13話
三十階は今までとは違った特殊な構造だと知られている。それは今でこそ当たり前に思われているボス部屋と呼ばれている部屋のみ存在している事だ。
上の階から降りて目に入るのは大きく重厚な作りで威圧感を放っている一枚の扉。
それこそがボス部屋の入り口でこの中に入ったら最後ボスを倒すか入った者がいなくなるまで一切扉を内からも外からも開ける事は出来なくなってしまう。その為、見つかった当初はその事がうまく伝わっていなくて少なくない犠牲が出たらしい。
そして、このボス部屋はどのダンジョンにも存在しているが、全てのダンジョンで出るボスは同じかと言うとそれは違う。
例えば、この日野江ダンジョンではゴブリンジェネラルを中心としたゴブリンの集団らしく、既に何回もここを通っている幸にも確認したが間違いないらしい。
出てくる量に関しても中心となるゴブリンジェネラル自体は一体らしいが、取り巻きとも言えるゴブリンたちに関しては何の法則かは知らないが入る度に微妙に違うらしい。
まぁ、今までに遭遇したゴブリンたちと何が違うかというと何も変わらないらしいから三十階まで到達できるならそこまで気にする必要は無いだろうとの事。
幸とも話し合った結果だけど、幸太を連れて三十階を超える事は恐らくできると二人の意見が合ったし、そこにたどり着く前に幸太も今よりも強くなっているだろうと予想が出来た。
だから、幸太を連れて三人で三十階を目指す事を決めた。
事前に会社には予定を伝える為に後で何かしら言われる心配は無いと思いたい。まぁ、そんな事無視して先輩たちが言ってきそうな気はするんだよな。
「進、食料とかに不備は無いよね?」
「あぁ、購入時とアイテムボックスに入れる時に確認してるから大丈夫だ」
「なら、行きましょうか」
そう言ってダンジョンに向かって歩き出した幸を追って俺と幸太も歩き出す。
事前に協会に確認したところ、特に日野江ダンジョンで異常は確認されていないらしいのでうまく行けば今日中に三十階を突破する事が出来るかもしれない。
一応、今回は何日かダンジョン内で過ごすことを考えて食料も多めに持ってきているし、今日中に三十階を突破しなければいけない訳でもないから進むスピードはそんなに速くないだろうな。
「っと、お出ましか」
「俺がやりますよ」
通路の先から現れたのはラットが10匹、既に幸が3匹ほど相手に戦っているので幸太はその残り全部を相手に戦いたいのだろう。
「分かった。頼んだぞ、幸太」
「はい!」
言うが早いか一番近くにいたラットに斬りかかる幸太を見ながら俺は他に追加で襲ってくる奴がいないかを気にする。
まぁ、そんなにそうそう襲ってくるのがいるとは思えないけどね。
とそんな事を考えている間に残りは1匹になっていたラットも幸太によって倒される。
「進さん、終わりましたんでこれお願いします」
「こっちもね」
どうやら既にドロップ品の回収までやってくれていたようである程度集まったそれを俺に渡してくる。軽く見た感じでもやっぱり幸太がいない時よりも良い感じにドロップしているように思う。
まぁ、そうは言っても今回は相手にしたモンスターの数もたかが知れてるから数は少ないけど。
「これで全部だな」
渡された物を全部アイテムボックスに入れ終わるとまた歩き出した俺たちだったは知らなかった。
この後に待ち受けている存在にも、三十階に辿り着くのがいつも以上に大変な道のりだっていう事を。
久しぶりにこのダンジョンで稼ぐ事を決めた俺たちが三十階のボス部屋で戦い始めて少し経った時に異変が起きた。
予定通りにゴブリンジェネラルをリーダー達が相手して、俺と数人で取り巻きのゴブリンを蹴散らしていた時、急にゴブリンジェネラル討伐後に次の階への扉が現れる所に一体のモンスターが現れた。
身長は2メートルは軽く超え、3メートルに届こうかという高さに簡単にはダメージを与えれるとは思えない鍛え抜かれたような青い身体に頭から生えた一本の角はその力強さを象徴しているようで周りにまとわりつく黒い煙で見え隠れしている。
最初はそれを気にする余裕は無かった俺たちだったが、自らの置かれた状況を把握するように辺りを見渡し、目に入った俺たちやゴブリンジェネラルたちの存在にそれは大きく口を歪ませる。
それはまるで獲物を見つけたように。
