030,狂気の実験
人によっては不快な内容かもしれません。
お気をつけください。
ストレリチアの監視をしているエドガーから、繋ぎ役のベテルニクス商会の息のかかった探索者を経て報告書が届いた。
これは第一報なので、エドガーはまだ監視任務についている。
内容は、良くも悪くもストレリチアの報告通りだった。
つまりは、虚偽の報告もないし、至って順調。
噂は多少尾ヒレがついているが、その分を取り除けばエドガーの報告書とストレリチアたち自身の報告と大体合っている。
特に大きな落とし穴は見当たらないようだ。
この調子なら、マーシュたちの進言通りにもう少し深い階層に潜っても大丈夫だろう。
報告書を機密文書保管用の魔法袋に入れると、ゴーレムたちの作業部屋を少し覗いて、屋敷の敷地内の地下にある隔離施設へと向かう。
途中でマッシブが合流したので、今日は彼も一緒だ。
エドガーは身体能力向上の魔道具の実験の際にこちらに引き入れたが、マッシブはストレリチアが肉体改造成功後に引き入れた。
すでにどちらもオレ個人と契約しており、ベテルニクス商会を経由させていない。
代わりに、ベテルニクス商会から追加の護衛が二名派遣されているが、彼らは完全に屋敷外へ行くときだけの護衛となっている。
「旦那。今日はいったいなにをするんで?」
「新しい魔道具が完成したので、それを使ってみます」
「徐々によくなってきてやすが……」
「もっと早く治るならそれに越したことはないでしょう?」
「それはそうなんですがね……」
マッシブはワイルドなおっさんそのままに、情に脆い。
特に肉体改造に失敗して再起不能になった少年二名に関しては、よく見舞いにきているようだ。
だから、情が移っている。
実はすでに、ミリー嬢の魔法式によって肉体を別のもので再構築させる魔道具を彼らに試している。
見た目だけは徐々に再生されているようにみえるので、マッシブもほかの魔道具を試すのには消極的なのだろう。
時間をかければ元通りになるのだから。
だが、それはそれ。
そもそも、マッシブはいくつか勘違いをしている。
見た目だけは再生しているが、あれは元の肉体を形作っているだけだ。
細胞レベルでみれば、人間のそれではない。
なので、実際に思い通りに動くかはまだわからない。
彼らはまだ動ける状態ではないし。
色々と試すなら今のうちなのだ。
元々、複数の段階を経て治療を完了とするつもりだったのもある。
ここで放置したら意味はないのだ。
「マッシブ。見るに耐えないなら」
「いや、差し出口を挟んじまってすいやせんでした」
「いえ、いいんですよ。彼らを思ってのことでしょうから」
再生治療中の少年二名がいるのは、隔離施設だ。
本来はオレと数名の使用人以外は入れない。
だが、それでもマッシブが入れるようにしているのは、単純に彼のかける言葉が少年たちを勇気づけているからだ。
しかし、それもオレの邪魔になるなら許可することはできない。
それをマッシブもきちんと理解している。
だからこそ、ぎりぎりのラインまでしか踏み込んではこず、一線は絶対に超えない。
元探索者らしく、引き際をしっかりと心得ているのだ。
いくつもの扉の先に、照明の魔道具が煌々と照らす部屋がある。
そこには両足と右腕がなくなった少年と、重要器官を除いた左半身がなくなっている少年のふたりがベッドに横になり、様々なケーブルによって繋がれている。
ここだけみると、少し近未来的なイメージが湧くが、電子機器なんてひとつもないし、ケーブルだってただ魔道具と接続されているだけに過ぎない。
まあ、ただの効率重視な部屋なだけだ。
「旦那、おこしやすか?」
「いえ、眠らせたままで結構です」
精神に干渉して、痛みを消し、眠らせる麻酔代わりの魔道具が常時稼働しているので、意図的に切らない限りは彼らは眠ったままだ。
マッシブが見舞いに来るときは、この魔道具の効果を一時的に弱くして彼らを起こして声をかけている。
今回は寝かせたままのほうが都合がいいので、そのままにする。
彼らに繋がれているケーブルの大半は、再生用の疑似生体生成魔道具だ。
これが彼らの失われた肉体を、残った肉体の遺伝子を元に再生させている。
ただ、その速度は微々たるもので、ほとんど進んでいない。
今回はこれを促進させるための魔道具を用意した。
もちろん、何の犠牲もなしにそんなことができるわけがない。
必要なものは、遺伝子的に似通ったタンパク質だ。
似ていれば似ているほどに効果が高くなり、再生速度は増す。
ミリー嬢がこの魔法式を完成させたときには、彼女の頭はついにイカれたのかと思ったが、至って正常だった。
むしろやり遂げた無邪気な達成感に満ちた笑顔をしていた。
そもそも、疑似生体生成の魔法式からして狂っているのだから仕方ない。
