1.魚の群れの如く
みなさんこんにちは、
前回の投稿から、気づけば二週間も経っていました。日向奏です。
今回は特に綴ることもありませんので端的に、
本当にお待たせしました、
彼らの新たな物語を、楽しんでいただければ幸いです。
空から女の子が降ってきた。
五月初旬。途中から入部した歩も、サッカー部での活動が日常と化した今日この頃、非日常は突然やって来た。
部活動の練習は日に日に厳しくなっていった。夏の大会に向けて、練習メニューが増えたのはもちろんの事、夏に近づくにつれて気温が高くなっているのが一番の要因だった。太陽の放つ熱は運動部に参加する者たちの多くの体力を奪い取っていった。
「暑い」
そんな皆の感情を代弁するかの如く、歩の親友、宮田博臣はそう呟きながらゴールネットへ向かってシュートを放った。
そのボールは真っ直ぐゴールキーパーへと向かっていったが、彼にはその威力を殺しきる事ができず、そのシュートは見事ネットへと吸い込まれていった。彼の蹴る球は弧を描かず、威力が落ちない。誰が見ても綺麗なシュートだった。
「相変わらずナイスシュートだな、博臣」
歩は、そう言って掌を差し出す。
それを見た博臣はその手に自分の掌を合わせた。ハイタッチをするつもりが、手の大きさを比べている人みたくなってしまった。
「いつになってもとれんな、博臣のボールは」
彼の蹴った球を手に、朱音が歩の隣に立つ。背が高くバランス良く筋肉のついている歩と、背の低い朱音。改めて並ばれると身長差が凄くてまるで違う生物みたいだ。二人を見ながら博臣はそう思った。
「てか、またシュートに力強さが増してる気がするんやけど」
「え、そんなに変わったかな」
「変わった変わった、前まではズギューンて感じやったんけど、今ではズガドーンて感じになっとる」
全くわからん。
「受けた事ねぇかから威力とかは俺はわかんねぇけど、博臣のシュート、確かに早くなってんぞ。少なくとも俺が入ったときよりは確実に早くなってる」
驚きはしていない。だがそんな気はしていた、とも思えない。博臣は、自分の理解を越えるくらいに自身が成長していることを知っていた。そしてやはり、それは自分には理解できない事だった。だから、他人にそれを指摘されてもそれを疑ったり驚いたり、ましてや納得したりもしなかった。
博臣に出来るのは、すべての事実を事実なのだと受け止める事だけだ。
「全然気づかなかった」
「せやな、身長だって自分だけは伸びてることに気づきにくいし、そういうもんなんかもな」
そう言われると納得がいく。朱音の絶妙な例えに、博臣は一種の感動を覚えた。
「けどよ博臣、自分の成長くらいはちゃんと理解しといた方がいいぜ?実力に理解が伴ってねぇと怪我とかするかもしんねぇし」
「確かに、改めて自分を知る良い機会かも」
「何かそれ凄いフレーズやな」
すると、言い終わるのを待っていたかのように、突然朱音の後頭部にボールがぶつかった。そのボールは校舎の方へと飛んでいき、朱音はその場にしゃがみ込む。不意打ちは痛い……。
「わりぃ!」
遠くに謝罪の言葉をかけながらこちらへ走ってくる男が見える。声の大きさで理解した。犯人は部活の仲間、森大我だ。
大我の声は遠くにいる博臣たちでさえ、うるさいと感じるほどに大きかった。学校一、いや、平塚一声量のでかい男と言っても過言では無い。今ごろ大我の周りにいた人たちは耳が痛くなっている頃だろう。かわいそうに。博臣はそう思いながら手を合わせる。
「ボール取ってくれー!」
他人にボールをぶつけておいて何て図々しい。博臣はそう思ったが、歩は頷き校舎へ転がっていったボールを取りに向かった。
「優しすぎる……」
そんな博臣の声は歩には届かなかないのだが。
ボールはすぐに見つかった。
校舎の下に落ちていたボールを見ながら歩は呟いた。
「これ、朱音に当たってなかったら窓ガラス割れてたんじゃねぇか?」
歩は、そんな独り言を呟きながら校舎前に植えられている花たちを避けて歩く。幸い、ここの花たちにはボールは当たらなかったようだ。その事に安堵の息を漏らした。
その時だった。ふいに上から何かの気配を感じ、歩は空を見上げた。
「んな……」
そこにいたのは浮いている女の子だった。いや、浮いてなどいない、空から女の子が落ちてきたのだ。だが、驚いている暇など無かった。歩は、一目散に彼女が落ちるだろうと推定される場所へと行き、手を伸ばした。
思惑通り、女の子は歩の伸ばされた腕へと乗り、無事彼女の落下を防ぐことができた。
