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2-3

 

 ◆ ◆ ◆


 倉沢侑希の初恋は、中学校入学から程なくして始まった。

 相手は明るくて、勉強ができて、元気で、ちょっぴりどんくさいところがあるけれどまっすぐに自分を見てくれる幼馴染の女の子。


 きっかけは、ふとした日常の一幕だった。


「倉沢君。私と付き合って下さい!」


 放課後に大事な話があるからと呼び出されて体育倉庫に向かうと、そこには知らない女の子がいた。

 突然そう言われて、戸惑う俺に手が差し出される。

 それと共に「ヒュー」と、冷やかすような掛け声。いつから見ていたのかは知らないけれど、目の前の女の子の友達と思しき女子生徒や、自分を呼び出したクラスメイト達がこちらをじっと見守っている。


 ああ、またか。と気分が重くなる。こんな光景、以前にも見た気がする。


「ごめん。悪いけど……」


 紡いだ言葉に、目の前の女の子の瞳に見る見るうちに涙が浮かぶ。そして、何も言わずに走り去っていく。


 残された侑希は呆然とその後ろ姿を見送った。辺りがざわっとさざめき、隠れていた女子生徒達が飛び出した。何人かはさっきの女の子を追いかけるように走り出し、何人かはこちらに迫ってくる。


「みっちゃんが勇気出して告ったっていうのに、酷いよ」

「そうだよ、倉沢サイテー」


 ──さっきの子、「みっちゃん」っていうんだ。


 そんなことをぼんやりと思った。

 少しの勇気を振り絞ったのは確かかもしれないけれど、そうしたら言われた相手は好きでもない子と付き合わないと『最低』呼ばれされてしまうのだろうか。

 じゃあ、付き合っている最中に別の子に同じことを言われたらどうすればいいのだろう?


 付き合うってなんだろう? 

 お互いに好きだから〝付き合う〟のだと思っていたけれど、違うってことか。彼女たちの言うことは、いまいち理解できない。


 こうやって罵倒されるは二回目だ。

 そして、その後数日にわたって陰口を言われることは容易に想像がついた。


 自分の見た目が周りに比べて少しばかりいいようだと気付いたのは小学校の高学年の頃だった。


「修学旅行の写真を見せたら、塾の友達が倉沢君とラインの交換をしたいって言っているの」


 クラスメイトの女の子が言ってきたのはそんな台詞。そのときはまだスマホを持っていなかったから、何事もなく話が終わった。

 あとは、机の中に手紙が入っていたり、バレンタインデーに机の中や下駄箱にチョコレートを押し込まれていたことはあった。


 けれど、小学校の頃はそれくらいで済んでいたからまだよかった。

 問題は中学に入ってから。


 早熟な一部のクラスメイト達は特定の異性と〝付き合う〟ようになった。その頃から現れるようになったのが、「好きです。私と付き合って下さい」という女の子。

 正直、付き合って下さいと言われても、ピンとこない。自分はその子に恋愛感情はないし、なかには殆ど言葉も交わしたことがない子までいるのだから。


 だから、いつも答えは同じ。


「ごめん。悪いけど……」


 何人かそれを繰り返し、いつからか『モテるから調子に乗っている』と陰口をたたかれるようになった。


 いいたい奴には言わせておけばいい。


 そう思っていた考えを改めたのは、中学二年生になってしばらくした頃。

 下校時に教室に忘れ物をしたことに気付き、友達には先に行ってもらって一人で教室に戻った。教室の扉を開こうとしたら、女子たちの会話が聞こえてきた。


「倉沢ってさ、よくよく見るとたいしたことないよね」

「うん。それなのに鼻にかけて調子に乗ってて、見ていて痛い」


 そして、キャハハっと笑う高い声。


 廊下の窓から教室をそっと覗くと、クラスメイトの女子が二人で喋っていた。そのうちの一人は最近付き合ってほしいと告白してきて断った子を紹介してきた子だった。しかも、告白してきた子は彼女達の同小から私立中学に行ったとかいう子で、会ったこともない子だった。


 ──またか……。


 そう思って目を伏せてから、どこかで時間を潰そうとそこから立ち去ろうとしたとき、少し怒ったような声がした。


「侑くんは調子になんて、乗ってないよ」


 ハッとして振り返ると、幼なじみの雫が二人組の女子の前で仁王立ちしているのが教室の扉についた窓越しに見えた。


「侑くんは調子になんて、乗ってない。知りもしないくせに、いい加減なこと言わないで」


 この位置からでは二人組の女子の表情は確認できなかったけれど、突然のことに驚いているのは間違いないだろう。


「はあ? じゃあ、原田さんは何か知っているわけ?」


 けんか腰の口調でそう返された雫は、怯えて泣き出すわけでもなく、にんまりと口の端を上げる。


「知っているよ」

「は?」

「知っているよ。だって私、幼稚園から一緒だもん。侑くんはそんなことで、調子に乗ったりしない。自分の見た目を、鼻に掛けたりもしない。少なくとも、あなた達よりは侑くんのこと、知っているよ」


 二人組の女子が顔を見合わせる。そして、ガタンと椅子から立ち上がった。


「ばっかみたい。一生幼なじみごっこでもしてろ。『侑くん』だって。キモイし」


 吐き捨てるように言われた雫が、悲しそうに目を伏せる姿が鮮やかに目に焼き付いた。廊下に出た二人組は自分の姿を見てギョッとしたような顔をして、そそくさと逃げるように立ち去った。


 どれくらいそこに立ち尽くしていただろう。

 多分、時間にしたら数分もなかったと思う。ガラッと教室の扉が開く音がした。


「あれ? 侑くん、こんなところでどうしたの?」


 キョトンとした表情で、雫がこちらを見ていた。侑希は慌てて表情を取り繕った。


「えっと、忘れ物したんだ」

「そうなんだ」


 雫はにこっと笑うだけで、何も言わなかった。さっき、自分のせいで絶対に嫌な気持ちになったはずなのに、何も言わなかったのだ。


「雫は、どうかしたの?」

「私? 学級委員の連絡ノート書いていただけだよ。これを職員室に出したら帰ろうかな」


 古びたノートを見せながら、屈託なく笑う。ちょっとだけ釣り気味の猫みたいな目が、にこりと弧を描く。


 ──あれ、雫ってこんなに……。


 思わず胸を片手で押さえた。


「侑くん?」

「──これ、やる」


 咄嗟にポケットを漁って出てきたのは、ミント系のガム。自分でもなんでそんな行動をとったのかわからなかったけれど、とにかくポケットを漁って出てきたのはそれだった。

 それを一粒雫に手渡そうと差し出すと、雫は侑希の動きに合わせるように自分の片手を差し出してきた。


 二人の手がゆっくりと近づく。

 ついこの間まで同じくらいだったのに、久しぶりに見た雫の手は自分よりも小さかった。


「私、ミントのガム好きなんだ。へへっ、ありがとう」


 銀色の包み紙に包まれた小さな粒を見つめ、嬉しそうに笑う。その笑顔から目が逸らせない。


 ──雫って、こんなに可愛く笑う子だったっけ? 


 赤らみそうになる顔を隠すため、「ん。じゃあな」と小さく返事して教室へと駆け込んだ。


「うん。じゃあね」


 教室の外から、パタパタと遠ざかる足音が聞こえた。


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