る剣聖がいた。
「どうしたんだ! えーっと……剣聖!」
「やはり来てくれたか……勇者、オレのことはいいから行ってくれ、賢者が待ってるだろ?」
賢者は俺の後ろにいるが気づいていないようだ。それより、誰と戦いこんなに痣だらけになったのかが気になる。
「何にやられた?」
「最強のスライムがいてよぉ……銀色のスライムだ、あいつはただもんじゃない……」
剣聖が指をさす方向を見ると、怯えて体をプルプル震わせているメタルスライムがいた。
いや、なぜ負けた! 仮にも剣聖。王国一の剣士がスライムより少しだけ防御力の上がったメタルスライムに負けてどうする。
「金庫はどこですか?」
なにも気にせず、賢者が言う。
「間に合わなかったか……オレには幽霊になってもお金を求める賢者の姿が見える」
「冗談言ってないで早く教えてください!」
割と冗談じゃないな。賢者が死んだら、金への執念で悪霊になりそうだ。
「せめて、棺にお金をいっぱい詰めてあげたいな……」
そんなお葬式は嫌だ。
「おお! いいですね」
いいですね?
「ほら、もう帰るぞ。国民を早く安心させてやるのが俺たちの役目だ」
「待ってください、金がすぐそばにあるんですよ?」
お前、どんな顔して賢者を名乗ってるんだよ。
「どうしてそんなにお金が必要なんだ?」
「僕の友達(に)、借金をしていまして早く返さないと(僕が)殺されちゃうんですよ!」
それ友だちじゃなくて、ヤミ金。
「何~!? お前の友達(が)、借金していて早く返さないと(友達が)殺されるだと!?」
ややこしくなるから、お前は黙ってろ。
「今すぐ、お金を用意しなくては!」
そう言い残し、また魔王城の奥へと姿を消した。
「あいつって……いいやつですね」
そう思うなら、利用しないでやれ。
再び剣聖の後を追い、しばらく走るとスライムと対峙している剣聖がいた。
「ここはオレに任せて先に行け!」
「あった! 金庫ですよ!」
賢者は火魔法で一撃でスライムを倒すと、金庫らしき部屋に走っていった。
「おい! 危ないぞ!」
入り口には、あからさまな落とし穴のトラップがあったが賢者はお金に目がくらんで気付かない。
「間に合えー!」
剣聖はとてつもない速さで賢者を追いかけ、止めようとするが……
「え! 賢者って飛べるの!? あ~~!」
賢者が魔法で浮遊し、楽々飛び越えるが、剣聖は勢い余って落ちてしまった。
なんで剣聖はこんなにも不憫なんだ……
「勇者さん、これを見てください! 高そうな剣ですよ!」
こんなやつを助けるために……って、それは!
「おい! やめろ! 多分抜いたら作動するタイプの……」
「抜けました!」
金庫の入り口が閉まってしまった。
もうこのパーティー嫌だ……
◇
あの後、賢者の転移魔法でなんとか脱出。
俺たちは王城へと無事帰還し、王様に報告していた。
「よくやった! 勇者ミナト、賢者クウェン、えーっと……剣聖!」
剣聖……
「「「身に余るお言葉でございます」」」
俺たちは跪くが剣聖だけ包帯でぐるぐる巻きにされ、立ったままだ。
「剣聖だけ何故そんなに大怪我なんじゃ?」
俺には言えない、『魔王との戦いではなく剣聖が落とし穴に自ら入って怪我をした』なんて……
「まあ、よい、それより約束の報酬じゃ」
命を懸けたには少ない報酬だったが、これで人々の笑顔を守れたのだ。
お金がすべてじゃない。
「王様、報酬が少ないのでは?」
賢者、台無しだよ。