032,ミヤゾノマツリ
自称日本人が現れたという報告は聞いたが、特に急ぐこともなく、ミリー嬢との話し合いなどを終えてから、ベテルニクス商会へ向かった。
かなり待たせているが、そもそもアポなしでの訪問だ。
この世界でも貴族どころか、下手な貴族より金を持っている豪商相手にそんなことをしたら門前払いが関の山だ。
ベテルニクス商会では、一応オレが頼んでおいたから自称日本人だというキーワードだけで取り合ってくれているだけに過ぎない。
「お待ちしておりました。応接室にお通してありますが、その」
「あー。またせましたしね。怒っていたりするんですか?」
「かなり不機嫌にはなっているようです」
「ちなみに、相手の身分などはわかっていますか?」
「はい。軽くですがわかっております。こちらがその調査書になります」
「ありがとうございます。では、その人がいる部屋とは、違う部屋を貸してもらえますか?」
「ご用意しております。こちらです」
ベテルニクス商会に着くと、さっそく店員たちから連絡を受けたベテラン店員が駆けつけ、報告してくれる。
すでに商会側でも動いてくれていたようで、自称日本人の素性は大体わかったようだ。
調査書としてまとめてくれていたので、ありがたい。
まずはその結果に目を通すためにも、自称日本人がいる応接室とは別の部屋に案内してもらった。
どうせ、かなり待たせているのだ。
今更五分や十分遅れたところで変わるまい。
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調査書はさすがに短時間ということもあり、それほど量はない。
紙にして二枚という少なさだ。
だが、それでも素性を知るには十分だろう。
そもそも、情報管理が徹底されている日本とは違って、正式な契約を交わしても口の軽い人間は平気で破る世界だ。
もちろん、正式な契約である以上は、違反すれば罰則や罰金が待っている。
個人情報保護なんて観点は当然ないので、少し金を握らせれば他人の情報などペラペラ喋るような人間はごまんといる。
自称日本人――ミヤゾノマツリという女性の経歴を追うのは比較的簡単だったようだ。
迷宮都市に来るまでは、村や街を転々として冒険者をしており、ラビリニシアについてからは迷宮に潜る毎日を送っていたようだ。
歳は十六。
魔法使いとして、それなりの実力を持っており、ほかに仲間はいないようだが、資源回収班で臨時の人員としてや、冒険者として依頼を受けていた。
ギルド側の評価は優。
探索者としても冒険者としても、優秀であり、実績も信頼もあるみたいだ。
一般的な探索者や冒険者よりは、優秀だが、飛び抜けているわけでもない。
性格は勝ち気で強引な部分もあるが、深手を負った仲間を見捨てるようなことはしない程度には情に厚い。
……やはり、この世界でも代わりがいくらでもいる程度のもののようだ。
オレのように、日本の進んだ知識で金儲けなどはしていないし。
十六歳だから高校生か。
そこまで詳しい知識がないだけかもしれない。
オレの場合は、料理は趣味だったし、雑学系の本を結構読んでいたからできていることだ。
面倒だし、このまま帰っちゃだめかなぁ。だめだよなぁ。
仕方ない。一応会うだけ会うとしますか。
本当に日本人だったとしても、それだけで信頼することもなければ交流を深めるつもりもない。
もし仮に、神へアクセスすることに成功して、地球へ帰還する方法がわかったとしよう。
しかしその方法ではひとりだけしか帰還できなかったとしたら、オレは迷わずひとりで帰るだろう。
そもそも、簡単に異世界へ移動などできるものだとは思っていない。
ひとりを移動させるのにだってきっと、多大な犠牲を強いられるはずだ。
ましてや、それが倍になんてなるようなら相応な理由でもなければ御免だ。
魔法使いとしてそれなりに優秀なようだが、別に魔法使いは必要としていない。
魔法使いができることは魔道具で代用どころか、現状なら上回っている。
大賢者ハードリックのような超一流の魔法使いなら喉から手がでるほどほしいが、とてもではないがそうではない。
結果として、利用価値があるならそれなりの対応をするが、現状では価値なし。
これでは、帰りたくなっても誰にもオレを責めることはできないだろう。
だから、なんとも言えない顔でオレをみないでくれ、エドガー。
「お館さま」
「……わかりました。行きましょうか」
チラッとエドガーをみてしまったのが悪かったのか。
彼からそろそろ行きましょう、という言葉が詰め込まれた声をかけられてしまった。
エドガーは真面目だから、待たせっぱなしになっているオレの同郷という女性に対して失礼なことをしていると理解しているのだろう。
いや、失礼なのはあっちだぞ? アポなしで突撃してきて勝手に待ってるだけなのだから。
普通は相手にされないのが当たり前だろうに。
