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035,オークション



 宮園嬢が屋敷に通うようになってから数日。

 魔導書集めはあまり進んでいない。

 そもそもが、魔導書というものは、魔法の研究成果をまとめた本という位置づけだ。

 それはつまるところ、魔法使いの研鑽の記録でもある。

 そういったものが、安価で手に入るわけもなく、希少性を維持するために写本されることもあまりない。

 つまりは、なかなか手に入らないのだ。


 それでも、魔法式の本よりはずっとマシなのだが。


 今のところ、集まった魔導書は数冊程度。

 使用人寮の部屋に置けるサイズで、じゃまにならない程度の本棚でもさすがに少なすぎる。


 そんな折、宮園嬢から第四区画で開催されるオークションに魔導書が出品されると聞かされた。


「貯金全部使っても絶対手に入れてみせるよ! 食費はもう考えなくていいからね!」

「マツリちゃん……。ミドー様の前でそういうことは……」

「いいんですよ、ミリーさん。もう彼女のそういうところは諦めてますから」

「なんか貶された気がする!」

「気のせいですよ」

「そっか!」


 気がするじゃなくて、その通りなんだが、まあ、宮園嬢なのでどうせ深くは考えていないからスルーで問題ない。

 だいたいお分かりだと思うが、宮園嬢はちょっとおつむが弱い傾向にある。

 特にリラックスしているときなんかにその傾向が現れるようだ。

 普段はもっとマシなようなので、そこまで心配していない。


 それにしても、オークションか。

 迷宮都市ではそれなりの頻度で開催されているのは知っていた。

 迷宮では時折、宝箱から価値の高い物品が手に入ることがある。

 宝箱自体の出現率が凄まじく低いので、そうそうお目にかかれるものではないが、ポーションなどもこういった宝箱から得られるものだ。


 そういったものを、何の伝手もなく売りさばくことは難しい。

 探索者ギルドや冒険者ギルドに持ち込めば、それなりの額ですぐに引き取ってはもらえる。

 だが、どうしても早い分安くなってしまうようだ。


 そこで活用されるのが、オークションだ。

 迷宮都市にはそもそも、宝箱から入手したもの以外でもたくさんの稀少なものが集まってくる。

 巨大な都市であり、活気あふれる場所だからこそ、人間も物資も集まってくるのだ。

 その中には当然稀少なものも含まれるので、そういったものがオークションにかけられることがよくある。


 開催されている頻度からもわかるように、そういった稀少な品は相応に持ち込まれているようだ。

 中には犯罪紛い、もしくは完全に犯罪を犯しているものすら出品されることがある。

 たとえば、禁制品や、奴隷だ。

 この世界の奴隷制度は、終身奴隷による強制的な労働力がほとんどだが、こういったオークションに出てくる奴隷はもちろんそういったものではない。

 治安がそれなりにいい迷宮都市でも、こういった闇は確かに存在しているが、入場するにも込み入った手順やコネ、金などが必要となっているので、一般人が知ることはまずない。


 オレは、ベテルニクス商会経由で知っているだけだ。

 行ったことはないが。

 そもそも、普通のオークションにすら行ったことはない。


「いいですねぇ、魔導書は。もうちょっと魔法式の本もみつけやすければいいのに……」

「マイナーだしねー。しょーがないよ!」

「あぅぅ。どうせマイナーですよぅ」

「ごめんごめん! でも、ミリーちゃんはいいじゃん! 御堂さんに拾ってもらえて好きなことして暮らせてるんだし!」

「それはそうですけどぉ」

「あたしだって好きなことして暮らしたい! 魔導書読んで魔法使ってるだけでお金入ってこないかなー。チラッ!」

「そういった仕事に心当たりはありません」

「むー」


 実際に、オークションには稀少な物品が多数出品されるとはいえ、魔法式関連の書物はさっぱりでてこない。

 そもそもが、欲しがる人が少ないという、需要のなさもあるが、数が少なすぎるのだ。

 稀少すぎる上に需要がない。

 そりゃあ、見つかるわけがないというものだ。


 その辺もミリー嬢はよく理解しているので、愚痴ってはいるが仲良くなった宮園嬢だからこそ口に出しているだけだ。

 オレに対してはそんなこと……いや、結構言われたか。


「ベテルニクス商会にはオークションの品目の精査はしてもらっているので、魔法式関連のものが出品されたらすぐ連絡が来ますよ。そのときは相当な高額にならない限りは手に入れるつもりですので、安心してください」

「ミドー様! ありがとうございます!」

「ぶーぶー。なんかミリーちゃんとあたしとの扱いに差があるー。差別だー。ぶーぶー」

「差別ではなく、区別ですよ」

「ぶー」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 魔導書の出品されるオークションには、結局オレも顔を出してみた。