あれは豚や牛など、とにかくなんでもいいので肉を分解して肉体を構築している。
拒否反応などはまったく考慮されておらず、最初は効果を聞いたときに頭を抱えたものだ。
医療知識なんてものは、ミリー嬢はほとんどもっていなかったのだから仕方ない。
色々と助言をして、ただ肉体を構築すればいいだけではないことを教えたのだが、彼女の出した結論はオレの考えとはまったく異なるものだった。
構築した肉体を結合して拒否反応が出るなら、完全な結合をしなければいい。
操作に関しては、新たに魔法式を作ってイメージを伝達するようにすればいい。
そして、その場で操作用の魔法式を作り上げてしまったのだから凄まじい。
魔法はイメージがかなり大事な技術だ。
肉体を動かすイメージを魔力に変換し、構築した肉体に伝達できれば、脳から電気信号が発せられ、肉体を動かすのと似たようなことは可能だろう。
もちろん、リハビリには時間がかかるだろうし、無意識な動きや脳が本来かけるであろうセーフティなどの問題もある。
実際にやってみないとわからない部分は多く、まるで未知の領域だ。
だが、それを行う下地はすでに整ってしまっている。
ならば、やらない理由はない。
どうせ、このままでは構築した肉体を結合しても拒否反応を起こすのは目に見えているのだ。
そちらの改善をするよりは、今ある技術を活かしてみたい。
疑似生体生成促進魔道具をケーブルに接続して、魔法袋から取り出した大きな袋から伸びているケーブルにも接続する。
準備が整ったので起動させると、今までゆっくりと少しずつ形成されていた肉体が、恐ろしいほどの早さでまるで早送りをしているかのように再生されていった。
骨が伸び、血管伸び、神経が通い、筋肉が張る。
最後に皮膚が覆い、欠損した肉体がすべて回復するまでにそう長い時間はかからなかった。
……気持ち悪いほどの早さだ。
まともな神経ではみているのもためらわれる光景だったろう。
さすがのマッシブも顔色が悪い。
だが、これで肉体の再生は完全に完了した。
触って感触などを確かめてみたが、筋肉質な少年の肉体といった感じの感想だった。
見たまんまである。
あとは、構築した肉体の操作用魔道具を接続して、拒否反応がでないように薄く結合されている部分を補強し、リハビリを開始するだけだ。
尚、疑似生体生成促進魔道具とケーブルで繋がっていた袋はぺしゃんこになり、その中身はほとんど消費されてしまったようだ。
中身については、あまり語るべきではないだろう。
両足と右腕の再生に成功した少年を眠らせている魔道具を弱め、体の自由は奪った状態で意識だけ覚醒を促す。
少し待つと、ゆっくりとまぶたを開いた少年にマッシブが声をかける。
まずは、状況を把握させることが大事だ。
再生された肉体は補強をいれて繋がってはいるが、本当に繋がっているだけなので、今は動かせないはずなのだ。
それを説明もなしに知れば、パニックを起こしても不思議ではない。
マッシブがゆっくりと説明し、肉体の再生に成功はしたが、まず動かすには時間がかかることを呑み込ませる。
彼の視線はオレとマッシブをいったりきたりしていたが、マッシブの説明を理解し、彼に補助されながら体を起こして再生された肉体を目にしたときには涙が溢れ、しゃくりあげていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しばらくして、泣き止んだ少年にオレからリハビリの方法などを説明し、その場で志願したマッシブに付き添いを任せる。
ゆっくりと焦らず無理しないことを厳命し、現在の部屋から移動させる。
隔離施設内であることは同じだが、もう少し生活感のある部屋が用意されている。
リハビリは、そちらで行うことになる。
とはいっても、ベッドにトイレや水場と、リハビリ用スペースがある程度の部屋だ。
食事はメイド長のケイシーたち数名の使用人が持ってくるので問題ない。
ここに出入りしている使用人は、ケイシーを始めとした介護経験のあるものだけになっている。
今までは点滴で栄養をとっていただけだが、これからは食事も必要になる。
下の世話をするのがひとり減ったのだから、少しは楽になると思うけど。
ここに出入りしている使用人には、もちろん特別手当を支給している。
世話する人数が減っても、手当は減らないので楽になるなら歓迎だろう。
まあ、少年の経過次第ではあるが。
まだよくわかっていないことも多いので、ただ繋がっているだけの肉体がいつ動作不良を起こすかわからない。
数日は屋敷に詰めて、できるだけすぐに様子をみるようにしておこう。
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