ため息を押し殺して、ミヤゾノマツリが待つ応接室へ案内してもらう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あ! 遅い! なんでこんなに待たせるのよ!」
応接室へノックをして入った瞬間に帰りたくなった。
むしろ帰っていいよね。
だが、背後に控えているエドガーから「ここで帰ったらさらに失礼ですよ」という視線を感じる。
……エドガー、そんな目でみるなよ。どう見てもアレのほうが間違ってるだろう。
「遅くなって申し訳ありません。突然の訪問でしたので、準備に手間取ってしまいました。それで、どのようなご用件でしょうか?」
「え……。あ、あの、ご、ご用件はですね! そ、そう! 豚骨ラーメン! それにあなた日本人でしょ!? あたしも日本人なの!」
ミヤゾノマツリの顔は、彫りの浅い日本人特有の平たい顔だ。
ただ、それでもそれなりに可愛らしい顔をしているし、外国人顔が溢れているこのアレド大陸でも、中の上くらいには位置しているだろう。
ベテルニクス姉妹と並ぶと格段に落ちるが。
オレも同じ様に日本人特有の顔をした平均的な成人男性だ。
良くも悪くもない程度。
日本でもあまりモテなかったタイプだ。
まあ、そんなことはいいとして――
「確かに私は日本人です。ですが、それが何か? 懇意にしてもらっている大恩あるベテルニクス商会様にアポイントもなしに訪れ、挙げ句居座り、その謝罪もなしでは同じ日本人としても、とても恥ずかしい限りなのですが」
「あ、う……。ご、ごめんなさい……。あたし、その……。そんなつもりじゃ……」
第一声が第一声だっただけに、少々手厳しく対応すると、ミヤゾノマツリは青い顔をしてうつむいてしまった。
さすがにちょっとやりすぎてしまった感はあるが、それも今更だ。
エドガーもオレがこれほど厳しい対応をしている場面をみたことがなかったから、少し呆気にとられているようだ。
まあ、普段はもっと穏やかに丁寧に皆に接しているものね。
でも、それは皆の態度が相応にまともだからだ。
この子の態度はいただけない。
本来なら無視して今後一切取り合わなければいい。
しつこいようなら実力での排除も可能なのがこの世界だ。
ただ、久しぶりにみた日本人の顔に、意外と郷愁を感じてしまったのだろうか。
彼女に会うまでは、メリットがなければ捨て置くつもりだったが、気が変わった。
「エドガー。ふたりきりにしてください」
「お館さま、さすがにそれは」
「アレを持ってきていますから」
「……わかりました。ですが、隣室での待機はお許しください」
「ええ、お願いします」
ベテルニクス商会の護衛の二名は、商会内に入った時点で付き添わずに待機している。
その代わりエドガーがいるので、それも問題ないのだ。
特にベテルニクス商会は護衛の二名にとっては古巣だし、オレがこの店では最上級の扱いを受けているのは知っている。
下っ端の店員ひとりひとりまでオレのことは知らされているので、商会内にいるほかの護衛たちからも気を配られている。
つまり、ベテルニクス商会内では、屋敷内と同じ扱いで十分というわけだ。
だが、それと応接室で今日あったばかりの人間とふたりきりにさせるのとは別の話だ。
エドガーも渋々といった感じで了承したのは、ミリー嬢の防御用魔法式の新作を持ってきているからだ。
実際に性能テストをして、ストレリチア全員からの全力攻撃すら防ぎきったことから信頼性は抜群なのだ。
エドガーが退出し、まずはうつむいてソファーで小さくなっているミヤゾノ嬢に声を掛ける。
「ミヤゾノさん。失礼ですが、魔道具を使わせていただきます」
「ぇ?」
彼女は魔法使いなので、魔道具を起動したときの魔力反応に気づく可能性がある。
なので、事前に教えておくことでこれ以上の悪感情を抱かれないようにした。
とはいっても、かなり凹んでいる彼女にはあまり意味はないかもしれないけど。
「では、改めまして用件を聞きましょうか。ですが、その前に自己紹介をしましょう。私は御堂宗治と申します」
「ぁ、そ、その、あたしは宮園茉莉です……。その、突然来てしまってごめんなさい!」
「いえ、いいんですよ。先程は少し厳しい言い方になってしまって申し訳ありませんでした。反省もしていただけているようですし、普通になさってください」
「は、はい……。その、御堂さんはすごく大人なんですね……。あ、その、見た目とかじゃなくて……」
「まあ、宮園さんよりは歳をとっていますからね。それで――」
凹んで多少ビクついている宮園嬢だが、こちらが穏やかに対応することで多少は話しやすくなったようだ。
第一声のことはとりあえず忘れて、話を聞いてあげよう。
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モチベーションがあがります。
2018.6.22 誤字修正