だが、一つだけ不可解な事があった。空から女の子が落ちてくる。そんな事が実際に起こり得るのか、というのは一先ず置いておこう。問題は、彼女の体重だった。その女の子は、空から降ってきたにしては、あまりに重力の影響を受けていなすぎたのだ。確かに、今の歩になら女の子一人を持つくらい造作もない。だが彼女には、落下しているときに、とてつもない重力がかかっていたはずなのだ。それなのに、どうして彼女の体はこんなにも軽いのだろうか。確かに思えば、空から降ってきたにしては、彼女の落下速度はあまりにも遅かった気がする。
「あの……」
そこで腕元から声がし、歩は思わず視線を落とした。
整った顔立ちに、手入れの行き届いた綺麗な短い髪。まるで天使のような、創作物かのような美人だ。
「そろそろ下ろしてもらっても良いですか?」
意識があった。
とりあえず何も言わず、歩は彼女をゆっくりと下ろした。式島高校の制服を着ている上に、上履きの色が赤い。
ここ、式高は学年別で上履きの色を分けていた。赤は一年、青は二年、そして黄色は三年だ。赤ということは、彼女は一年であるということだ。
「えっと、ありがとうございます。落ち方が落ち方だったので、あなたに助けられなかったら死んでいたかもしれません。本当に助かりました。ありがとうございます」
「い、いや、それは良いんだけどさ」
聞きたいことはたくさんあったはずなのに、それが混雑していて上手い言葉が出てこない。そのもどかしさに、歩は心の中で舌打ちをした。
「掃除をしていたら落ちてしまって」
だが、そんな歩の疑問は彼女の言葉によって解決した。見上げると、二階の教室の窓が空いている。そして、その窓は少し濡れており、その水滴が太陽の光を反射していた。どうやら、窓を拭いていたら落ちてしまっただけのようだ。
歩は、変な想像をしてしまった事に少しだけ恥ずかしさを覚える。
「そういう事だったんだな、てっきり空から降ってきたのかと思ってビックリしたぜ」
歩が恥ずかしそうに俯いたのを見て、少女は思わず笑みをこぼした。
「ふふ、面白いことを言うんですね」
「おーい、まだかよ歩」
歩が戻らなかったことを不思議に思ったのだろう。少し待ちくたびれたような表情をしながら博臣が歩いてきた。
「あれ、唯賀さん?」
だが、少女の姿を確認してすぐ、博臣は驚いたように彼女の方へと目を向けた。どうやら博臣と少女は知り合いだったらしい。
「あ、こんにちは宮田くん」
「こんにちは、唯賀さん。歩、唯賀さんと知り合いだったんだね」
「いや、この子とは今たまたま会っただけで、別に知り合いって訳じゃねーよ」
彼女が二階から落ちてきたことに関しては触れないよう言葉を選ぶ。だが、そんな歩の意図も知らず、今度は唯賀が口を開いた。
「宮田くんと知り合いだったんですね」
「あぁ、小学校からの幼馴染みだしな」
「え、あれ?同級生?」
そうだった、と歩は額に手を置いた。知っている人ならばいざ知らず、誰がどう見たって百八十も身長がある歩を一目で高校一年だとは認識しない。説明不足だった自分に呆れる一方で、唯賀が歩に敬語だったのにも納得がいった。
「体が大きいからてっきり三年生かと思ってた」
「んなーこいつでかいもんなー」
「宮田くんも私からしたら十分大きいよ」
そこで、歩はふと練習中ということを思い出した。
「そうだ、練習戻らなきゃな」
「あぁ、そうだったそうだった」
それに同調するように、博臣も体の向きを変える。
「じゃ、俺たちは練習に戻るから。あんまり掃除に気合い入れすぎんなよ」
「うん、ありがとー」
手を振る唯賀を背に二人はグラウンドへと戻っていった。
「博臣、唯賀と知り合いだったんだな」
「うん、クラスメイト」
「ああ、どうりで」
その後、大我にボールを返そうとするが、彼はもう既に他のボールで練習を始めてしまっていた。というか、他人に取りに行かせておいてこの仕打ちは何だ、とも思ったが、気にしたら負けな気がしてあえてそこを追及することはしなかった。
大久保から呼び出されていた博臣は放課後、部室に行く前に職員室へと足を運んだ。
博臣たちの教室があるクラス棟とは逆の棟の二階、別棟に職員室はあった。中は常に出入りが可能な状態になっていたので、博臣は大久保を探すべく足を踏み入れた。だが、最初に呼び出された時に大久保が座っていた机には、誰の姿も無かった。恐らくはここが大久保の机だと踏んでいたのだが、職員室にはいないのだろうか。
「ん、どうした博臣」
すると、後ろの席から聞き慣れた声が聞こえてきた。担任の鵠沼だ。博臣は一度だけ会釈をして口を開いた。
「大久保先生を探してるんですけど、どこにいるかわかりますか?」
「大久保先生かー」
