第三話
第三話
朝日が射す。
昨日は始さんの意向で、身辺整理に費やした。
なにもしていない罪悪感が、心の中で音を立てる。
あの少年は結局、あれっきり見なかった。
始さん曰く、書に集中しすぎて、話しかけても通らないそうだ。
さすがに丸一日食べなければ肩をたたくと、微笑んだ顔が頭をよぎる。
布団の端に藍色の着物がある。
昨日もらったものだ。
女物でないから着るのは簡単だと、始さんに教わったが、どうも帯の縛り方に手間取ってしまう。
そそくさと着付け、一階のキッチンに向かった。
キッチンより台所といった方が適しているのだろう。
フローリングの床に木製の戸棚と、抹茶色の空間に薄黄緑色の着物が動く。
「おはようございます」
始さんがまな板から目を離す。
「ああ実之さん、おはようございます。着物、着つけられましたか」
包丁から手を離し、こちらに向かってくる。
ゆっくりと横腹に手を入れる。
「袂は少し緩めたほうが、動きやすいですよ」
世話をしてもらうという感覚が落ち着かない。
はたから見れば祖母と孫だろうか。
でも俺はもうアラサーだから、年の離れた親子にも見えるのかもしれない。
「手間を取らせました、すいません。あと、この粒粒したものは何ですか」
まとっている生地を擦り、始さんに見せる。
「ああこれは紬だからですよ。だまになった絹糸を、紡いだものです。すごく丈夫なんですよ」
なんだ引っ掻いたんじゃないのか。
少し安堵した。
「手伝います。何をしたらいいでしょうか」
「なら、雪かきをしてくださるかしら。玄関にスコップがありますから」
「朝餉ができましたので、先生を起こしましょう」
ああ、この時が来てしまったか。
会いずらいな。
「大丈夫です。寝起きはいい方ですから」
「はい」
そういうことじゃない。
的外れな発言に、異論など告げる間もなかった。
緑の空間を突き進み続ける。足先から伝わる冷たさが、冬の停滞を告げる。
椿を描かれた襖を開けた。
和布団に横たわっていたのは、真っ白な肌の少年だ。
「先生起きてください」
声をかけるが微動だにしない。
肩を揺さぶる。
「先生、朝ですよ」
身動きせず、ゆっくりと瞼が開かれた。
「朝食ができましたよ」
障子からこぼれた光が、陶器のような肌を照らす。
そろそろと布団から出てくる。動作が全体的に鈍いな。
もしかしたらここら辺の人はマイペースな地域柄なのか。
なんて考えながら、マイペースな少年の背を追った。




