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036,貴族



 オレが失礼なことを考えている間にも、宮園嬢の本日の目的である魔導書のオークションはスタートし、どんどん入札金額が上がっていく。

 宮園嬢も必死に食らいついていっているが、彼女の予算はもうすぐそこまで迫っている。

 このままでは勝てそうにない。


「勝てそうにありませんわね。残念です」

「そうでもありませんよ」

「え?」


 完全に予算をオーバーしたため、がっくりと肩を落としてしまった宮園嬢をみて、オーナ嬢が何の感情もこもっていない言葉で慰めを口にする。

 しかし、宮園嬢が勝てなくても別に問題はないのだ。


 オレは持っていた札を上げ、決まりかけていた競りに参加する。

 相手方はどこぞの貴族のようで、負けじと金額を上げてくるが、オレの予算はまだまだある。

 さあ、勝てるものなら勝ってみろ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「やった! やったー! 御堂さん! 御堂さん! やったー!」

「茉莉さん、落ち着いてください。みんな見てますよ」

「えへへ……。だって! くふふ。ぐふふふ……!」

「お、おう……」


 結局、宮園嬢の予算の倍ほどもかかってしまったが、見事に競り勝つことができた。

 思っていた以上の金額になってしまったので、背中に冷たい汗が流れているのは内緒だ。

 競っていた貴族風の男がものすごく睨んできているので、宮園嬢をすぐに黙らせたが、今度は気持ち悪い笑みが漏れ出ている。

 女の子としてみせてはいけない類のものだと思うぞ……。


 気持ち悪い笑みがやっと引っ込み、その後はずっと笑み崩れっぱなしの宮園嬢のせいで、ベテルニクス姉妹も引き気味だ。

 おかげでミーナ嬢の攻勢も収まったし、オーナ嬢も宮園嬢に興味がでたのか、じっと目線をやって観察しっぱなしだ。


 そのあとはしばらくの間、のんびりと競売をみることができた。

 オレが競売に興味があると理解したのか、宮園嬢に引いていたミーナ嬢が出品される品や競るときのテクニックなど、合間合間に説明してくれる。

 オーナ嬢はどうやら、宮園嬢の観察を終えて、実際に話をしてみることにしたようだ。

 先程まで笑み崩れていた宮園嬢は、オーナ嬢に話しかけられてしどろもどろになっていた。

 頑張れ、宮園嬢。


 オークションにかけられる品は、事前に目録に順番が明記されて配布されているので、あと数品で今回のオークションも終わるようだ。

 結局ここまで、魔導書だけしか競りに参加していない。

 残りの品も特に興味をひくものはなかったので、最後までみていくかどうかちょっと迷うところだ。


 帰ろうか迷っていたところで、次の品が運ばれてきたのだが、今までずっと置物だったミリー嬢の狐耳がピコンと跳ね、狐尻尾の毛がブワッと逆だったのが視界に入る。

 何事かと思って彼女に問おうとする前に――


「ミドー様! あれ、魔法式の本です! 絶対そうです!」

「迷宮で発見された遺跡の中から持ち出された書物のセットのようですね」

「タイトルが古代ミドニアド文字で書かれているんです。普通の人は読めないと思います! だからわからなかったんです!」


 古代ミドニアド文字というのはオレにはよくわからないが、ミリー嬢が断言するのならそうなのだろう。

 こと魔法式と食に関することには定評がある彼女だ。

 たとえ勘違いだったとしても、それはそれ。

 驚くほどの金額になりさえしなければ問題はないだろう。

 今回の予算にはまだ少し余裕がある。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 遺跡から持ち出された書物のセットは、ゆっくりと値段が上がっていったが、興味を引くようなものでもなかったようで、ほかの品と比べても立ち上がりは非常にのんびりしたものだった。

 だが、オレが入札した途端、魔導書のときに競ってきた貴族が大きく入札してきた。


「嫌がらせをするつもりのようですね」

「やはりそうですか?」

「ええ、このまま普通に競っていては、金額を無駄に膨らませられるだけです」

「では、一気に行きますか」


 魔導書よりも、今回のほうが遥かに重要だ。

 滅多にみつからない魔法式についての書物。

 しかも、世界のどこかを模す迷宮が構築した遺跡から見つかったのだ。

 未だに手付かずの遺跡があり、そこに遺された書物ということだ。

 価値は相応にありそうだ。


 嫌がらせを始めた貴族が少しずつ金額を上乗せしてくるのを無視し、一気に総額の倍で入札する。

 金額が一気に倍になったことで、貴族が歯ぎしりが聞こえてきそうなほど悔しそうな表情をしている。

 だが、まだ諦めないつもりなのか、最低限の上乗せをしてきた。

 これにはさすがに場も白け始める。


 明らかに嫌がらせとわかっている上に、最低金額での入札だ。

 せこいとしか言いようがないやり方なのだ。

 会場からは失笑すら漏れ聞こえてくるほどで、嫌がらせ貴族は俯いてぷるぷると震え始めてしまっている。


「ミーナ様、オークションが終わったあとに面倒なことになりませんか?」

「それは平気です。あれはウンディス男爵の次男ですから。ウンディス男爵に釘を差しておきますので滅多なことはできないでしょう」

「そうですか。お手数をおかけします」

「いいえ。オークションでは貴族だろうと、あのような態度をとっていいものではありません。でなければオークションの意味がありませんので。むしろ、このことで報復など行えば、男爵のほうが社交界で笑われるでしょう」