目の周りにくっきりと浮かぶ大きな隈に手入れされていないボサボサの髪、メリハリの無い口調。いかにも気怠げなその先生は少し考えたあと思い付いたように顔を上げた。見た目はこんなんだが、意外と頭の回る先生なのだ。
「そいえばあの人いつも放課後に一人で教室で掃除してたな。もしかしたら今日もしてるんじゃないか?」
「成る程、ありがとうございます。行ってみます」
「おお、気を付けて帰れよ」
もう一度頭を下げ、博臣は職員室を出た。
だが、そこで博臣は思わず固まってしまう。理由は単純。顔立ちの整った、いわゆる美青年と呼ばれるであろう存在が、博臣の前に突然立ちはだかったのだ。上履きが赤い事から一年だと推測できるが、どことなく感じる戦闘の予感に思わず拳を構える。
「すまない」
すると、どういう訳かその美青年は突然頭を下げ、謝罪の言葉を向けてきた。
「え、え?」
「実は少し困った事になっていて、助けてほしいんだ」
真顔。何の感情を出すこともなく、真顔で淡々と言葉を紡ぐその美青年は、博臣が固まっているのを見て首をかしげた。
「俺の顔に何かついているのか?」
「いや、そういう訳じゃなくて」
いきなり自分に話しかけて来たことや、いきなり謝られたことや、いきなり助けを求められたことに対して驚いているのだが、それがわからないのだろうか。
「とにかく、助けてほしいんだ。お礼ならいくらでもやる。頼む」
よくわからない上に、真顔だから感情が伝わって来ないが、嘘をついている訳でも無さそうだ。本当は博臣も急ぎで大久保の元へ行きたかったのだが仕方がない。ため息混じりに頷く。
「仕方ないね、良いよ」
「本当か。すまない、助かる」
「それで、助けてほしいって?」
「あぁ、人を探しているんだが」
人探しか、博臣は気が遠くなる思いを堪えた。もしも彼の探している人が博臣の知り合いなら何も問題はない。だが、知らない人となると、たとえ手伝うとは言ったものの探すのは困難だ。本当に、知り合いなら良いのだが。
「大久保という名の男を探しているんだ。先生らしいんだが……」
「いやそれ、俺の探してる人と一緒だわ」
「何だと!大久保を知っているのか!」
いや何だその反応。学年主任なんだから一年生は全員知ってるだろ。
「俺は、あの男に会わなければならないんだ。会って話をつけねば」
「何かただならぬ因縁を感じるね」
「だが、俺はその大久保という男を知らないんだ」
あ、知らないのはお前か。呆れるを通り越し、無となった感情の中、博臣は思わず呟いた。
にしても、先程も言った通り、大久保は学年主任だ。一年生で知らない生徒はほとんどいないはずなのだが、まさかこの美青年は上履きを間違えた上級生なのだろうか。
「さあ、彼の元へ案内してくれ」
「俺も探してるところだからさ、一緒に探そうよ。一応宛もあるんだ」
「成る程、感謝する」
歩き出した博臣に美青年はついてくる。
先程の鵠沼の話だと、まだ教室に残っている可能性が高いことになる。ならば、大久保の教室、一年一組に行けば会えるかもしれない。
「そうだ、君、名前は?」
「あぁ、まだ言ってなかったな」
一呼吸置いて、美青年は口を開いた。
「竜宮美麗だ」
竜宮美麗、何だかこの世の者では無いかのような幻想的な名前だ。だが、彼の美的な容姿に合った良い名前だと、博臣は感じた。
「お前は何て言うんだ」
そこで、博臣は自分が考えに浸っていたのだと気づいた。名乗らせておいて名乗るのを忘れるとは、博臣は恥ずかし紛れに口を開いた。
「宮田博臣、博臣で良いよ」
「そうか、では僕の事も美麗と呼んでくれ」
そうこうしている内に、二人は一年一組の教室の前へとたどり着いた。中には一人で掃除している大久保の姿も。どうやら鵠沼の読みは当たっていたようだ。
だが、博臣が中へ入ろうとしたとき、美麗は博臣の肩を掴み行く手を阻んだ。
「え、何?」
「ここに大久保はいない。ここにいるのは担任だけだ。見ればわかるだろう。それに、あいつとはあまり顔を会わせたく無いんだ」
「え、担任?ってことは、美麗って一組だったの?」
美麗は首をかしげた。
「そうだが?」
「美麗、大久保ってお前の担任の名前だからね!」
「な、何だと!?」
やはり知らなかったようだ。美麗はその場で膝から崩れ落ちた。そんな解雇を言い渡されたサラリーマンみたいな真似しなくても。
「大袈裟なリアクションだな」
だが、その行動は心からのものなのか、どうやら本当にショックだったらしい美麗に博臣の言葉は届かなかった。
「お前ら、こんなとこで何してんだ?」
