7話
突き出した一撃はそのまま吸い込まれるようにゴブリンの胸へと突き刺さった。
「ふぅ、これで全部終わったか……」
「お疲れ様です。計30体のモンスターハウスでしたね……」
消えゆくゴブリンだったものを見ていた俺に声を掛けてきたのは昨日から一緒にダンジョンに潜り始めた西郷さんだった。
「西郷さんもお疲れ様です。でも、まさか十八階で最初に入った部屋がモンスターハウスとは思わなかったですよ……」
「そうですね。私もまさかこの階でモンスターハウスに遭遇するとは思いませんでした」
既に全滅させているとはいえ、辺りを警戒しながらも苦笑いしながら西郷さんと向き合う。
すると西郷さんも同じような感想を抱いていたようで俺と同じく苦笑いしていた。
まぁ、そうだよな。十八階といえば今わかっているダンジョンの階層的にも上層にあたり、そんなに集団で襲い掛かってくるようなモンスターがいない筈の階層だから。
「でも、やっぱり流石って感じですね、西郷さんは」
「そうでもないですよ。私以上に凄い人はいますから」
「いやいや、俺の方が少ない数でしたし、本当に凄いですよ!」
俺の言っている事に実感がわかないのか、西郷さんは謙遜しているが、ゴブリン相手しながら見た限りでは俺以上の数を相手して、尚且つ俺よりも早く倒し切ってる事を考えると普通に凄い。
流石、探索者として長くダンジョンに潜り続けた人だなと思ってしまう。
「ドロップ品も有る程度集めておいたので残りも直ぐに回収して次に進みましょう」
「そうですね。じゃあ、集めたの異空間収納袋に入れますね」
俺が手古摺っている内に自分の分と俺が最初の方に倒したドロップ品を一か所に集めていた西郷さんに感謝しながらどんどんと異空間収納袋にドロップ品を入れていくと西郷さんが羨ましそうにこっちを見ているのに気が付いた。
「どうしたんですか、西郷さん?」
「いや、やっぱり異空間収納袋持ちって良いなーと思って。羽生さん、今までダンジョンに潜るとき、パーティー組むの楽だったんじゃないんですか?」
「あー、そうですねー、今まで野良パーティーを組むことなんてほとんど無かったんでそんな事思わなかったですね」
「えっ、本当ですか? 勿体なくないですか、それ」
まぁ、西郷さんの言いたい事は分かる。
ダンジョンに潜る事を主にしているなら確かにそう思えるほど異空間収納袋は便利で、数人でダンジョンに潜る際などは異空間収納袋持ちと言うだけでかなり声を掛けられる。
ただ、代わりに厄介な勧誘とかも有ったりするし、パーティーを抜ける際にいざこざが起きたりするのはよく耳にする話だ。
俺自身、ダンジョンに潜り始めた頃に幼馴染たちとパーティーを組んでいたが、抜けた後に進学した大学時代に苦労した経験が有る。だからこそ、最初の数回でパーティーで潜る事を諦めて偶に一人で潜っていた。
「まぁ、気晴らしに潜ってた程度なんで逆にパーティーに入っちゃうとね……。それに何回か入った事有るんですけど、その事とかで揉める事も有ったんですよ」
苦笑しながらそう言うと西郷さんはその言葉でなんとなく理解してくれたようだった。
まぁ、女性の探索者という事も有って面倒事を経験したことが有るのだろう。
「これが最後ですね」
「あっ、はい。ありがとうございます」
いつの間にか残り一つまでドロップ品を回収していたようで最後の一個を渡してくれる西郷さん。
しかし、やっぱり魔石が多いな。まぁ、元々ドロップする大半は魔石っていうから仕方ない事なのかもしれないけど、ボーナスとかこれからの装備品の事も考えると他のも出てほしいところだ。
「では、次に行きましょうか」
さっと周りを一瞥するとすたすたと歩きだした西郷さんの後を追って俺も歩き出した。
「今日はこの辺りにしておきますか?」
西郷さんがそう言ったのは十九階の探索がほぼほぼ終わった時だった。
予想以上に十八階に時間を取られた事も有って既に日帰りでダンジョンに潜る予定なら戻り始めてもいい時間になってしまった事も有ってだろう。
もともと月曜日に話し合った時にお互いの力量がしっかり分かるまでは深く潜らない事を決めていたので俺も反対する事なくその言葉に頷く。
「では、戻りましょうか」
「あっ、十階のセーフティーエリアでちょっと休憩していきませんか? テスト品をゆっくりと確認したいところですし」
歩きながらカバンから取り出したそれを見せて帰り道に一息つく事を提案してみるとあっさりと西郷さんは了承してくれる。
今回はここまで来る間に試すよりも力量確認を優先していたから一切テストしてないし、このまま帰ると水野先輩から何を言われるか分かった物じゃないしな……。
「それで今回のテスト品ってのはどういった物なんですか?」
「あぁ、今回のは『集める君・水ヴァージョン』って名前の物です」
「集める君? 水ヴァージョンって事は水が手に入る様になるって事ですか?」
「えぇ、そうらしいです。まぁ、これもマナ式でスイッチ操作でどれぐらい集めるか設定できるようになってます」
カバンから取り出した説明書を見ながら西郷さんの質問に答えていく。