 すでにピエロと化している貴族、いや、ウンディス男爵の次男坊は最低限の入札を繰り返している。

 報復についての確認も済んだので、終わらせるべくさらに大きく入札したが、それでもまだ次男坊は諦めなかった。

 だが、そこでオークショニアから待ったがかかる。

 すでに、入札額は結構な額に膨れ上がっており、会場もざわついていたところだ。

 オークションで購入した品は、一括払い限定になっている。

 貴族だろうと、一括で支払いができないのであれば問題になる。

 相手は男爵の次男坊だ。

 ミーナ嬢にさらに詳しく聞いたところ、ウンディス男爵は別に資産家というわけでもなく、至って普通の下級貴族だそうだ。

 男爵本人なら一括で払えなくもないだろうが、その次男坊では怪しい。

 だからこそ、待ったがかかり、支払えるかどうかの確認が行われるようだ。

 オレは問題ないので、係の者が来る前に、財布袋から取り出してテーブルの上に十万アレド硬貨を大量に積み上げておいた。

 現在の入札額は、三千六百万レドなので、テーブルの上は十万アレド硬貨でいっぱいだ。


 オークションも残り数品だけなので、遺跡から持ち出した書物のセットは後回しとなり、今は残りの品の競りが始まっている。

 ここで目的の品がでてきたら最悪もいいところだったが、残りの品に興味はないので問題ない。


 そして――


「お待たせ致しました。戻りまして、エントリーナンバー二十六。セイス迷宮二十八層の遺跡から持ち出された書物のセットですが、最低価格十二万レドからの再スタートとなります」


 オークショニアが、競りが始まったときの最低価格からの再スタートを宣言した。

 つまり、次男坊はどうやら支払えない額での入札を行なったようだ。

 明確なルール違反である。

 次男坊といえど、貴族の席に列せられている人間なので、罰を受けることはないだろう。

 だが、ウンディス男爵には、十分なほどの醜聞になるそうだ。

 この場合、男爵本人が次男坊を厳しく罰しなければ、それはさらに酷い醜聞となって社交界に広まるらしい。

 すぐにでもウンディス男爵にはこのことが知らされ、オークションが終わるまでには次男坊を拘束しに来るだろう。

 なので、オレたちはゆっくりとオークションが終わるまで待っている必要がある。


 あ、ちなみに、遺跡から持ち出された書物のセットは十三万レドで落札できた。

 誰も競ってこなかったので最低額の一万レドを上乗せして終わりだった。

 まあ、再スタートの意味は会場にいる全員が知っていることなので、競るだけ無駄だと判断したのだろう。

 最低でも三千六百万レドまでは、オレが降りることはないとわかっているのだしね。

 それだけの価値があるのかもしれない、と思った人間もいただろうが、オレがいる席は迷宮都市でも有数の大商会、ベテルニクス商会の特別席だ。

 少しでも頭が働く人間なら、かかわらないほうが賢明だと判断できたのだろう。

 あの次男坊は相当なノウタリンだというわけだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ミーナ・ベテルニクス。このたびはバカ息子が申し訳ない。あのバカには今後自由を与えない。それで今回は手打ちにしてもらえるだろうか」

「もちろんです、男爵様。当商会も男爵様とは末永くお付き合いしたいと存じております。以後も格別のお引き立てを賜りますようお願い申し上げます」

「ああ、こちらこそよろしく頼む」


 無事オークションも終わり、落札した品の支払いを終えたところで、別室で壮年の貴族男性と面会することになった。

 彼が、嫌がらせをしてきた貴族の次男坊の父親であるウンディス男爵本人だそうだ。

 釘を差す以前に、開口一番謝罪されては、ミーナ嬢も無難に返すしかない。

 まあ、わざわざあちらが先んじて手を打ったことを蒸し返すこともない。


 オレやミリー嬢、宮園嬢は三人で置物に徹し、オーナ嬢も対応を姉にまかせて穏やかに微笑んでいるだけだった。

 チラっとこちらにも男爵は視線を向けたけど、ミーナ嬢が紹介する気がなさそうだったので、深くは触れずに用事が済めばすぐに立ち去っていった。

 これから次男をこってりと絞るのだろう。

 ぜひとも宣言通りに自由にしないでもらいたい。

 野放しにしていたらどう考えてもオレを逆恨みしてくるだろうからね。


 ここ、フッドフォール王国では貴族に襲撃された場合、完全な正当防衛でもこちらのほうが罰せられる可能性が高い。

 なので、貴族とことを構えるなら、秘密裏に抹殺するか、訴えることができないほど追い詰めるしかない。

 どちらも面倒なのでやりたくないけどね。



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モチベーションがあがります。

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