034,取り込み
宮園嬢を連れて屋敷に戻ってきた。
さっそく、モーリッドに米を炊いてもらい、お茶漬けを作る。
とはいっても、迷宮産の鮭の塩焼きを解してご飯の上に乗せ、そこへ緑茶をかけるだけの簡単なものだ。
今更だが、鮭などの魚や茶葉など地球にもあるものがこの世界には多くある。
もちろん、地球になかったものもたくさんあるし、似ていても味も食感も違うものもある。
地球の人間以外にも人間に分類される種族もいるし、魔法という不可思議な力もある。
地球の食材に似たものが多いおかげで、レシピの再現がそれほど難しくなくて助かっているのは幸いだ。
改めて、不思議な世界へ迷い込んでしまったものだと再認識した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
宮園嬢は、久しぶりに食べたお茶漬けに感激して、涙を浮かべて満足そうにしている。
ミリー嬢と違って、壊れたバケツのようにいくらでも食べられるわけもなく、お椀いっぱいのお茶漬けで満腹になったようだ。
むしろ、見た目通りの少食具合だろう。
さて、リクエストにも応えたので、これからのことを話すとしよう。
できればこちら側に引き込めればいいのだが。
「ご満足いただけましたか?」
「うん! 思った以上にお茶漬けだった! 特にご飯! どこ探してもなかったから、この世界にはないのかとばっかり思ってた!」
「ええ、私も偶然見つけまして、今のところ増産体制を整えているところなんですよ。十分な量は買い付けてありますので、私たちが食べる分なら来年の収穫までは持つでしょうが」
「そうなんだー。いいなぁ……」
彼女も米についてはそれなりに探したようだ。
オレも偶然見つけていなければ、発見は難しかっただろう。
その短粒種の米だって、今はもう村にあった分は種籾などは別として、ベテルニクス商会が全て買い取り、さらには増産体制を整えるために人員や金を投入している。
稲作をしているほかの村の情報も聞き出し、その全てに手を回しているので、迷宮都市に入ってくる米はタイ米のような長粒種だけになっているはずだ。
というか、長粒種は見つけられなかったのかな?
とはいっても、迷宮都市は広いし、市場の数も多い。
見つけられなくても仕方ないかもしれない。
とにかく、宮園嬢は食事で釣るのが効果的なようだ。
「もしよかったら、夕食も食べていきますか?」
「えっ!? いいの!? あ、でも、その……」
「構いませんよ。うちは使用人も多いですし、ものすごく食べる人もいるので、いまさらひとり増えたところで大して変わりません」
「ほ、本当にいいの……?」
一応遠慮してこちらを伺う宮園嬢だが、その瞳にはすでに腹ペコマークがくっきりと浮かんでいるのが幻視している。
うちの腹ペコ魔人が食事の時間が近づくと、よくしている目と一緒なので、間違いない。
「ええ、もちろん。もしよろしければリクエストなどありましたら、できる範囲で応えますよ?」
「じゃ、じゃあ、ハンバーグ! あ、あと! ナポリタン! そ、それと!」
「落ち着いてください。一度にはそんなに食べきれないでしょう?」
「あうぅ……」
彼女にも羞恥の心はあるようで、つい感情のままに答えてしまったのが恥ずかしいようだ。
何時間も待たされたのに、お茶漬け一杯で満足してしまう少食なのに、一度にそんなに食べられるとは思えない。
まあ、だったら何度もうちで食べればいいのだ。
むしろそうしてくれるとありがたい。
「毎日色々と作っていますし、茉莉さんがよろしければ試食してくださいませんか? 使用人たちにもお願いして処理に付き合ってもらっているのですよ。日本人としても勿体無い精神から食べずに捨てるのは憚られますからね」
「やる! やります! やらせてください!」
オレの提案に、見事な三段活用で元気よく挙手して答える彼女は実に微笑ましい。
初対面での印象はもうどこにもない。
ここまでくれば、もう少し踏み込んでもいいだろう。
「ええ、お願いします。そういえば、茉莉さんは迷宮都市に住んでいるのですか?」
「あ、宿に泊まってるよ! あんまり安いところは女ひとりだと危ないから、少し高いところ! 本当はどこかに部屋を借りたいんだけど、市民権が意外に高いから……」
「なるほど。そうだったんですね。安宿は私もお勧めしません。安いだけに色々と危険ですからね」
ベテルニクス商会の調査書を読んでいるので、彼女がどこの宿に泊まっているかも、その宿のランクがどの程度なのかも知っている。
だが、調査書のことは彼女は知らないだろう。
自分が調べられていたなんてことは微塵も感じていないようだし。
ちなみに、オレが最初に迷宮都市で手続きしたように、市民権を得るには一定額のお金と書類が必要になる。
オレの場合は、ベテルニクス商会本店で身分証などを作ってもらった際に、迷宮都市で市民権を得ることができるように事前に準備なども済んでいた。
しかし、普通は迷宮都市で準備をして市民権を得るものだ。
その金額はかなり高い。