すると、大久保が教室から顔を出した。手にはまだほうきを持っていたので恐らくは掃除中だったのだろう。だが、これだけ長い間教室の前で会話していたのだ。気づかないなんて無いだろうし、気になるのもまた当然だ。
一度、未だ四つん這いになっている美麗を見下ろしてから博臣は口を開いた。
「先生に用があったんです、美麗が」
「え、美麗って」
そして、大久保も美麗を見下ろした。そこでようやく自分が見られていることに気づいたのか、美麗は顔を上げた。
「何故僕を見る!」
「いやお前が大久保先生を探してたんだろ」
「博臣も探してると言っていたじゃないか」
「俺の場合、用があるのは先生の方だから」
全く答えになっていない、とでも言いたげな表情だが、言い返すことを諦めたのか、美麗は大久保と向き直った。
「あんたが大久保だったんだな」
「え、お前、まさか名前すら覚えてないのか?」
「そんなものに興味はない」
あまりにも大久保が哀れすぎる。見ていた博臣は、一人そう思った。
「僕が大久保を探していたのはサッカー部の入部を許可してもらうためだ。それ以上もそれ以下もない」
「サッカー部!?」
博臣と大久保の声が重なった。
確かに、顔も知らない(知ってたけど)先生に用があるなんて、最初聞いたときは不思議な人だとは思っていたが、入部の手続きというのならば納得だ。担任の名前を知らないのはさすがにおかしいとは思うが。
しかし、どうやって顧問の名前を知ったのだろうか。普通は担任から教えてもらうものだと思っていたのだが。
「校長から聞いた、大久保と言う男に頼めばサッカー部に入部させてくれると。逆に大久保にしかその権利は無いと」
校長に直談判とは恐れ入る。
「そ、それは全然良いんだが、お前せめて俺の名前くらい覚えてくれよ。泣くぞ」
「あんたが泣こうがどうでも良い。だが、そうだな。サッカー部を学校から一任されるという重い責任を背負っているあんたに敬意を評して、名前くらいは覚えておく事にする」
何故こんなに上から目線な物言いなのだろうか。
だが、それで満足したのか、大久保は笑顔で美麗の背中を叩いた。
「理由なんか俺だってどうでも良い。覚えてくれりゃあそれで良いさ」
だが、美麗はその手を払い除けると一歩前に出た。
「俺はお前のそういう馴れ馴れしい所が嫌いで距離を置いていたんだ。無闇に僕に触ろうとするな」
「な、何だよ、これくらいは普通だろ?」
すると、美麗の雰囲気が変わった。
今までは、確かに口調こそきつかったものの、美麗はずっと真顔で淡々と大久保に応答していた。それこそ、それは興味がないと言っているかの如くだ。だが、最後の大久保の言葉を聞いたとき、美麗の表情に変化が起きた。
怒り、博臣には、美麗が怒っているように見えたのだ。
「あんたにとって普通の事が、世界にとっても普通とは限らない。主観だけで物事すべてを解釈し、納得していてはいつまでも成長は出来ない。確かにあんたのその態度は、高校生相手には親しみやすいのかもしれない。だが」
美麗は頭を抑えた。
「生徒を、生徒という枠で囲っているようでは、全生徒からは好かれるわけがない。僕のような生徒も必ず何人か出てくるに決まっている」
博臣は、途中口を挟もうとしたが、大久保に手で制止される。
「それで良いなら、僕だってそれで良い。人には相性というものがある。僕はお前が苦手。それで終わる話だ。だが、お前はそうじゃない。全生徒に好かれるために必死になって頑張っている」
その時、一瞬だけ大久保の表情が強ばったのを博臣は見逃さなかった。今までに見たことの無い、少しだけ怖い顔だった。
「もし、全生徒に好かれたいのならば、生徒を生徒ではなく一人の人として認識しろ。性格を分析し、一人一人違う接し方をしろ。そうすれば、お前は今よりももっと多くの人々からの支持を集められる事となるだろう」
大久保は絶句した。反論の余地が無かったのだ。サッカー部の生徒は、一人一人をちゃんと見ていた。それくらいの人数なら余裕があったし、個性的なメンバーは見ていて面白かったからだ。だが、生徒全員をちゃんと一人一人認識してたか、と問われるとそうではなかった。己の未熟さに、思わず歯軋りをしてしまう。
「そしてこれは最後の忠告だ。僕には話しかけるな」
「結局竜宮とは仲良くやれないのかよ」
本当に可哀想すぎる。博臣はこの哀れな気持ちを発散させるべく空を見上げた。黄昏は、常にどこにでもはびこるものだ。
「とにかく、良かったね美麗。目的は達成できたみたいで」
すると、やはり美麗は表情を変えぬまま、だが誠心誠意を込めて口を開いた。
「あぁ、全部博臣のおかげだ。本当にありがとう。大したことは出来ないが、今度お礼をさせてくれ」