最初はまったく気が付いて無かったゴブリンジェネラルたちも次第に背後から向けられる悪意を持った視線に気が付き始めた頃にそれは動いた。
大きく口を上げ、威圧するようにまるで獲物を大量に見つけた嬉しさからか発せられた声が部屋中を駆け巡った。
その声は聞く者全ての行動を止めるには十分だった。
全員の視線がそれに向かった瞬間、それは嬉しそうに口角を上げてその姿を見ていた全ての者から消した。
そして、大きな音と振動と共に再び姿を現したそれは一匹のゴブリンを地面に縫い付けるように拳を振り下ろした状態でいた。その一撃は音や振動からもその威力を理解したつもりだったが、目に入ってきた凹んだ地面を見るとそれすら甘い考えだったと理解する。
そんな俺たちに顔を向けて次の獲物はどれにするかと悩むように視線を移す姿に俺たちは恐怖が限界を超えて後先考えずに動き出した。
「な、何でだよ! あり得ないだろ!!」
「バカ!? そんな事言ってないで早くリターンストーンを出せ!」
少しでもそれから逃げるように入ってきた扉の方へと駆け出した俺たち。
そして、俺たちの声で我に返ったゴブリンジェネラルたちは俺たちとは真逆にそれを相手にするように動いた。
この部屋の主としての意地なのだろうか。周りで怯えるゴブリンたちに活を入れるように声を上げ、剣を振り回していた。
その姿を面白そうな顔で見たそれは逃げ出した俺たちよりもゴブリンジェネラルたちに目を付けたようだった。
「早くしろよ!!」
「でも、良いのかよ! 折角、ここまで来て態々リターンストーンまで使って引き返すってのは!!」
「だが、あんな奴に勝てるのかよ!?」
リターンストーンを使うという事にパーティーの一人が噛みついてくる。
リターンストーンの値段を考えると言いたい事は分からなくはないが、今はそんな事で揉めている場合じゃない。
今はまだゴブリンジェネラルたちとじゃれているから良いけど、その矛先がいつ俺たちに向くか分からないのだから早くしなければ。
俺たちがそんな風に揉めている間にそれ――鬼と勝手に決めたそれはゴブリンジェネラルたちに襲い掛かった。
圧倒的な暴力を持って蹂躙されていくゴブリンたちの様子にこのままでは直ぐに俺たちまで巻き込まれてしまう。
「ああ、もう残りたい奴は残れ! ただし、俺は戻るしどうなっても知らねえからな!!」
「そんな事言って後で俺たちがアレを倒したのを知って騒いでも知らねえぞ」
「リーダー、早く戻りましょうよ!!」
ついに揉めていた二人を宥めようとしていたリーダーもキレて文句をいう奴を置いていく事を決める。
俺としては偶にこっちを見ているような気がする奴の様子が気になって仕方ないから早くしてほしい。
「よし、準備で来たぞ! 帰る奴は集まれ!!」
その声に急いで近寄ったのは俺を含めて十人いた内の六人。残りの四人はこのまま戦いを挑むつもりのようだった。
徐々にリターンストーンが活性化していくのを確認した俺が未だ戦ってる筈のゴブリンたちへと目を向けるとそこには既にゴブリンジェネラルと数匹のゴブリンしか残っていなかった。
そして、一度こっちを確認するように見た鬼の目は既に次の標的としか見ていないようで目が合った瞬間に心の奥底から恐怖を覚えた。
「本当に一緒に戻る気は無いんだな!?」
「うっせぇ! あんな奴、余裕だ!!」
リーダーの言葉に返事をした本人も鬼のヤバさは分かってしまっているのだろう。その言葉にはどこか自分を奮い立たせるように叫んでいるように思えた。
リターンストーンがその力を示すように俺たちの周りに発生する半透明の緑色の壁。
それに一瞬だけ驚いたような表情を見せた鬼だったが、直ぐにその表情を消して目の前にいる生意気な獲物をガラスでも割るかのように倒していく。
次第に激しく発光し始めたリターンストーンに合わせるように俺たちの周りの壁もその色合いを濃くしていく。
既に残る連中がこっちに来ることができないのは知っているはずのリーダーだったが、未だに諦めていないのか声を掛け続けている。
だが、そんなリーダーをあざ笑うように鬼は苦戦する様子も見せずにゴブリンジェネラルを一撃で倒すと俺たち――正確には俺たちの前にいる奴らに向かって動き出した。
武器を構えて鬼に対応しようとした姿が見えた瞬間、眩しい光を一瞬感じた後に俺たちはダンジョンの外へと移動したのだった。