迷宮都市で働く労働者の実に六割以上が市民権をもっておらず、また購入できないほどだ。
迷宮都市で市民権を得るのは一種のステータスとなっており、一般人からしてみれば憧れでもあるのだ。
しかし、宮園嬢は魔法使いとしてそれなりの実力を持っている。
市民権が高いのはわかるが、それでも払えない額ではないはずだ。
もしかして、彼女は迷宮都市に長期滞在するつもりがないのだろうか。
「もしや迷宮都市を離れてどこか別の場所に行く予定が?」
「え? 別にないよ? 魔物を倒すなら迷宮が一番効率いいし、この大陸で一番迷宮があるのはここだし」
「そうですか。では、市民権を得たほうがのちのちのことを考えても」
「いやー……。さっきもいったけど高いじゃん? 市民権。ほ、ほら、男の人のあなたにはわからなくても、女の子には色々と必要なものがあるの!」
「なるほど。それは気が付かず申し訳ない。この通りです」
「い、いいの! わかってくれれば! ……魔導書すごく高いんだもん」
「は?」
「なななな、なんでもない!」
……おい小娘。オレが下げた頭を返せ。こいつもうちの腹ペコ魔人と同じパターンじゃないか。
なんでオレの周りには残念系やヘタレ、よくわからない女性ばかり集まるんだ……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
結局、宮園嬢は毎日うちの屋敷に飯を集りに来ることになった。
いや、誘ったのはオレだし、手元に置いておくためなのだからちょっと表現が違うか。
とにかく、胃袋をがっちり掴んでオレの手助けをしてもらうつもりだ。
あとは魔導書集めもしておこう。
彼女は魔導書のためにだいぶ金をつぎ込んでいるようだし。
それに、もしかしたら新たな魔法式のヒントになってくれるかもしれないしね。
一応、宮園嬢も毎日食事をしにくることには、遠慮が先にたったようだが、そんな些細なものは、うちに風呂があることを知った途端あっさりと消滅してしまった。
彼女の泊まっている宿は、安全面を考慮して多少高いところのようだが、当然のように風呂などない。
清掃の魔道具があるので、風呂は富裕層や貴族などの娯楽でしかないのだ。
しかし、毎日風呂に入るのが当たり前の日本人にとっては、娯楽ではなく、それは人生の一部だ。
当然、宮園嬢も風呂に毎日入りたがっていた。
しかし、銭湯もないし、宿にもないし、市民権がないので土地を借りるのも購入するのも無理なので、自分で作るなんてもってのほかだ。
お湯を作って体を拭くのが関の山だったのもあり、土下座する勢いで風呂を貸してくれと頼まれた。
無論、断る理由もないので快く了承したのだが、一度風呂の心地よさを思い出してしまえば、毎日入りたくなってしまったようだ。
食事をしに屋敷に通うのだから、ついでにお風呂も!
そして、「毎日来るよ!」と宣言するまで大した時間はかからなかった。
そのうち、魔導書付きの本棚をみせて、使用人寮あたりに引っ越してこないか提案してみるとしよう。
尚、毎日食事をしに通っているので、うちの腹ペコ魔人と仲良くなっているようだ。
ミーナ嬢たちに対して行なっていた試食会は、食堂などではなく、別室を設けていたので、鉢合わせになることは少なかった。
だが、宮園嬢に対してそこまでする必要はないので、普通に食堂で皆とともに食べてもらっている。
歳も近いようだし、お互い魔法使いということで、話も合うようだ。
決定的なのは、魔導書の話をミリー嬢が結構できることだろう。
やはり、そういった書物も読んでいるらしい。
今まで魔法式の本や資料ばかりしか、目を通していなかったので気づかなかった。
ただ、所持しているのは一、二冊程度らしいので、購入はこちらでしておこう。
ちなみに、宮園嬢はストレリチアのメンバーとはほとんど顔を合わせていない。
元々、屋敷の裏手に拠点があるし、迷宮探索や訓練ばかりなので、屋敷のほうには顔を出さないからだ。
いずれは宮園嬢にもストレリチアと迷宮探索をしてもらうか、はたまた別の方法でオレに貢献してもらうか、今から色々と考えている。
ミリー嬢と魔法式を作るのでもいい。
その場合は、ストレリチアとの迷宮探索は絶対にさせることはできないが。
何せ、絶対に実現しない空想上の魔法だからこそ、ミリー嬢は頭のおかしい狂気塗れの魔法式を書くことができるのだ。
それが実在し、猛威を奮っていると知ったとき、オレは彼女から恨まれ、軽蔑されることになるだろう。
……それだけで済むならまだいいほうか。
そうすると、やはり、ストレリチアに宮園嬢は近づけないほうがいいかもしれない。
まあ、ミリー嬢の魔法式をみて、宮園嬢がどう思うかにもよるけど。
オレは普通にドン引きしたものも多いし、日本人なら実現しないとしても忌避感は出るだろう。
やっぱりミリー嬢にも近づけないほうがいい気がしてきたが、もうだいぶ仲良くなっているし、いまさらすぎるか。
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モチベーションがあがります。
2018.6.26 誤字修正




