第九話
第九話
樹木が青々と揺れ動く今日、突然電話が鳴り響いた。
「もしもし、椿井です」
「あれ。始さんじゃないの」
黄色い声が耳の中に広がる。
「始さんは三月いっぱいで辞められました。私が後任です」
受話器から重く息を吐いた音がした。
「あーそうなのぉ。私、梅永と申します。前から椿井先生に作品を頼んでいるんですよぉ」
「初めまして、遠野と申します。梅永様ですね、先任より伺っております」
パトロンだ。
始さんが出ていく間際に言っていた、二人のパトロンの一人だ。
都心の高級住宅街で、何件もサロンを経営している人らしい。
「でねぇー、今回も一つしたためて欲しいんですけどー」
「伺います」
「新しくお店を立てる予定なのよぉ。今まではピンクとか赤とかのパステルカラーで統一してたんですけどねぇ。今度のは若いOLさんというより、三十代後半からのアダルトな人をターゲットにしていくのよぉ」
ぐるぐると渦巻くように話し出す言葉達を、メモ用紙に埋めていく。
「でねぇ、今度のは見た目よりも素材重視みたいな、天然のオイルとかを使う感じにするんですよぉ。外観は自然色って感じで、茶色とかベージュのでー」
茶色とベージュは自然なのか。
合間に相槌を挟みながら、会話は続く。
「とにかく自然んん、って感じのがいいのよぉ。お店の写真送るから、ちょっと確認してください」
「わかりました。先生から何通りか案を出しますので、追って連絡いたします」
「待ってるわぁ」
ぷつり、と音が途切れた。
外の人と話すのは、買い物の時以来だろうか。
久々の誰かとの訪れに、少し心が躍った。
夕食後、風呂に入らせた少年の髪を乾かしながら、連絡の件を伝えた。
「わかりました」
されるがままの少年は、息を吐くように答えた。
「ああでも今日は寝てくださいね。明日からにしましょう」
念を押す。
こうでもしないと床につかないからだ。
「はい」
普段よりうっすら低い声に、不服なのだと理解した。
僅かだが年相応な態度を示す少年に、俺は背徳感を感じた。