「お、お礼なんて良いよ。先生の所に連れてっただけでしょ?」
美麗は首を振った。
「いや、博臣がいなければここへはたどり着けなかった。実は博臣の前に、十人くらいに声をかけてみたんだが、誰も助けてはくれなかったんだ。だから、本当に助かった」
「気にしないでよ、また助けてほしかったらいつでも言ってよ。出来ることは少ないかもしれないけど、出来る限りの協力はするからさ」
「博臣も、困ったことがあったらいつでも僕に言ってくれ。たとえ何を犠牲にしてでもお前を助けてみせる」
本気度が伝わってくるから嬉しいのは山々なんだけれども、言い方が物騒で恐ろしすぎる。そして美麗が言うと何だか余計に怖い。
すると、美麗は一度顔を俯かせてからゆっくりと顔を上げ博臣を見た。
「友達って、こんな感じなのだろうか」
美麗の言葉に、博臣は胸が締め付けられるのを感じた。口振りからして、恐らく友達ができたことが無いのだろう。
確かに、美麗は性格に癖も難もある。けれど悪いやつというわけでもなければ、常識はずれというわけでもない。もしかしたら、この性格の癖も他人との関係を築けなかった故のものかもしれない。
だから、博臣は手を差し出した。
「何言ってるんだよ、俺たちは友達だろうが」
だが、差し出された手を見た美麗は、少しだけ寂しそうな顔をして俯いた。
「すまない、人に触れるのは苦手なんだ」
「そっか、悪い」
慌てて手を引っ込める。先程の大久保に触れられた時の反応や、今の口振りからして、ただ苦手ってだけでも無さそうだが、そこを追求することはしなかった。
「それでも、僕を友達だなんて言えるのか。握手も交わせないようなやつを、友達なんて」
「言えるさ、そんなのは大した問題じゃない。俺たちは友達だ、美麗」
変なやつだ、最初に美麗が感じたのはそんな事だった。だが、何故かその感情は時間を刻むごとに胸を苦しくさせた。目元に熱を持たせた。
思えば、今まで出会ってきた人間の中で、美麗の普通じゃない部分を知った上で友達などと言ってくれたのは博臣だけだった。
美麗は溢れそうなまでに心に広がる感情を何とか抑えながら博臣の手を見た。そして目をつむると、その手と自らの手を強く結んだ。
「み、美麗!?」
だが、すぐにそれを離すと、美麗は博臣に背を向けた。
過呼吸になりかけ、ゆっくりと深呼吸をする。少し落ち着いたタイミングで、美麗は口を開いた。
「友達だと言ってくれる相手に対して、握手もできないなんて失礼すぎるからな」
そう、これが。
これが新たな仲間、ちょっと変わり者の、竜宮美麗との出会いだった。
空に手を伸ばし、開いたり閉じたりしてみる。だが、そこに痛みはない。あるのは動かしている筋肉の感覚と内部でうごめく骨の感触だけだ。
佐川暴行事件から約一ヶ月が経った。当たり前だが博臣の右手は完治しており、部活参加への許可もあっさりと出た。状況が状況だったため、もっと酷い怪我だったような気もしていたが、別に骨折した訳でもない。少し大袈裟に解釈していたようだ。
「やっとこの時が来たんやな」
朱音は博臣の肩に右手を置いた。
そう、ようやくこの時が、紅白戦の時がやってきたのだ。
「結局入部した一年は昨日入ったやつを含めて六人だけか!」
大我が気の抜けた声を張り上げる。博臣は今、究極の矛盾を目の当たりにした。
だが、紅白戦は一年対二、三年で行われる事になっている。一年生が六人だけしかいないということは、一チーム六人で試合をするということだ。
ついでに昨日入ったやつ、というのは美麗の事だ。
「菊地先輩が、最低でも一チームに七人は入れるって言ってたから、二年生から一人こっちのチームに来るんじゃないの?」
「その通ーーーーーり!!」
博臣の推測に賛同するように、突然小村崎が背後から現れたかと思うと、その背中に抱きついてきた。と、思われたが博臣は捕まる寸前にそれを華麗に交わし、小村崎の行為は空振りに終わる。
「ひ、博臣が冷たい……」
「小村崎先輩、あなたは本当にどこにでも湧いて出ますね」
「人をモンスターみたく言うな!けほっけほっ」
盛大な咳に、博臣は思わず小村崎を見る。
「あれ、この前も咳してましたよね?風邪ですか?」
「んー、そうっぽい。暖かくなってきたから油断してたのかも。それか季節の変わり目だからかな」
鼻の下を触りながら小村崎はため息をついた。
確かに、季節の変わり目というのは風邪をひきやすい。実際、一週間前には博臣の父親も熱を出していた。まあ、それがわかったところで、環境の変化に対して何ができるわけでもないのだが。ただ自然に任せて自らも流れていくこと以外に出来ることはない。
