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4-1

 

 ◆ ◆ ◆


 画面をタップして書いていた文字列を読み返しては消す。さっきから、一文字も進まない。

 侑希はスマホの画面を睨みつつ、既に小一時間以上は苦悩していた。


 ──好きな子を誘ってみれば?


 幼なじみの原田雫と一緒に図書館に勉強に行き、そう言われたのは先週の金曜日のことだ。確かに花火大会に好きな子と二人で行けたら最高だ。

 問題は……侑希の好きな子が、そう提案してきた原田雫にほかならないことだ。


『花火大会、一緒に行こうぜ!』では、好きな子はどうしたのかと訝しがられてしまうだろうか。

『誘ったけど駄目だったから、よかったらどう?』ではどうだろう。いや、これでは自分が雫を駄目だったときの代打のように扱っていると思われてしまうから却下。


 では、どうすれば?


「あー。わっかんねぇ」


 こつんとスマホの画面におでこを当てて項垂れる。


 そもそも、なんでこんなにこじれてしまったのだろう。最初から雫に『好きだ!』と一言いえれば、今頃は晴れて恋人同士になれていた『かも』しれないのに。あくまで『かも』だが。

 しかし、今このタイミングで告白したのでは、雫からすぐに好きな相手がころころと変わる軽い男だと思われるだけだろう。


 最悪、絶交されるかもしれない。それは絶対に避けたかった。

 ピローンと持っていたスマホが鳴る。画面を見ると、連絡アプリには雫からメッセージが入っていた。ガバリと起き上がって内容を確認する。


『あああ、ってなにー?』


 その下には頭からハテナマークをたくさん飛ばしたクマのスタンプが押されている。そのメッセージの上には、『ああああああ』とうざいぐらいに繰り替えされた謎のメッセージ。さっき、おでこで連打したものだ。


『打ち間違えた』

『そっか。りょーかい!』


 すぐに了解ポーズをした同じクマのスタンプが押される。


 くっそ、こんなどうでもいいメッセージならいくらでも送れるのに、肝心の『一緒に花火大会に行こうぜ』の十二文字がどうしても送れない。


 侑希はスマホの画面のオフにすると、はあっとため息をついた。


 ラブラブの彼女がいるなどと嘘をつき始めたのは、中学二年生の夏だった。


 雫が自分を庇っているのを目撃してから一ヶ月位過ぎた頃、たまたま学校の階段の踊り場で雫が他のクラスの女子に囲まれているのを見かけた。目を伏せる雫の前に立つ女子が泣いていて、それを別の女子が慰めているように見えた。


「ひどいよ、雫ちゃん」

「だって、本人の許可もなく連絡先なんて教えられないよ。知りたかったら本人に聞いてよ」

「聞けないから頼んでいるんじゃん! 意地悪」

「…………」

「家が隣だからって、調子に乗っていてウザい」


 目を伏せた雫を畳み掛けるように、別の女子が糾弾する。


「もういい! クラスの男子に聞こう。いこ」


 黙り込む雫に業を煮やしたのか、女子グループの一人がそう言うと雫の肩を押した。倒れはしなかったけれど、雫の華奢な体がよろめく。

 一人残された雫はしばらくそこに立ち尽くしていたけれど、はあっとため息をついてとぼとぼと歩き始めた。

 そして、廊下の先に仲の良い友達を見つけたのか、「めいちゃーん!」と叫んでブンブンと手を振った。肩までのボブが後ろに流れるのが一瞬見え、パタパタと廊下を走る音が聞こえた。


 正直、衝撃だった。


 前回の件で雫が時折、自分を庇ってくれているのは知っていたけれど、こんなところでまで迷惑をかけていたなんて。あとから雫と仲のよい女子に話を聞いたら、以前にもこういうことがあったらしい。雫は一切そういうことを言わないから、全然知らなかった。


