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旅のおわりとはじまり  作者: 汪海妹
4/9

4 悪いのはあなたじゃない













   塔子












   死ぬ直前になってきたのだと思います。その頃になって、本当に不思議なことがひとつ起きました。大昔、本当に参っていたころがあって、あの頃何度願ってもかなわなかったのに、忘れた頃に突然起きた。


つまりは、柊二君の夢を見ました。

それも、本当に夢なのかと思えないくらい、妙にリアルな夢だった。


「塔子さん」

にこにこ笑う彼は生前のまま、若い彼のままでした。

「柊二君、やだなぁ。若いままじゃない。」

「ん?だめ?」

「だって、わたしはこんなおばあちゃんなっちゃったのに。」

「いや、自分でみてごらんよ。今、塔子さんも昔に戻ってる。」

「え?」

自分の手とか体とか確認した。

「ほんとだ。」

2人で笑いました。声をあげて。

「夢って便利だね。」

「そうだね。」

「今日はどうしたの?柊二君。わたしに会いに来るなんて初めてじゃない。」

柊二君はそっと優しく笑いました。

「塔子さん、塔子さんの人生はどうだった?」

「え?どうって……」

面食らいました。何を急に言い出すのか、この人は。


「楽しかった……かな?」

そう言ったあとにすぐに胸がちくりとした。

「ああ、でも、わたしは許されないことをしたからな。」

「それは?」

「死のうとした。それで、息子を傷つけた。」

「塔子さん……」

柊二君はとてもまじめな顔をしていました。

「どんなにつらいことがあっても、最後にはちゃんと生きました。あなたは。」

「柊二君……」

「最後にしなければいけないことが、でも、まだ残ってるよ。」

「なに?」

「自分を認めて許してあげて……」

静かな目で、でも、厳しい目だった。この人にしては珍しい。こういう少し怖い顔。

「でも……」

「あなたが認めて自分を許さないと、結局は清一が救われない。」

「……」


本当にこの人は何を突然言い出すのでしょうか?


「清一が、わたしをもっとなじればいいのに。」


ぽつりとそう言うと、柊二君は首を横に振りました。


「そうじゃない。」

「でも……」

「でもじゃない。」

「……」

「塔子さん、まだ死んではダメ。」

「え?」

「ちゃんと清一と向き合って、最後に自分を許しなさい。」


この人はほんとに……。


「自分は勝手に先に死んどいて、最後にやっと出てきたと思ったら、なんでそんな難しいことを言い出すのよ。」


自分の声は若い女の声でした。わたしは本当に大昔に戻っていた。そして、夢の中で泣いていた。


「どれだけ辛かったと思ってるの?」


全てが戻ってきました。あの時の悲しさ。突然あふれ出した。


「そう。そうだよ。塔子さん。悪いのは僕。先に死んでしまった僕なんだ。君じゃない。」


それから彼はゆっくり言った。誰も言わなかったこと。


「あなたは悪くない。」


わたしは生きてきて初めてその言葉を自分の胸に受け止めた。


「今まで、それをぶつけることができなかったんだよね。誰にも。あなたは本当に我慢強い人だから。」


柊二君はそう言いました。

そして笑った。

とても悲しい笑顔だった。


「ごめんね。塔子さん。でも、約束して。死ぬ前にちゃんと清一と向き合って、そして、自分を許してください。」


そして、消えてしまった。この人は本当にいつも消える。いつもとても白く輝いていて、そして、すぐにその白に溶けてしまうの。


***


「お義母さん、せいちゃん空港着いたって。うちに寄らずにそのまま一回病院来るって言ってました。」

にこにことなっちゃんはそう伝えた。夏休み、子供たちが先に日本へ帰国していて、息子は仕事があったので、遅れて帰ってきた。わたしはじっと彼女を見つめながら言った。


「なっちゃん」

「はい。」

「お願いがあるの、聞いてくれる?」

「なんですか?」

「清一が来たら、大事な話があるの。2人にしてくれないかな?」

ちょっときょとんとしたあとに、彼女は答えた。

「あ、はい。」

「それとね……」

いつもと同じ笑顔でこちらを見ているお嫁さんを見ながらわたしは続けた。

「申し訳ないんだけど、病室の外で、わたしたちが話している間に間違っても誰も入ってこないように、見はっててくれないかな?お医者さんとか看護婦さんとかも出直してもらってほしい。」

「え?」

わたしの言葉になっちゃんの顔から笑みが消えた。彼女はわたしをしばらく見つめた。

「わかりました。」

「ごめんね。変なこと頼んで。」

「いえ……」

わたしの顔を見て、何か悟ったのだろうか、なっちゃんは何も言わなかった。


「母さん」


いつもの様子で、清一が病室に入ってきた。なっちゃんは約束通り清一が来るとそっと部屋を出て行った。


「起きてて大丈夫なの?」

「大丈夫よ。」

息子はわたしの傍らの椅子に座りました。


「結構苦しい?」

「そうね。波があるけど。ただ、今は結構薬で痛みを和らげられるのよ。」

「そっか。」

そしてなんとなく2人で黙った。

「清一……」

呼びかけると息子はわたしをまっすぐ見ました。

「今朝ね。不思議な夢を見たのよ。」

「夢?」

「あなたの、血縁上の父親が出てきて……」

「うん。」

「まだ死んじゃダメだっていうの。やり残してることがあるって。」

「そうなの?」

「あなたとちゃんと死ぬ前に向き合いなさいって。」

息子はきょとんとした。

「向き合うって、今までだって向き合ってきたでしょ?」

「もっと、ちゃんと、最後だから……」


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