「うぃーす」
すると、どこからともなく気の抜けた声が聞こえてきて、その場の全員が声の方へと振り返った。声は小村崎の後ろからだったが一年は皆戸惑った。知らない人が、サッカーをしそうな格好をして現れたのだ。知らない人が、サッカーをしそうな格好をしてだ。
「おろ、健ちゃん久しぶりぃ。また痩せた?」
その男は、でかかった。決して背が高いわけではない。実際、身長は博臣と同じか少し低いくらいだし高さがあるわけでは無いのだが。体格が物凄く良かった。筋肉が凄いのはもちろん、肉厚というか、太っているわけでは無いのに、筋肉以上にも肉を纏っているというか、とにかく厚が半端なかった。そう、例えるのならば柔道部にでも通っているかのような体格だ。それにしても随分と高校生離れしているが。
博臣は唖然とした。
だが、小村崎は柔道部っぽい人に軽快に手を振った。
「義信、おつかれー」
「いやぁ、レポートまじでめっちゃ長かったぞぉ。本当はもっとかかりそうだったんだが、紅白戦があるって言ってたからな。死ぬ気で終わらせたったぜ」
「一ヶ月合宿行ってたと思ったら、その後はレポートまで書かなきゃならんのか」
「あぁ、一難去ってまた一難。めんどうな世の中よのぉ」
状況が理解できないため、博臣は小村崎の肩をつついた。
「小村崎先輩、この人は?」
すると、義信と呼ばれた男は博臣の目を凝視し、満面の笑みを向けた。
「おぉ!綺麗な良い目を持ってるなお前、気に入った!」
「こいつは大原義信、今まで強化合宿に行ってていなかった部員の一人だ。二年のゴールキーパー」
「ゴールキーパーなんですか!?」
その単語に食いついたのは朱音だった。
「何だ何だ、今年の一年は中々ぐいぐい来るじゃねぇの。いかにも、俺は式高で唯一無二のゴールキーパーだ」
「俺もゴールキーパーなんです!」
唯一無二説が撤回された瞬間だった。
「是非私めを弟子へ迎え入れてくださいませ!」
「良いだろう、私についてこれたらの話だがな!」
何かおふざけが始まった。
だが、初対面の相手にこれほど柔軟に対応するとは。これはあくまで現在の印象の話だが、懐が広いというか、包容力が凄いというか、義信は、心まで大きい男なのだと博臣は思った。
というか、このサッカー部に所属する先輩たちは優しい人が多すぎる。
「義信、今年の一年はすごいぞ!何たって日本一サッカーが上手な博臣が入部してくれたからな」
「さすがに日本一上手いとは思ってませんけど」
無駄に持ち上げられ思わず身を引く。
「ほぉ、日本一上手いとは思っていないけど、全国で通用するレベルだとは思っている、と」
義信は冗談混じりに博臣の肩へと手を回した。だが、対して博臣はそんな義信の瞳を真正面から捉えた。
「思っています」
「中々強気じゃねぇか、そういうの嫌いじゃないぜ」
「いえ、強気というか事実です」
怯んだ。自分でも今、間の抜けた顔をしているのだとわかった。義信は博臣の淡々とした口調にどこか違和感を覚えた。彼の言動には、自信とか傲慢とか、そう言ったものが見当たらなかったのだ。国語の授業で音読をしているような、そう、見たものをそのまま読んでいるような、そんな自然さが博臣からは伝わってきた。
「特殊だろ?博臣」
小村崎の声で義信は我にかえった。
「特殊だなんて失礼な」
「いや博臣、お前は特殊だ」
義信は回していた腕を博臣から解放し、転がっているボールを手に取った。そしてそのボールを博臣の方へと転がし、人差し指を空へ向けた。
「それが事実なら鬼に金棒。ただでさえ強い俺たちのチームはもっともっと強くなるだろう!」
だから義信は笑った。
「故に真実を確かめたい。お前の球を受けてみたくなった」
「いや何故空を指差した?」
「博臣、俺とPK勝負しろ」
「いや何故空を指差した?」
小村崎の突っ込みを全力で無視し、博臣の前へと歩み寄る。
「その必要は無いと思います」
「何故だ」
「もうそろそろ紅白戦が始まるので」
全くその通りだ。
「待たせたなみんな」
その流れになるのを見計らっていたかのようなタイミングで、菊地が現れる。後ろには堂島もおり、博臣を見るなり微笑んだ。
だが、更にその後ろに、見覚えのない人影がちらほらと見当たった。
「紅白戦とか燃えるな!」
「…………」
「そう?相手年下とか嫌なんだけど」
「まあそう言うなって、な」
菊地の連れてきたその男たちは、やはり全員知らない人だった。四人いるが、みんな雰囲気が特殊でどこか不思議な感覚だ。
「一年は全員いるか?」
「いえ、歩と英斗がまだです」
「英斗はまだしも、歩もいないのか」