んー、なんとなく前に試した火野先輩のマナ式湯沸し器とセットで使うか組み合わせて一つの製品にした方が良いような気もするんだけど。
「まぁ、実際に水が集めれるかなどを今回調べるんですけどね」
「でも、本当にそれが出来るなら探索に持っていきたくなりますね」
時より現れるモンスターを前を行く西郷さんが簡単に倒していく様を見るとやっぱり凄いとしか言いようがない。
ドロップ品を回収しながら一直線に階段のある部屋へと戻っていくので行きよりも早く、モンスターとの遭遇も少なく済み、十階のセーフティーエリアにたどり着く。
そこは自分たちと同じように引き返してきたパーティーやちょうど引き返す事を考え始めたパーティーが何組かいた。
「どうやら何組かいるようですし、あの空いてる隅で試しましょうか」
「分かりました」
俺が指差した先はちょうど周りに他のパーティーのいない壁際で俺たち2人がちょっと多めの荷物を広げたところで周りに迷惑をかける事は無さそうだった。
「さて、改めて取り出すは試作品『集める君・水ヴァージョン』とその説明書っと……」
邪魔にならない程度に荷物を地に下ろしてカバンから集める君・水ヴァージョンとその説明書を取り出す。
事前に説明書を読んでいたのでそこまで困る事は無く集める君・水ヴァージョンに付属のアタッチメントを取り付けて地面に置く。
「あの、説明書は読まないんですか?」
「えっと、ダンジョンに潜る前にだいたいは読んでますんで大丈夫ですよ。気になるなら西郷さんも呼んでみます?」
興味津々といった感じの西郷さんにそう言いながら説明書を差し出すと素直に手に取った。
そのまま説明書に目を通し始める西郷さんを横目に俺は集める水の量を選び、電源を入れる。
「これで良いはず」
「あっ、もう電源を入れたんですね」
その声に西郷さんの方へと顔を向けると読み終わったのか閉じた説明書をこちらに差し出しながら集める君・水ヴァージョンへと目を向ける姿が有った。
「もう読み終わったんですか!?」
「まぁ、軽く目を通したくらいですが。たぶん、製品化されると修正されたりする部分も有るでしょうし、実際にどんな物かを見る方を優先したいですから」
「はぁ、そうですか……」
「因みに今回はどれぐらいの量を集めるようにしたんですか?」
「今回は500ミリリットルですね。少なすぎても多すぎて困るような気がしたので」
そんな風に二人で話していると電源の入った集める君・水ヴァージョンの貯水部分に水が溜まっていく。
底面に書かれた呪式から湧き出すように増えていく水は綺麗で恐らくそのまま飲んでも問題無いような気がする。
見た限りでは問題無く起動して水も集めている。仕組み的には空気中の水素と酸素を化合させてる訳だけど、特に周りにも使用者や同行者にも異変が出てない。
水が増える量も説明書に書かれていた通りのようで推測されていた時間に合わせて集め終わりそうな感じがする。
そして、起動している事を現していた赤色のランプが消えて緑色に切り替わる。
「どうやら集め終わったみたいですね」
「そうですね。容量も設定した量と側面に書かれた印とで有ってるようですし、後は水が飲めるかどうかですね」
そう言ったものの直ぐに口に入れたいかと言われればそんな訳無い。
そこでカバンから取り出したるは心優しい先輩から渡された検査キット。
どういう伝手で手に入れたかは知らないが、ダンジョンが出来てから作られた特殊な検査キットで簡単に飲めるか確認できる物らしい。
「えーと、この検査に使うのは少しの水で良いならちょっとだけ取り分けて、他はそのままでもう一回起動させたらどうなるかの確認にしようかな」
「へぇー、そんな物も持ってたんですね」
「まぁ、今回のテスト品に必要な物って事で支給されたんですよ」
中身を取り出して水を取り分け、西郷さんに集める君・水ヴァージョンを渡して再度水を集めて貰うよう頼む。そして、横目で西郷さんが電源を入れたのを確認しながら検査を進めていく。
「西郷さん、ちょっと今から言っていく事をこの紙の空白に上から記入してもらってもいいですか?」
「はい? これにですか?」
差し出した紙を手に取って不思議そうな顔をする西郷さん。
「えぇ、後で水も密封容器に入れて持って帰ってちゃんとした所に送る予定にはなっているんですが、それとは別に検査結果を残しておかないとダメなので」
「はぁ、分かりました」
「では、上から43……」
検査キットの結果を確認しながら西郷さんに伝えていく。
そして、全て伝え終わって検査キットを片付け始めた時だった。
「ねぇ、少し聞きたい事が有るんだけど良いかな?」
「はい? 良いですけど……」
「そう、なら聞くわ。貴方はどうして今の会社に就職したの?」
予想しなかった質問に片づけていた俺の手が一瞬止まる。
「今日、貴方の腕前を見て特に思ったわ。異次元空間袋持ちでそれだけの腕が有れば探索者としても十分通じる。いえ、トップクラスになるのも夢じゃなかったはずよ」
ぐるぐると西郷さんの言葉が脳内を駆け廻った。