 少しばかりいいと言われる、自分の顔が心底嫌いになった。


 どうやったら雫に迷惑が掛からないかを必死に考えて、出した結論が『とりあえず、適当に誰かと付き合う』だった。けれど、それはその相手にも悪い気がしてやめた。

 そして思いついた苦肉の策が『俺には既にラブラブな彼女がいる』だった。ショッピングモールでたまたま出会った他校の女子ってことにして、友人達を中心にラブラブアピール。すぐに噂は広まって告白してくる女子はぱったりといなくなった。


 けれど、予想外のことが一つ。雫が自分と距離を取るようになったのだ。


 隣に住む雫は、それまでは宿題などでわからないことがあると、ピンポーンと押して遠慮なく聞きにきた。それに、雫は料理が好きなので時々「作ったの」と言ってお菓子などを持ってきた。けれど、一切そういうことがなくなった。


 ぽっかりと心に穴が開いたような、寂しさを感じた。


 ある日理由を聞いたら、「彼女が嫌だと思うかなって思って」と。雫を守ろうとしてやったことは、結果的に自分からも雫を遠ざけた。雫の性格を考えればすぐにわかりそうなことなのに、当時の自分はそこまで頭が回らなかった。つまり、ガキだったのだ。


 本命の高校受験の日にインフルエンザにかかり三十九度を超える高熱を出したときは、本当に最悪だと思った。

 受けようとしていたのはこの地域で一番の進学校である県立高校だ。けれど、代わりに進学することになった私立さくら坂高校が雫と同じ進学先であると知り、あながち悪くもなかったと思い直した。


 ただ、さくら坂高校には同じ中学から自分達も含めて五人ほど進学した。本人は言いもしないのに、侑希にラブラブな彼女がいるという噂は入学一週間後にはほぼクラス全員が知るような周知の事実となった。


 近づきたいけど、近づけない、幼なじみの女の子。それが、侑希にとっての雫だった。


 このままじゃ駄目だと思ったきっかけは、仲のいい友達の一言だった。


「俺、彼女できた」

「え、まじか! 誰だよ!」


 昼休みにバスケをしていた時、仲良しグループの一人、松本聡が嬉しそうにそう言った。相手はいつも雫と一緒にいる、サッカー部マネージャーの水野夏帆だ。


「いいなぁ。俺も彼女ほしい」


 同じく仲良しグループの一人、阿部健太がそうぼやく。健太は中学も同じだった友達だ。


「佐伯とか可愛いじゃん」

「あとは上田とか」


 一緒にいた笹島海斗(ささじまかいと)がそう言うと、誰が可愛いかで友人達が盛り上がり始める。ちなみに、海斗には中学から付き合っている他校の彼女がいる。


「原田もよくよく見ると可愛いよな」


 一人が言った名前に、ドキリとした。『原田』は雫の名字だ。

 雫が可愛いのは知っているけど、自分以外の誰かと雫が付き合うなんて想像していなかった。

 急激な焦燥感にかられる。


「でも俺、海斗や侑希みたいに他校の女子がいいな。放課後、駅で待ち合わせとか憧れる。縁結びの神様にでもお願いするしかねーな」


 健太が笑いながらそう言った。


「縁結び?」

「さくら坂の途中にあるらしいよ。場所がわかりにくいけど」

「ふーん」


 ──縁結びの神様か……。


 藁にも縋る思いで、一人でこっそりとそこを訪れたのはその日の放課後のこと。


 縁結びの神様が祀られているというさくら坂神社は、想像以上に小さい神社だった。赤い鳥居と、小さな祠と賽銭箱。それが自分の部屋と変わらないくらいの広さの空間に収まっている。

 鞄を足元に置いてガサゴソと漁り、五円玉を取り出す。


 ──どうか、あの子と両想いになれますように。


 頭に思い浮かべたのはもちろん、雫のことだ。

 帰り際に鞄を持ち上げようとして、まだ蓋を開けていないペットボトルのお茶が入っているのが見えた。願いが叶うようにと、験担ぎにそれをお供え物として祠の前に置く。


「よし」


 満足した侑希は、今度こそその場を後にした。




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