 雰囲気を掴むのと、ちょっとした好奇心だ。

 なんだかんだで宮園嬢が通うようになって、屋敷の中が明るくなったような気がする。

 彼女の明るい性格のおかげでもあるだろうが、使用人たちにも好かれているからだろう。


 ミリー嬢も魔法式ばかり書いているのではなく、宮園嬢と楽しく過ごしているところをみかけるのも多くなっている。

 オレが指示を出しているノルマはきちんとこなしているようなので、それ以外でどう過ごそうともそれは彼女の自由だ。

 今までよりも笑顔が増えているので、良い傾向なのだろう。


 それに、宮園嬢が色々と料理をリクエストするので、オレがすっかり忘れていたりするレシピも提供できるようになってきている。

 お好み焼きや、アイス、プリンなど、宮園嬢のおかげでレシピが提供されたので、モーリッドの中での宮園嬢の株はかなり高い。

 ただ、宮園嬢自身は作り方をまったく知らないか、ほとんどうろ覚え状態なので、料理の名前とどんなものかを聞き出して自分で試行錯誤するか、オレに聞きに来る形になっている。

 今までオレが提供したレシピや調理法で、モーリッドも地球の料理をかなり再現しやすくなっているので、宮園嬢から聞き出しただけでも再現できたりするのだ。

 さすがは、ベテルニクス商会でも随一の腕を持つ料理人だ。


 ただ、そうやって作り上げたレシピは、すべてオレに所有権が帰属する。

 多少の謝礼は支払っているが、最終的にはオレのものだ。

 そのことは、宮園嬢も納得済みなので問題ない。


 そうやって、屋敷の中の雰囲気も変わってきているのに伴い、オレの中でも色々と変化があった。

 宮園嬢に影響を受けているのは、何も皆だけではなかったようだ。


 そうして、オークションに参加してみたわけだが、連れは宮園嬢とミリー嬢。

 さらには、ミーナ嬢とオーナ嬢までついてきた。

 というより、元々ベテルニクス姉妹はこのオークションに参加予定だったので、オレたちが参加すると聞きつけてベテルニクス商会専用の特別席に招待してくれたのだ。


 おかげで、宮園嬢とミリー嬢は完全に借りてきた猫状態である。


 宮園嬢は前回ベテルニクス商会へ行ったときのやらかしで、ミーナ嬢に苦手意識ができている。

 ミリー嬢は言わずもがなの権力に弱い一般人体質なので仕方ない。


 オレは両隣を陣取っているベテルニクス姉妹の相手をしなければいけないので、ふたりのフォローはできない。

 頑張って耐えてくれたまえ。


 ただ、ミリー嬢はまだしも、宮園嬢に関してふたりから色々と質問が飛んでくる。

 雇っているわけでもないのに、同郷という理由だけで屋敷に毎日出入りしているのだからごもっともだろう。

 ミーナ嬢からは刺すような視線も飛んでくるし、オーナ嬢は逆に楽しそうだ。

 ……早くオークション終わらないかな。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 いくつかの出品物が競売にかけられ、なかなかに賑わいをみせるオークション会場だが、ベテルニクス商会特別室では混沌とした空気が流れていた。

 緊張で身動きひとつしないふたりの置物とは対照的に、次回の試食会や、提供したレシピ、買い物に付き合ってほしい、新しいドレスが届いたのでみてほしいなどなど、姦しくも矢継ぎ早に繰り出される会話で完全に場を支配しているふたりとのギャップがすごい。


 というより、置物ふたりは完全に空気だ。

 最初に少しだけ宮園嬢への質問があったが、無難な答えしか返せないし、それが真実であるから特に何もなく、次の話題へと流れてくれた。

 あとはもう、ミーナ嬢が必死に押しまくってきている。

 オーナ嬢はそれに茶々を入れつつも、体を密着して自身の姉を煽ってくるし、オークションの雰囲気を掴むどころの騒ぎではない。


 どうしたものかと思いつつ、ベテルニクス姉妹の攻撃をのらりくらりとかわしていると、今日のオークションの目的でもある魔導書の順番がまわってきた。

 すると、それまで置物だった宮園嬢のテンションが急激に上がり、緊張なんてどこへ行ったのか、椅子から立ち上がって競売参加用の札をへし折らんばかりに構えだした。


「茉莉さん、そんなに力を入れると札が折れますよ?」

「大丈夫! あたしは冷静よ! だから黙ってて!」

「あ、はい」

「ちょ、ちょっとあなた! ソウジ様になんて口の聞き方を!」

「ミーナ様、私のことは大丈夫ですので、彼女の好きにさせてあげてください。茉莉さんが今日のオークションにきた目的の品なのですよ」

「ソウジ様がそういうのでしたら……」


 ミーナ嬢にびびっていた宮園嬢はもうそこにはおらず、完全に戦闘態勢に移行したようで、鋭い視線を会場の魔導書へと向けている。

 なんというか、さすがは魔物を相手に殺し合いをしている人間だ。

 ただのポンコツ娘じゃなかったんだな。


 彼女の戦いは、もうすぐ始まる。



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