「課題を忘れたとか何とかで、居残りさせられてます。でも、もうそろそろ来るんじゃないですか?」
歩が入部してから、そろそろ二週間程経過する。だが菊地が、歩の事を少しずつ理解しているのを見て、何となくリードしていたような気持ちになっていた博臣も、それが些細なものだと気づいた。
「んで、秀太が助けた天才ってのはどいつよ」
四人の内の一人、髪を逆立てた鼻の低い、小柄な男が口を開く。秀太、堂島秀太。人見知りの堂島が助けた人間なんて、一人しかいないはずだ。博臣の事だ。
「それなら俺です。あの、あなたたちは……」
「悪い、紹介が遅れたな」
今度は菊地が前に出てきて四人を横並びにさせた。毎度ご丁寧に、どうやら紹介してくれるらしい。
「まずこの博臣に興味津々のナリヤンが井出勝也。三年フォワード。マジでこいつが一番面倒くさい」
「ちょ、その紹介ひどくねぇ!?」
井出の反応を完全無視して、菊地は次のやつの紹介へと移る。
「隣の真顔童顔が林道純一。三年ミッドフィルダー。物静か、というかほとんど喋らない。いわゆる仏みたいなやつだな」
「…………」
何を話す訳でもなく、林道は見慣れない一年部員たちをゆっくりと見回した。菊地の言う通り林道は童顔なので、顔が怖いわけでは無いのだが、真顔のまま表情が一切変わらないというのはどこか恐ろしさを覚えた。
感情が表に出にくい美麗も表情が変わらないが、林道の場合は、まるで感情がないかのように表情が変わらなかった。
だが菊地は慣れているのか、そんな林道でさえもスルーして次へ行く。
「更にその隣、目の細いのが牧野瞬。二年ミッドフィルダー。年下は苦手って言ってたっけ?一年生たちは噛みつかれないように気を付けろよ」
「別に噛みついたりしませんよ。犬じゃあるまいし」
「後輩を愛せないなんて、何て勿体ないやつなんだ」
ここで、後輩愛好家の小村崎が口を挟む。
「別に嫌いな訳じゃなくて、苦手なだけだから。それに、苦手なもんは苦手なんだから、勿体ないとか言われても知らん」
「彼女は一個下の癖に」
「余計なお世話だっつーの」
後輩が苦手とかそういう話は小村崎の一言によって書き消された。
牧野先輩、彼女いるんだ。その場の一年全員がそう思った。
「さて最後、一番奥の眼鏡のやつが川口響。二年ミッドフィルダー。こいつは怖いくらい健康的な生活を送る、いわゆる健康病ってやつだ」
いや、いわゆるとか言われても全然わからないのだが。
しかし、確かに菊地の言う通り川口は驚くほどに健康的な体をしていた。多すぎず、少なすぎない脂肪。程よくついた筋肉に、焼け過ぎてはいないが真っ白ではない肌。見た目だけで、健康なんてわかるわけ無いとは思うのだが、それでも、その見た目は健康そのものだった。
「健康病なんて、人聞きの悪い言い方はやめて欲しいものだね。それではまるで病みたいじゃないか。僕は、ただ自分の身長に必要な摂取カロリーを、一カロリーもずれないようにして食しているだけなのに」
「もはやそれが病気だって。しかもそれだけじゃないだろ?睡眠時間と運動量、部位ごとの日の当たり具合。ヨガにサプリ、健康に必要な事は何だってやるくせに」
ここまで来ると本当の健康とは一体なんなのかと考えさせられてしまう。健康に執着するその心は菊地の言う通りもはや健康では無い気がした。
「それはついでだよ、番外編みたいなものさ」
そして例えがあまりにも下手すぎる。
だが、そこで博臣はふと気づいた。
「あれ、川口先輩、二年って言ってましたよね?菊地先輩にタメ語で話して……」
「よく気づいたな少年!」
あなたはどこの探偵ですか。
眼鏡を人差し指で押し上げ、逆の指で博臣を差す川口のその姿は、まさしくどこかで見た探偵そのものだった。強いて言えば帽子が欲しいところだったが、それはいいだろう。
「響と俺は従兄弟なんだ」
菊地の言葉を聞いた博臣は、驚愕に固まってしまった。何せこの二人、見た目が全く似ていないのだ。今からでも嘘だと言われればそっちを信じてしまうだろう。
当たり前の話、菊地の言った事は嘘などでは無かったのだが。
「さて、これで一通り紹介は終わったかな」
この時が来た、と言わんばかりに、菊地は部員たちから一歩引いて全員が見渡せる位置へと移動した。そしてその表情が徐々に恍惚へと変わる。
「それじゃあ始めるか、紅白戦!」
式高サッカー部初の試合(部内での練習試合ではあるが)が今、幕を開けようとしていた。
試合時間は全部で五十分。それを前後半に分けて二十五分ハーフで試合をする。
