2-1
翌日のお昼休み。
雫は夏帆ちゃんに相談したいことがあると言って、屋上に誘った。
季節は夏まっさかり。
屋上の扉を開けた途端に太陽の日差しが容赦なく照りつける。じっとしているだけで汗が吹き出し、制服のシャツがまとわりつく。ミーン、ミーンと響き渡るセミの大合唱が暑さを増長させた。
それでも、一部の日陰になっている辺りは風があって過ごしやすい。
「で、相談ってなーに?」
お弁当を食べていた夏帆ちゃんが、お箸を咥えたままちょこんと首を傾げる。もう食事を終えた生徒たちが遊んでいるのか、校庭の方向からは楽しそうな声が時々漏れ聞こえてきた。
「それなんだけどね」
雫は何から話すべきか考えあぐねいて、結局、さくらのことには触れずに知りたいことだけを聞くことにした。話しても、信じてもらえないかもしれないと思ったのだ。
「誰かと付き合うときって、どうすればいいのかな?」
おずおずとそう切り出した瞬間、夏帆ちゃんの目が大きく見開く。
「え? 雫ちゃん、好きな人ができたの? 誰? だれ!?」
夏帆ちゃんは興奮ぎみに身を乗り出す。これは誤解されていると感じ、雫は慌てて両手を胸の前でブンブンと振った。
「違うの! 私じゃないの! 友達の話!」
「友達?」
「うん。友達に好きな人がいるらしくて、応援する、協力するって約束したの」
「ともだちい? ふうん? なーんだ」
夏帆ちゃんはあからさまにがっかりしたように口を尖らせる。そして、体を元の位置に戻した。
昨日、あの約束をした後に何をしたかと言うと、侑希に一緒に帰ろうと誘われてとりあえず二人並んで帰った。自宅がおとなり同士なので、最寄り駅はもちろんのこと、自宅の門を開く直前までずっと一緒。
その間、侑希は特に好きな人のことを話してくれるわけでもなく、バスケ部の試合がどうだったとか、近所のスーパーの野菜の鮮度が最近悪いって母親が文句を言っているとか、他愛のない話題で盛り上がっただけだった。
「付き合うには、両想いになるしかないんじゃない?」
箸を持ったままの夏帆ちゃんが、宙を眺めながらそう言った。
それはまさに侑希が望んでいた願い事だ。
それはそうだ。付き合うなら『両想い』にならないといけない。
「両想いになるにはどうしたらいいと思う?」
「うーん。お互いのことを知るとか? とりあえず、認識してもらえないと好きにもなってもらえないし」
「なるほど。お互いのことを知るかぁ」
視線を上げると、青い空には今日のお弁当に入っていた唐揚げみたいな形の白い雲が浮いていた。
お互いのことを知るって、具体的にはどうすればいいんだろう?
言うのは簡単だけれど、いざそれを実行に移す手助けをするとなると難しい。しばらく考えたけれど、名案は浮かばない。
──結論。恋とはなんとも、複雑難解なもののようです!
「ところでさ。昨日の放課後にね、聡と一緒に流行りのタピオカミルクティーのお店に行ったの」
一旦話が切れたところで、夏帆ちゃんが我慢しきれないようにそうきりだす。実は、最初からこの話題を話したくてたまらなかったみたい。
「へえ。さくら坂駅前の? どうだった?」
「うん、駅前の。めっちゃ美味しかったよ! タピオカがね、もっちもっちなの。雫ちゃんも今度行ってみてよ」
「うん。行ってみる」
「でね、でね。並んでいるときに、手を繋いじゃった!」
夏帆ちゃんは顔を両手で包み込むと、きゃーっと小さな悲鳴を上げる。
駅前のタピオカミルクティーのお店は、とても人気でいつも行列ができている。そこで並んで待っているときのことだろう。
指の隙間から見える頬がほんのりと赤い。
なんか、可愛いなぁと思った。
「このー! ラブラブだー」
このこのっと肘でツンツンすると、夏帆ちゃんは照れたように笑う。
──幸せそうでなによりです!
親友の嬉しそうな顔に、自分まで嬉しくなる。
──彼氏、かぁ。
自分にもそんな人ができる日がいつかくるのかな、なんて思う。
侑希に引き続き、夏帆ちゃんまでもが大人の階段を上っている。
──ブルータス、お前もか!
一人だけ子供のまま置いてきぼりにされたような気がして、ほんのちょっとだけ寂しく感じたのは、胸の内に留めておくね。