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5-1

 

 長い夏休みが明けても、熱気はすぐに去ってはゆかない。

 うだるような暑さの中、滴り落ちる汗を手の甲で拭う。残暑はまだまだ厳しそうだ。


 二学期が始まって少ししたこの日、雫はさくら坂を登っていた。


 ようやく頂上に着くと、駅前の商店街へと足を進める。

 商店街の歩道には屋根がついているので直射日光は避けられ、暑さは幾分か和らいだ。そのまま歩き続け、一軒のこぢんまりとした店舗──田中精肉店の前で足を止める。


「こんにちは」

「こんにちは。何にしますか?」

「メンチカツの揚げを……二つ」


 ガラスケースの中にはカットした鶏むね肉やスライスした豚ロース、霜の入った国産和牛など、様々な生肉が陳列されている。そして、一番上の段には、今雫が注文したメンチカツを始め、コロッケ、トンカツなどの調理前の状態で並んでいた。

 黒縁眼鏡をかけた人のよさそうな精肉店のおじさんは、その一番上の段からメンチカツを二つ取り出すと、奥の厨房の揚げ器へと放り込んだ。ジュワワワワという、食欲をそそる音が通り沿いまで聞こえてくる。


「はい、熱いから気を付けてね」


 白い紙製のコロッケ袋に包まれたメンチカツを二つ、小さなレジ袋に入れて差し出される。雫は百円玉を三枚財布から取り出し、そのレジ袋と交換した。


「さーくーらーさーまー」


 小さな祠に呼びかけると、ふわっと空気が揺れるような、不思議な感覚。それと共に、どこからともなく赤い着物を着た綺麗な女の子が現れる。

 まるで人形みたいに綺麗な女の子。太陽の光の下で見るさくらの瞳は、相変わらず虹色に煌めいて、とても美しい。


「メンチカツ、買ってきたよ」


 レジ袋を差し出すと、さくらは確認するように覗き込む。

 一つ袋から取り出して差し出すと、嬉しそうにそれを両手で受け取り、もぐもぐと食べ始める。そして、あっという間に平らげてしまった。


 熱くないのかと心配になるけれど、全く気にする様子もない。

 もしかしたら、神様は熱さを感じないのかもしれない。


「もう一つあるのう」


 ぺろりと食べ終えたさくらが、物欲しげに雫の手元のレジ袋を見つめる。


 ──これ、自分用なんだけど……。


 雫は自分の手元を見た。

 チラリとさくらを窺い見ると、少し首を傾げてつぶらな瞳をこちらに向けている。


 雫は「うっ」と言葉を詰まらせる。


 これではまるで、十歳にも満たないような年端もいかない可愛い少女にメンチカツをおねだりされているのに、意地悪をしている女子高生の図ではないか。


「…………。よかったらもう一ついります?」

「いいのかのう」


 一応、いいのかと聞いてはいるけれど、こちらに断る権利はなさそうである。


 ──うう、さようなら、私のメンチカツ。大好きなのに! あとでもう一度買いに行くから!


 涙を呑んで残った一つのメンチカツを差し出す。

 さくらはそれもペロリと平らげると、ご機嫌な様子で雫の前に座った。雫もさくらと視線を合わせるように、そこに座り込む。


「ねえ。私、侑くんの縁結びのお手伝いって、うまくできているかな?」

「そなたはどう思うのじゃ?」

「うーん」


 逆に聞き返され、雫はその場で考え込む。


 夏休み中も、侑希とは週に一度待ち合わせして図書館の自習室に勉強に行った。やることは夏休みの宿題と、一学期の復習など。そして、それが終わった後は『頑張ったご褒美』として、近所のファミレスにパフェやアイスを食べに行ってお喋りするまでが定番だ。


 先日、侑希に好きな子とは上手くいっているのかと聞いた。

 すると、侑希は『今までより二人で過ごすことが増えた』と嬉しそうに笑った。ということは、きっと以前よりは進展しているのだろう。


「少しは、お役に立てている、かな?」

「そう思うならば、自信を持つがよい」


 落ち着いた口調でそう言うと、さくらは美しい虹色の目を細めた。


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