コートは、数値化するのは厳しいが、少なくとも中学の頃の試合の時よりは小さい気がした。他の部活もあるので、取れる範囲が限られているのもあるだろうが、今回の試合が七人対七人で行われるものというのも大きな要因だ。
チーム分けはこうなった。Cはキャプテンだ。
紅組『菊地C、井出、大原、堂島、林道、牧野、川口』
白組『瀬戸C、小村崎、宮田、森、竜宮、橋本、菅原、』
試合は四時から行われる事になり、それまではミーティングの時間として利用することになったので、各チームはそれぞれ別に固まって作戦会議を行った。
「何で俺が白のキャプテンに?」
あの後、遅れてやってきた歩は、突然渡されたキャプテンマークに面食らっていた。それもそうだ。何せ一年には、誰一人この事を伝えられていなかった。故に、てっきり埋め合わせの上級生がキャプテンをやると思っていたのだが。どうやら予想は外れてしまったようだ。
「きくっちーの話によると、今回は一年の力量を測るための試合だから、白チームの事は一年に一任しろとの事です」
おせんべいを食べながら小村崎はそう言った。確かに、ここで小村崎があれこれ指示を出してしまってはわざわざ一年と二、三年を分けた意味がなくなってしまう。さすが菊地、と博臣は尊敬の意を菊地に飛ばした。届くはずもないのだが。
「で、でも、だったら博臣の方が……」
「いや、俺にまとめる役なんて本当に無理だよ。俺は使われてこそ本領を発揮できるタイプの人間だからさ」
確かに、と黙り込む歩。少しは反論してほしかったところだが、事実なので博臣もそれ以上は何も言わなかった。
一瞬の沈黙を見計らい、大我が手を上げる。
「あの、ポジションとかも自分達で決めろって事ですかね」
「じゃねー?」
軽いな。そう思ったが、小村崎の返事に一同は黙り込んでしまったため、場違いな気がしてそれを口に出すことはしなかった。
博臣たちは、去年まで中学生だったのだ。故に、今までは自主的に動く事より、指示に従う事の方が多かった。なのに、いきなりそんな事を言われては、どうすれば良いのかわからなくなるのも当然だった。
だが、黙り込む博臣たちを見て、歩は口を開いた。
「みんなは、中学の頃どこやってたんだっけ。それをベースに少しずつ考えていこうぜ」
その一言で、場の雰囲気は明るいものへと変わった。歩がキャプテンで正解だったと、皆が感じた瞬間だった。
もしかしたら、菊地にはこの未来が見えていたのかもしれない。
そこからの流れはスムーズだった。元々七人という事もあり、まとめるのが楽だったのもあるが、やっていたポジションがバラけていたのが一番の要因だった。
ひとまずは安心だ。
「竜宮、美麗だっけ?美麗くんはどれくらいサッカーやってるの?まだあんまり知らないからそこら辺気になるんだけど」
美麗は表情を変えぬまま振り返り、小村崎に掌を広げて見せた。
「幼稚園からやっている」
どうやらあの手は五歳を表していたらしい。
「そんなに前からかよ!これは、有望株間違いなしじゃないんですか?」
「あまり期待はするな」
美麗は小村崎を捉えながらきっぱりとそう言った。というか、たとえ相手が小村崎だとしても先輩には敬語を使うべきではないのだろうか。博臣は少しだけこの状況に不安を感じてしまった。
「元々、僕は高校に入ってすぐ、横浜のクラブチームに入ったんだ。だが、そのチームは僕が入ってすぐに壊滅した」
ちょっと何を言っているのかよくわからない。人数が足りなくて無くなった、とかではなく、壊滅。いや壊滅ってなんだ。
その原因を知りたがっている周りからの視線を感じたのか、美麗はみんなを見回すと考えるように顎に手を置いてからゆっくりと話し出した。
「……原因は僕にもわからない」
どうやら個人がどうこうと言った話では無いらしい。しかし、チーム一つ潰れるほどの事態があっておきながら、所属していた人たちに何の通達も無いのは少し不自然では無いだろうか。
博臣は美麗の顔を見たが、嘘をついているような顔には見えなかった。
博臣はここ二日間で、美麗の無表情の中に潜む感情がよく見えるようになった気がした。そう考えると美麗は意外と素直だ。
「何だか不気味な話だな」
小村崎は一旦この話は終わらせようと、そう結論付けた。
だが、今の話が本当ならば美麗のサッカー歴はベテランの域だ。これに加え博臣と歩もいるとなれば勝てる未来は自ずと見えてくる。
見えてくる希望に博臣は微笑した。
「そっちのチーム、準備はできているか」
菊地の声だ。歩は菊地に向かって大きな丸を作った。
「よし、じゃあ試合を始めるぞ!全員コートに整列しろ!」
緊張と不安、興奮と期待の中、それぞれ紅白チームは、己のコートへと足を踏み出した。